9-48.「揺れに揺れて」
ところが――。
それからさほど日を置かず、事態は急変することになる。
確かにリリーラを怒らせてしまったことは事実だが(仕方ないので経緯を話したところリオナはウゲェとなって苦笑い、「悪いことは言わねぇからもうそこは触れないでおけ」と肩ポンされてしまってよく分からないまま「分かった」とだけ頷いておいた。)それ以外、とりわけ秘匿すべき本題のところで目立った不手際はなかったはずだ。
いったいなぜ彼女らが、ゼノンやあの少女のことについてそうも知りたがっているのか。コミュ力的な問題もあって、逆質問できないウルには依然として分からないままだったが。
ともかくこれで山は越え、彼らの安寧も守られたのだろうとまた静かな生活に戻っていたところ。コンコンとまたドアノックに応じれば、そこにいたのはまたもリオナだった。
「おまえ、あれからババァになんか聞かれたか?」
出し抜けに彼女はそんなことを聞いてくる。
何故にと思いつつ、ウルは首を横振りして答えた。
「ううん、あれから会ってもないけど?」
「そうか……」
するとリオナはううむと、何やら神妙な面持ちとなって深く考え込んでいて。
「どうしたの?」
「それがよ……。まぁ見た方が早ぇか」
いつになく険しい顔つきだったので聞いてみたところ、促されたのが窓の外だった。そこから中庭を見下ろせるのだが、さして興味もなく目線をやってみたところ。
「……え」
ウルは途端に目を見張ることになる。
ペタリとガラス面に手指を付け、よく確かめて。
ちなみにそこから響いているのはいつものように、キャイキャイと子どもたちの元気な燥ぎ声だ。てっきり今日もルーシエ辺りが相手をしてやっているものとばかり思っていたのだが。
違った。
ウルには一目で分かる。
あの子だと。
たとえ当時の記憶がどんなに曖昧で、朧げなものであっても。
それが予期せぬ、数か月ぶりの再会でも。
「なん、で……」
「こっちが聞きてぇよ」
リオナの手前、そんな反応をしたらまずいことも忘れて。
このときばかりはウルも驚きを禁じ得ずにいた。
◆
「こうなった以上、もう黙ってても意味なんかねぇだろうからな。こっちの事情は全部バラすけどよ」
そんな切り出しをもって、リオナから明かされたのはザックリながら彼女側の事情についてだ。それはあの少女とどういう経緯で知り合ったのか、そしてあのときリリーラに気を付けろと警告した意味合いも含めての全容となる。
魔女狩り試験というものがあって、そこに『アリス』というスカした魔女が出てきて、試験官だったリオナはその正体が別にあることに気付いてとまぁ、大体そんな感じだ。
――アリシア、と。
その件で初めて、ウルは少女の名前を知ることになるが。
ともかくそのとき、リリーラにも同じように感付かれた可能性があったとのこと。
ちなみに――。
その時点で、リオナにはおよそ察しがついていた。
なぜゼノンがわざわざ『アリス』なんて偽名を使ってまで、アリシアの存在を誤魔化そうとしたのか。いや、自身から遠ざけようとしたのか、その理由について。
そも、ここまで大掛かりなこと、まさか関与しているのがゼノン1人なわけもないのだ。魔女狩り試験に出てきたという時点で、最低でもテグシーやリクニ辺りも一枚噛んでいることは間違いない。
そうまで盤石なサポート体勢をもって一番、誰の目を忍びたかったのか。
答えなんて一人しか思い当たらない。
だからこそ悔やまれるのだ。
あーなるほどなぁ、そういうことかぁ、やっちまったなぁと額をパチリとする。その活路を開いてしまったのが他でもない自分であることに気付いて、面目なくなって。
ウルのところに赴いたのは、そんなバツの悪さを紛らわすためが一番大きかった。やらかしたことはもうどうにもならないので、せめてそれくらいはしてやろうと。穴埋めのつもりで特訓していたのだが。
そこまでは当人に明かせないもので、途中でやや歯切れも悪くなりながら説明を了するリオナだった。とまぁ、そんな裏事情はさておき。
ともかくウルは何も知らなかった。
さっきも言った通り、あれからリリーラと会ってすらいないのだ。
だからボロなんて出しようがない。
「そうか……」
そうと聞き、何やら思案気にしてからぼそり、リオナは呟いていた。
◆
ともあれ一方的でも、ようやく少女との再会を果たせたウルだったが。とある失敗を犯してしまったのが、この直後のことになる。
すごい気軽に、気を取り直すように言われたのだ。リオナから。
親指をクイっとされながら「まぁ来ちまったもんは仕方ねぇ。ひとまず挨拶でも行ってこいよ」と。
「……え」
途端にウルは固まってしまった。
やっと会えて嬉しかったし、伝えたいこともたくさんあったのだが。
いざそうなってみると、どうしていいか分からなくなって、頭の中が真っ白になる。
モジモジしている間に(リオナからはシーンとなって停滞しているようにしか見えない。)「あ、何やってんだ?」と下から顔を覗き込まれて。
「……私は、いい」
言ってしまった。プイと顔を背けて。その結果、誤解を受ける。
あーなんだそこまで関わりがあったわけじゃなかったんだなオレはてっきり~と、肩をポンポンされながらそういうことになって。
違うのだ。本心では行きたかった。
あのときは本当にありがとうと、感謝の気持ちを面と向かって伝えたかったのだ。でもかれこれ久しぶりの再会だし、あのどなたでしたっけ?みたくなっても何ら不思議じゃないというかむしろ当然のように思える。
だからそんな気軽に、ちょっくら行ってくるみたいなことはとてもできない。
心の準備とかがちっとも間に合っていなかったもので。
「じ、自分のタイミングで行くから……いい……。ほっといて」
補正をかけ、どうにか言い直せたのがそれだった。
リオナもあまり深くは受け取らなかったようで、「ほーん……?」とよく分からなそうにしてから「ま、いいけどよ」と踵を返してしまう。
「あぁ、そうだ。もしババァがなんか言って来たら、テキトーにオレのせいにでもしとけ。口止めされたとても言っときゃ、まぁ何とかなんだろ。じゃあな」
そうして気づけば、また自室に1人となっていた。
なんだかいまいち現実味のないことになって、取り残された感じになっていたが。停滞を経て、再び窓の外に視線を下ろせば、遠目にまたあの少女の姿が伺える。
何も変わっていなかった。
人懐っこそうな笑顔も、早くも子どもたちから手を引かれてちょっと待って早い早いと慌てたようになっているところも。
「アリ、シア……。アリシア……」
その名を口にし、確かめる。
人の名前を覚えるのは苦手だけれど、これだけは絶対に忘れまいとそっと胸にしまい込んだ。
今はまだ、なかなか勇気が追いつかない。
でもいつか必ず、そう遠くないうちにちゃんと会いに行こうと、そう心に決めて。
それからほとんど毎日のように、ウルはアリシアのことを見ていた。
今すぐにも声をかけに行きたい気持ちと、そんなことをして不審がられたらどうしようと不安との間で葛藤する。揺れに揺れ、あるいは向こうから来てくれないかなぁとなよなよして。
「……どうしよう」
気付いたときには半月以上も過ぎていた。




