10-12.「覚醒」
一方でその頃、地上階――。
もともと5人(1匹を含む)だったところに後から3人が合流したことで、8人となったわけだが(やはり1匹を含む)。リオナの働きかけにより、今は4:4に分かれてかたまっていた。
まず片側についてはリオナ、ライカン、アニタ、ルーシエの戦闘員チームだ。
もともとは前半2人だけの隠密な話し合いで、マーレが現れたことをリオナからライカンに伝えていたのだが。
いざとなったら自分たち2人でと声を潜めるリオナに、しかしと懸案を示したのはライカンだった。こうなった以上、他の者にも事情を明かし、協力を求めるべきではないかと。
「ミレイシアのおかげで多少回復したとはいえ、ワシらももはや万全には程遠い。もしあの2人が突破され、マーレがこちらに上がってくるようなことがあっては混乱は必至だ。話すならば今しかない」
どうすべきかはリオナも決めかねた。
だが相手がマーレである以上、リリーラがどう転ぶか分かったものではない。いくらテグシーがいるとはいえ、この場にミレイシアも居合わせている以上、最悪を想定すべきだと見解を改める。
「なに、すべてを打ち明ける必要はないだろう。いま下にいるのは復活したマーレ・グランソニア、肝要なのはそれだけだ。他のことは触れずともよい。無論、ゼノンくんのこともな」
「そう、だな……。よし」
そうして呼びつけられたのが後半の2人だった。
ルーシエは一番余力を残しているし、たぶんもう気付いてしまっているアニタにはいずれにせよ隠しきれない。
ちょっとおまえらこっち来いと呼びつけたところアニタは黙って立ち上がり「ようやくお声がけっすか」とルーシエもハンマーを持ち上げたわけだが。実質的にはもう1人いた。
「ちょっとちょっと、私だけ蚊帳の外ってのはないんじゃないかな?」
遠隔ではあるが、ジーラの操る岩人形もズシズシと後に続いたからだ。拡散はなるべく最小限に留めたいところだが、ここまで来たらもう誤差でしかないと割り切る。
「分かった。座ってくれ」
「そうこなくっちゃね」
重たい岩の腰がズシリと下ろされ、奇しくもそこについ数時間まえ――作戦開始時と同じ顔ぶれが揃うのだった。「いいかおまえら、落ち着いて聞けよ」とリオナから、どこか神妙な雰囲気で切り出されるわけだが、ちなみに――。
もうなんすかリオっちやけに改まってらしくないっすよ勿体ぶらないで早く言っちゃってくだせぇ大丈夫っすアッシだってそんなに鈍くないもんで何が起きてるのかはもうだいたい察しも付いてるっすから……。
と殊勝な雰囲気でいたくせに、開口一番から「うへえええええっ!??」となってビックリ仰天。ルーシエがこの日一番の絶叫を響かせたのが、この直後のことだったりした。
一方で。
そんな様子を遠目に見守っていたのが、残りの3人と1匹から構成される非戦闘員チームになる。
ついさっきまではリオナとライカンが2人でヒソヒソやっているだけで、こちらが圧倒的に大所帯だったのだ。「なにコソコソやってんすかねぇ」と長耳を旋回させながらルーシエのぼやきに岩人形が「さぁ、なんだろうね」と応じ、アニタは物憂げな表情をしていた。
ところがアレよアレよと引き抜かれ、気付けばこちらが寂しいことになっている。というか、実質2人きりのようなものだった。
「どうしたんだろう……? みんな、何を話してるのかな」
「…………分からない」
不可解そうにしているミレイシアの問いかけに、自身にできる最大限と精いっぱいのコメント力でそう応じるのはウルだが。その膝元を枕とする白髪の少女は、まだスースーと透き通った寝息を立てたままだったから。
そう、本当に驚いて声も出なかったものだ。
ズシンズシンとやってきたリリーラからいきなり誰かを手渡され、それが彼女――アリシア・アリステリアだと気付いたときには。
思わずジーンとなって、「くれるの?」みたくなってリリーラを見上げてしまった。そしたら膝を貸してやれなんて勅命まで貰えたものだから、もう願ってもない。
それからウルはずっと、頑なにその言いつけを守っている。
なんでアリシアが此処にいるのか、いったい何があったのか。アリシアの第一発見者であるルーシエが合流しても詳しいことが分からず、リリーラが何かしたらしいと証言にまさかと騒然、そんなわけとひと悶着もあったが。
そんなやいのやいのには加わらず、ウルは1人小さな幸福感に満たされていた。
こんなに近くにアリシアを受け入れてやれていることを、信じられなく思いながら。
やっと会えたと、その前髪を梳くように撫でてやって。
「ウルさん、足は平気? もし疲れてたら私が代わるよ?」
「ううん、大丈夫。私がやれって言われたから」
「そんな、頑張らなくても大丈夫だよ? 辛かったら」
「頑張ってない。平気」
「そ、そう……?」
不自然なまでにガンとして、ウルはそのポストを誰にも明け渡さずにいた。
ちなみにそれはミレイシアにとって、ちょっぴりだけ口惜しいこととなる。
彼女としても、これがやっと果たせたアリシアとの初対面だったからだ。
できればもっと早く会いたかった。
お詫びしたいことも、お礼を言わせてもらいたいこともたくさんあったのだ。
でもリリーラが全然そうさせてくれなくて、こんなにも遅くなってしまって。
でもいま、やっと会えたから。
せめて心の中だけでも先に伝えておく。
幸い大きなケガもなくて、ただ眠っているだけだった少女の健やかな寝顔に。
やっと会えたね、アリシアちゃん――と。
ウルの手が離れるのを待ってから、アリシアの髪をそっと撫でてやる。
傍らで添い寝しているウィンリィ(小型犬サイズ)も「目を覚まして」とお願いするようにぺろぺろとアリシアの指先を舐めて。
静かな一時。
束の間の安息を得ていた、そのときだ。
地下から届く凄絶な爆音とともに、建物全体が大きく揺らいだのは。
パラパラと小さな石くれが天井から降り落ち、いったい何事かと場が再び騒然となる。落ち着けと声が飛び交うなか、真っ先に反応を示したのはピンとうさ耳を立てたルーシエだ。
「やべぇっす……。来るっすよ!」
すでにマーレの存在を知る迎撃チームには、その啓蒙だけで事足りた。
アニタが霧を呼び、ルーシエはハンマーを構え、ジーラの操る岩人形が非戦闘員たちを庇うように前に立つ。そして最前線に立つのはリオナとライカンの両名だ。
「なに……!? どうしたの、みんな!?」
「黙ってろ!」
噛みつくようにリオナがミレイシアを制すれば、その場に満ちるのは水を打ったような沈黙と静寂のみ。そうして5人が最大限の警戒を向けるなか――。ズリズリとそれは不気味な衣擦れを伴いながら、暗闇の奥より姿を現す。
まるで枯れ木が服に袖を通したかのような異形と、初めて見たときリオナはそんな悍ましささえ抱いたが。知ってしまえばたちどころに理解する。そこにあるのは確かに、生前に関わりもあったマーレ・グランソニアの面影だと。
だけどもう、そんなのは関係なかった。
生前がどうだろうと、もはやあれはリオナたちの知るマーレではない。
なにせマーレが此処にいるということは、リリーラやテグシーたちさえも突破してきたということだからだ。その事実だけで、そう断ずるには余りある。
何より、リオナもライカンも知っていた。
こんな亡者のような姿になることが決して、マーレの望みではなかったことを。
だから早く終わらせてやりたかった。解放してあげたくて。
何としてもここでケリを付けると覚悟を決める。
万全じゃないのはお互い様と、最後の炎熱を噴き上げる。
かくして5対1、最後の戦いが幕を開けるのだった。
そして――。
ミレイシアの治癒に加え、様々な属性の入り乱れる嵐のような魔法戦、その余波を受けてついに少女の意識は呼び起こされる。
「ん、うぅ……?」
ずっと眠ったままでいたアリシアが薄く、その瞼を開いて。