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10-2.「裂け目」


 再び時点は現在へと戻り、グランソニア城。


 囚人たちの脱走により一時は混乱の渦中にあった城域内だが、いまとなってはおよそ鎮圧・制圧されたと言ってよい。その最奥で行われていた最後のマッチアップも、程なく終局に向かおうとしていた。


「あんだよ、おまえ。さっきから口開けてばっかで全然食えてねぇじゃねぇか。まさかもう満腹なのか? 張り合いねぇな」

「ひあう……! ほふはへほひはへ……!」

「はぁ? 何言ってんだか分かんねぇよ。つーかそうだ、前々から言ってやりたかったけどなぁ、てめぇ……!」

「ほ、ほせ……ッ! ほう、はえ……!」

「キショイんだよぉおおおーッ!!!」


 あびゃぁああああ(あぢゃぁああああ)と広い地下空間に響くのは灼熱に焼かれた魔人、ケイン・ガストロノアの大絶叫と凄絶も過ぎる爆音である。直撃こそまぬがれたものの、太陽が丸ごと落ちてくるような陽炎ようえんの一撃、とても防ぎきれるものではない。


 逃げようにも逃げきれず、背中からジュワアとこんがりあぶられる。

 そのまま爆風に煽られ、ゴロゴロと大理石の床を転がった。

 見るも無残に、打ち捨てられて。


「うぅ、ぐぅぅ……」


 そこにあったのは体のあちこち火傷やけどだらけ、青アザだらけとなったケインの姿だった。


 いったん今のではずれていたアゴは戻ったが……。

 かつては『魔力喰らいマギア・イーター』とも称されたセレスディア屈指の魔女狩り、その威容はもはや見る影もない。まさしくボロカスのボロ雑巾だ。


 ブスブスとまだくすぶっているところがあるのに火消しのために転がりもしない辺り、どうやらもうそうする力も残っていないらしい。やり足りないと言えばそうだし、まだまだ完全燃焼にはほど遠いが。


 さすがにこれ以上やると、本当にただのコゲ肉にしかねない。

 それは一応困る、というか後々面倒なので、ここいらで勘弁してやることにする。

 というわけで――。


「ま、ザっとこんなもんか?」


 シュタリとその目前に降り立ち、焼き目の付き具合を確認。

 それからシュボボと手掌にあった紅焔こうえんをまとめ、臨戦態勢を解くリオナだった。


 魔女狩りの由来とは文字通り、魔女を狩る者であることは言うまでもないが。

 当然すべての魔女がその枠組み――つまりは狩られる側に収まる道理もなく、例外や規格外は往々にして存在する。


 彼女こそがその筆頭だ。

 仮にケインが万全な満腹まんぷく状態だったとて、結果は何も変わらなかっただろう。


 なにせ、ほんのひと握りだけなのだ。

 テグシーやリリーラと言った一部の女性陣は除くとしても、コイツなら自分とサシで渡り合えるかもしれないと、リオナが認めている魔女狩りは。


 いや、ライカン・オーレリーが現役を退いたいまとなっては、たった1人だけかもしれない。と言ってもアイツとはそんなにやり合いたくもない(たぶんやってもつまらないから)というのが本音だが、ともあれ。


「あばよ、ゲテモン喰らい。ホネがあったとは言わねぇが、まぁ腹の足しくらいにはなったからな。だからコイツでしまいにしてやる」


 念には念をとすちゃり、猫の手を向けて照射。


「食らっとけ」


 ボカァンとトドメの一発メテオをくれてやるリオナだった。

 かくして一件落着とそのまま踵を返し、へたり込んでいるアニタやウルのもとに凱旋がいせんしようとしたわけだが。


「――あ?」


 その直後に変異は起こる。

 最初はとてもつまらない、取るに足らない些事さじだと思った。


「あっ……!」

「リオナ、後ろ!」


 2人が慌てた顔をするので何かと思えば、何のことはない。

 ケインだ。命が惜しければもう立ち上がってこないだろうと思っていたし、それくらい徹底的にぶちのめしてやったつもりだが、どうやらまだ足りていなかったらしい。


 彼は逃げていた。

 ヨロヨロとよろめき、今にも倒れそうになりながら。

 実に往生際おうじょうぎわが悪い、というかくだらない悪あがきだ。

 とはいえ放っておくわけにもいかず、今度こそトドメをと拳骨を鳴らし、すぐさま退治たいじに向かおうとしたわけだが。


「つーか……。何やってんだ、あいつ……?」


 そこで不可解があって、首をひねる。

 ケインが立ち上がれたのは本当に、最後の力を振り絞ってのこととは、そのうのていからもうかがい知れるが。彼がいま懸命にひた走り、必死に目指しているのが、別段何もない壁際だったからだ。


 出口はおろか、通路もない。

 人質にできるような誰かもいない。

 そんな方向に、どうして?


「いけね。やり過ぎてバグっちまったか……?」


 あるいは気を触れさせてしまったのかとも懸案したが。

 それが杞憂きゆうであるとはすぐに気づいた。


 そのとき彼の行く手で、グニュンと空間が歪曲わいきょくしたのである。

 まるで空間に一滴の墨を垂らしたかのような螺旋らせんが渦巻き、たちまちそこに広がって。


「あれは……!?」


 リオナは知らない。

 それが『次元の裂け目』とも呼ぶべき、無限回廊の崩壊によって期せずして生じた、異空への門であることを。


 その正体を正確に知り及んでいたのは、この場においてケインのみだ。

 別れるまえに悪友、リコッチ・ファガスターから聞き及んでいたのである。

 城のどこかにそれがあるはずで、くぐればどこぞなりに脱出できるだろうと。


 たらふく食べたら自分もそれを探すつもりでいたが、まさか思わない。

 それがこんなにも近くに隠れていて、今まさに開通するだなんて。


 いち早く気付けたのは、匂いがしたからだ。

 トドメの一発をモロに受けて、もはやこれまでかと諦めかけていた。


 ぐぅううと大きく。

 それは大きくお腹が鳴って、でもなだめることができなくて、悔しくて仕方がなくて。


 (さらにちなむとケインは猫舌で(冒頭のハヒフヘホはそれが言いたかった)『炎』系統の魔法はちょっとハフハフしながらじゃないと食べれないのにリオナのは熱すぎてそういう次元の問題じゃないしそれでもどうにか冷まして食べようとしたせいで舌もヒリヒリを通り越してもはや何も感じなくなっているものでとにかく結局ひと口も食べれないままだった。)


 酷い……。

 こんなの、あんまりだ……。


「う、ぎゅぅう……ッ!」


 なんで僕が、こんなメにぃ……!

 目にいっぱい涙を溜めていた、そんな矢先に。

 しかもだんだん強くなっていくのである。


 もしそれが視覚的なものであったなら、あるいは蜃気楼しんきろうのようなものとも疑ったかもしれない。


 だが、それとこれとでは訳が違う。

 だって匂いだ。嗅覚だ。

 往年、美食の道を極めてきた自分がそれを取り違えるはずもない。


 どこだ、この匂いはいったいどこから……!?

 鼻をクンクン鳴らすようにして、ケインは必死にそれを探していた。

 そして見つける。あそこだ。何も見えないが、あそこから匂ってくると。


「まさ、か……!?」


 だからケインは死力を振り絞り、最後の賭けに出たのである。

 終われない。こんなところで終われるものか。自分はまだまだ美味しいものをいっぱい食べるんだと体をくの字に立ち上がり、よろよろと走り出して。


「あは……あははっ……!」


 そしていまケインは笑っていた。

 無垢な子どものように目をキラキラさせ、パァと表情を輝かせる。

 間違いない。やはりそれがまぎれもなく、期せずして開かれたゲートと分かったからだ。


 ここではないどこか、異空へと通じている。

 どこかは分からないけれど、此処よりはずっとマシなところのはずで。


 逃げられる。

 自分さえくぐり抜けてしまったら、あとはテキトウに中から魔法を撃ち込んで崩落させてしまえばいい。そしたらもう、誰も追って来れやしないのだから。


 やった……! やったぞ……!

 痛みも忘れ、ケインは疾走しながら胸を躍らせていた。

 あれをくぐり抜けた先に無限の未来が広がっていると、心をはずませて。


 だが、そのときだ。

 今度はそんなケインにとっても想定外のことが起きたのは。

 というのも裂け目の中心がふいに揺らめいたかと思えば、ズズズとそこから何かが出てきたのである。


 それは枯れ枝のような、あるいはずっと埃を被っていて数十年ぶりに引っ張り出されてきた古びた書籍のような、とにかくとても見すぼらしくて、薄汚れたで立ちをした何者かだった。


 どうやら裂け目が開いたのは偶然ではなく、もともとそこにあった亀裂にソレが手をかけ、外から押し開いたからのようだが。


 まさか思わない。

 せっかく開いた活路を、唯一の逃げ道を。

 自身が通り終えた途端に、もう用は済んだとばかりにソレが手を差し向け、閉じにかかるだなんて。


「は……? おい、何して……?」

「――――」

「やめろおおおおっ!!!?」


 ケインは叫んだ。

 いったい何をしてくれているのかと。


 それがないと困るのだ。

 まだ自分が通るだから閉じるなと、一心不乱になって声を張る。


 だというのにソレは一向に手を止めなかった。

 おろかまるで逆なでするかのように強引に、亀裂をひしゃげさせ、ベキンバキンと潰していって。


 最後の力を振り絞って裂け目に飛び込もうとするも、間に合わない。

 何もないところに飛びついて、転んで、みじめに這いつくばる結果に終わる。


「よく、も……」


 ケインは悔しかった。

 悔しくて、ガリリと爪を突き立てるように拳をギュッと握り込む。

 ガキ大将に敗北した少年よろしく、またヨロヨロと立ち上がって。


 なんで自分がこんな目に合わなければならないのか。

 自分はただ、お腹いっぱいになりたかっただけなのに。

 それだけなのに、どうして。


 許せない。殺してやる。

 だけどもう魔力がないのだ。(少しでもハフハフするために使い切った。)

 だからせめて拳を固めた。


「ぃよくもおおおおっ!!!」


 悔し涙を目にいっぱい溜めながら、振り返りざまに殴りかかって――。

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