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9-44.「沈黙は答えという」


 ところでウルには1つ、セレスディアに来てからずっと気になっていることがある。新生活が戸惑うことばかりで、なかなか思い返す余裕すらもなかったけれど。


 あくる日の晩、寝台に身を倒し、天井を見上げながら考えていたのはとある少女のことだ。あの子・・・はいま、何処でどうしているのだろうかと。


 ちなみに人の名前を覚えるのは苦手だが、あの子呼びとなってしまうのは忘れてしまったからではない。そもそも知らないのだ。出会ったとき、とてもそんな余裕のある局面ではなかったから。


 いや、そもそもあれを出会いと言っていいのかも分からなかった。

 あのときの自分はひどく朦朧もうろうとしていたし、どうにか交わした言葉だってせいぜいが二言か三言程度。関わり合ったと呼ぶにはあまりに短時間で、かすったくらいの接点だったから。


 だがそれでも、とても強く記憶に残っていることがある。

 今でも鮮明に思い出せた。


『もう大丈夫です。大丈夫ですからね、きっと……』


 ずっと励ますようにかけられていたその声と、握ってもらっていた手の感触だけは、今でも。もしあの子が此処に来るなら、助けてもらったお礼を伝えに行こうと思っていた。密かにそれを期待していたりもしたのだが、今のところその様子はない。


 ということはあの子は、テグシー側の受け持ちになったということだろうか。

 たぶんそうだろうなぁと思う。なんというか、とても人懐ひとなつっこそうな子だったから。あんなふうに会ったばかりの相手を気遣い、声掛けまでしてやるなんて自分には到底できそうもない。


 しかしそうなるとはて、どうしたものか。

 眉一つ動かさずと、表情は変わらないままウルは途方に暮れる。


 というのも、実はちょっとした頼まれごとがあったからだ。

 あのゼノンと名乗った魔女狩りから。


『アイツが此処に……俺と一緒に居たってことは、あまり他の奴に言わないでもらえるか』――と。


 どうしてかと聞いたら、理由は言えないらしい。

 だからウルもそれ以上の詮索はせずにコクリ、二つ返事で頷いた。


『分かった。誰にも言わない』

『済まん、助かる』


 病院で目を覚ましたとき、真っ先に思い出したのがそのやり取りで。

 だから今日までウルはその約束を頑なに守り、少女の存在については一切口外してこなかったのである。助けてくれた恩人たちの頼みともなれば、決して反故ほごにはできまいと。


 だがそれだけに誰に尋ねることもできないのだ。

 あの少女があれからどうなって、今どこに居るのかと。


 取り得る手段としては、もう一度ゼノンに会って直接確かめることくらいだが。

 たくさん踏ん切りを要してからアニタに相談してみたところ、うーんそれはちょっと難しいかもと難色を示されてしまう。


 城が男子禁制であることに加え、まだセレスディアに来てから間もないウルが外出するには特別な許可や手続きがいることもそうだが、何より。


「あの人、あんまり他人と関わりたがらないのよ。言ってもたぶん断られると思うけど、一応聞くだけ聞いてみる?」


 本人の気質的なところが大きいらしい。


「その気持ちは、よく分かる……」

「そこで通い合っちゃうのね」


 食い下がるには自身の社交力が心許こころもとないし、先鋒も望みそうもないというなら断念するほかない。気を落とし、シトシトと引き返していくウルだった。


 こんなことなら、せめてあのとき名前だけでも聞いておけば……。

 それから何となく足を向けたバルコニー。


 八方ふさがりの打つ手なしとなってしまい、内心ではそこそこションボリしていたウルである。端からみればただポンヤリと空を見上げていたわけだが。


「よぉ、確かテメェがウルだったよな?」


 パチリと瞑っていた目を開ければ、そこにあったのはニッと上から覗き込むようにした快活な笑みだった。――リオナ・コロッセオ。面識はあれど、こんな風に彼女のほうから声掛けしてくるのは初めてで何事かとウルは眉をひそめる。


 と言っても本人がそうしたつもりなだけで、リオナから見るといまいち感情の読めない無味な表情で見つめ返されただけなのだが。


 相変わらずよく分かんねぇ奴だなぁとは思いつつも、ともあれと気を取り直し、リオナは要件を告げる。その口調に少なからず確信的なものを含めて。


「ちっと聞きてぇことがあんだよ」


 ちなみに世俗に疎いウルには、まったく無関心なことではあったが。

 それは魔女狩り試験というセレモニー(?)が執り行われてから、さほど日を置かずのことだった。



 ◆



 それからウルは1日を、とてもソワソワして過ごすことになった。


 ひどく気を揉み、気がかりでならなくなる。

 自分はひょっとして、とてつもなく大きな失態を犯してしまったのではないかと。


 ちなみに大抵のことでウルの感情は揺れ動かない。

 それは単に彼女の生まれ持った気質とか傾向によるもので、意図的だったり意識的だったりすることは何もないのだが。


 だからその点だけなら、ウルはいたっていつも通りと言えたのだ。

 はたから見れば相変わらず何を考えているかも分からないポヤヤンとした顔付きで、午後も静かに一人でゆるやかに過ごしている。一応は当人としても、普段とあまり遜色そんしょくないよう振る舞っているつもりではいたが。


 当人は気付いていない。

 あまりずっと自室に閉じこもっているのも良くないとアニタからうながされ、数日に1度は散歩に出るようにはしていたものの。今日に限って、その頻度と一度に出歩く時間がやけに高まっていることに。


「今日はどうしたんすかね、ウルっち。やけに張り切ってないすか?」

「どうしたんだろうね。いい兆候だと捉えたいけれど……。なんだかあれじゃあ、徘徊はいかいと言った方が近いような気がするよ」

「何かショックなことでもあったんすかねぇ。あっ、ひょっとしてホームシックとか?」

「……今さら?」


 他の魔女たちも気付いてはいたが何分、表情から読みきれないものでいったん様子を見ることに決める。とまぁはたから見ても一目瞭然なほどに、このときのウルはヤキモキしていたわけだが。


 時はリオナがやって来たときに遡る。

 ちっと聞きてぇことがあんだよのあとに、彼女は言うのだ。

 自分がゼノンに助け出されてセレスディアに来たという経歴を踏まえたうえで、そのとき彼がほかに魔女を連れてやしなかったかと。


『魔女……?』

『ガキだ、白髪はくはつのな。背丈はまぁ、たぶんこんくらいか?』


 言いながら、かなり適当そうな目分量でリオナは片手をぶら下げる。

 とっさにとぼけたようなフリはできたがこのとき、ウルの思考は目まぐるしく回転していた。


 ゼノン・ドッカーが連れていた、白髪はくはつの魔女の子ども。

 その特徴がまさに、ウルがずっと気に留めていたあの少女のものに他ならなかったからだ。


 知っているのかと、思わず尋ね返したくなる。

 でも口に出かかったところで止まったのは、それをすれば頼まれごとをたがえることになってしまうと気付いたからで。


「どうだ? よく思い出せ」


 ウルは迷った。大いに迷った。どう答えたものかと。

 知りたい。聞き返したい。今あの少女はどこにいるのか。

 でもそれはできなかった。約束があるから。

 でも知りたいのだ。どうしたら。この人は何を知っている?

 あの子に会ったことがあるということなのだろうか?


 そんな疑問が錯綜さくそうしている間、ずっと沈黙が続いていた。

 逡巡と呼ぶにはあまりに長い、長いどもりの時間を挟み、かと思えば――。


「あ……」

「あ?」

「い……」

「い?」


 途中からウルが口にしかかった疑問、その切れ端をリオナが復唱すると、よく分からない掛け合いも始まって。ともかく、そうしてとても微妙な空気感が流れたあと。


「どうなんだよ」


 ついに痺れを切らしたリオナの追及をタイムリミットとして、ウルは諦めを付ける。答えたのだ。知らない、少なくとも自分は見ていないと。ゆるゆる首を横振りしながら。だからそれで約束は守られて、どちらも得るものなしの痛み分けとなるはずだったのだが。


「……そうかよ」


 何故かそこでリオナが笑うのである。

 まるで自分だけなにか確信を得たみたいにヘヘンと、勝ち誇ったような笑みを浮かべて。


「じゃああとは、本人に直接確かめるとすっか」


 そのままくるりと踵を返し、行ってしまった。

 直前に手指をパキポキさせると、なんとも物騒な予備動作を踏まえながら。


「……えっ」


 そのときウルは何が何だか分からなかった。

 本人……? 本人って、どういうこと?

 知り合いなの? 居場所を知っているの?


 確かめたいのに、またも問いかけの切れ端が漏れるだけ。

 とにかくちょっと待ってほしくて、手を伸ばす。

 でもリオナはそれにも気づかず、ひとっ飛びで行ってしまって。


「…………えっ?」


 何が何だか、最後までウルにはさっぱりだった。

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