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【完結】「森に住まうこわ〜い魔女」のフリをしていた私、ボッチの最強魔女狩りに拾われる ~助けてもらったので、なるべく恩返しできるよう頑張りたいと思います~  作者: あなたのはレヴィオサー
9.グランソニア城(プリズンブレイク編)

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9-43.「社会の窓をそっ閉じ」


 魔女コード、『ヨルズ』。

 とはかつて、とある魔女に割り振られていた仮の識別名称になる。


 未登録の魔女を確認した際にはまず、魔女狩り協会が各種手続きを行うわけだが。(近づかないでねと付近に警戒を促したり、先遣隊で手に負えないようなら改めて向かわせる魔女狩りを手配したり。)


 なんにせよまず呼び名がないと困るよねということでいったんキメで、ワリとテキトウに振られるコード名がそれだった。ただ近年では、そのコード名がある意味でブランド化しているらしい。


 名を上げるためにと無謀にも冒険者らが挑みにかかったり、中には「栄冠を手にするのは誰だ!?」と銘打ち、最初に魔女を討ち取った者が掛金かけきんを総取りするというウィナー・テイク・オール状態と化していた事例もあったくらいだ。


 そんなこんなで、どうしたものかと協会の長老たちも頭を悩ませているとは余談だが。ともあれその『ヨルズ』が彼女、ウル・オラリオンにあてがわれていた魔女コードである。


 と言っても、そうとちゃんと知ったのは当人がセレスディアに送致されてからのことになるが。目を覚ますとそこは病院のベッドのうえで、やぁ始めましてと声をかけてきたのはテグシーと名乗る女性だった。聞けば、魔女狩りらしい。


「魔女狩り……? 魔女狩りって、魔女もなれるものなの?」

「うーん、そこが実にややこしいところなんだけどね。こう見えて私は魔女ではないんだよ。なんと魔女狩りから生まれちゃった女の子というやつなんだ」

「……?」

「たとえばの話、桃から人が生まれるなんて誰も思わないだろう? それと同じさ。でも遡ること100年くらい前からたまーにそういうことが起こるようになっちゃったらしくてね。私もその1人というわけさ。キミだって、どうして自分が人に生まれたとか、女の子なのかとか聞かれたって困っちゃわないかい?」

「それは確かに、困る……。だって私、魔女だし……」

「おっとそうきたかー」


 なんか残念がられたうえで、気を取り直したように言われる。

 いやいや魔女だって人じゃないか、と。


「そうなの……?」

「そうだとも。と言っても、そこはまぁ確かに人により見解の分かれるところではあるが……」

「どっち?」

「むむ、そうだな……。よし、そうしたらどちらでもあるが答えでどうだろう? 片一方に決めてしまえば、もう一方を否定することになるからね。時と場合に応じて良いとこ取り、臨機応変にいこうじゃないか」

「りんき、おーへん……?」

「場に臨み、変化に応じて適切な処置を! 私の一番好きな言葉さ。座右の銘で、どうしていいか分からなくなったときの指針にもなる。自分も部下も雪だるま式に成長していける、それこそ魔法のような言葉だよ」

「そうなんだ。りんき、おーへん……」


 初めて耳にしたその言葉を自分でも口にしてみて、ふむんと語感を確かめるウルだった。


 一方でテグシーはといえば我ながらいい答えができたのではと黄昏たそがれ風に窓の外を見やり、もし生まれ方さえ違えば教職の道もあったのではなんて慢心もしていたのだが。


「それで、どっちなの?」

「んっ?」

「えっと、だから……。そのリンキオーヘンで考えると、今の私はどっちなのかなって」


 その素朴で話の流れからすれば行きついて当然の疑問に、なぜテグシーがまごつくのか。そうきたかーとまたもウンダリされてしまうのか、ウルにはシンプルに分からない。


「……?」


 本当に悪気なんかこれぽっちもないもので、キョトンと首を傾げるばかりだった。



 ◆



 ウルの身柄がグランソニア城に移管されることが決まったのは、それから程なくのことになる。


 聞けばセレスディアで保護された魔女の行先は大きく2つあって、早い話がテグシーのところかリリーラのところかという二者択一になるのだが。(本人の希望や適性に合わせ、総合的に判断されていく。)


 さして珍しくもない話、ウルのように今までほとんど人間社会と関わったことがなく、すでに成人している魔女ともなれば大体リリーラのところで決まりだった。


 まずはそこで他の魔女たちと共同生活を送りながら徐々に社会というものに慣れさせ、社会性や協調性というものをはぐくんでいくことを目的とする。


 言わば魔女たちにとってグランソニア城とはシェアハウスであり、学校であり、極卒ごくそつという立場にしろ仕事場でもあるのだと。そんなオリエンテーションがテグシーから展開されて。


「ええと……。つまり私、帰れない……?」


 そうと聞かされたときはわりと困り果てたものだ。

 てっきり自分がここに居るのは一時的な保護的処置によるもので、ケガが治ったら森へお帰り的にリリースしてもらえるものとばかり思っていたのに。


 でもどうやら拒否権もないみたいで、半ば強制的にそういうことになった。

 そしてまぁ、入場初日から驚きの連続である。


 曲がりなりにも今日からお世話になりますを伝えに言った城のあるじ、リリーラ・グランソニアは声も体も信じられないくらい大きかったし(うるさすぎて堪らず耳を塞いだ)、直後に教育係だと紹介されたルーシエもまぁ騒がしかった。


 いきなり人権を剥奪されてしまったので困っていたら、頭の上にピョコピョコしてるヘンなものが目に入る。あれはなんだろう。気になって、気になって、気になって、気になって。


 おかげでその間もおうこら新入り聞いてんすかとツッケンドンな感じに何かいろいろ言われていたのだけれど、話の中身なんかちっとも頭に入ってきやしない。


 かと思えばいきなりハンマーを寸止めされて、アッシの攻撃を見切るとはやるっすねとか見込まれた。何がしたいのかよく分からなかった。


「ところで……。さっきから言ってるウルッチって誰のこと?」

「ん? 誰って……ウルっちはウルっちのことっすよ。他に居ないじゃないすか」

「私がウルッチ……?」

「そっす、今日からよろしくっすよウルっち!」

「……うん、わかった。よろしく」


 名前も間違えて覚えられてしまったけど(いやあるいはそれが自身に付与される此処での新しい呼び名で、元の名は捨てろと暗黙に伝えられているのかもしれない)、まぁいいかととくに訂正も入れないまま話は進んでいく。


「初めまして、ウルッチです。今日からお世話になります」

「……うん?」


 そのあとご挨拶に向かったアニタが勘違いを教えてくれた。



 ◆



 とまぁそんな感じにウルのグランソニア城での新生活はゆるゆると、スローペースながら滑り出していくわけだが。生涯のほとんどを一人で過ごしてきたウルにとって、人間社会とは本当に分からないことだらけだった。


 どうして名前の後ろに「っち」を付けると愛称というやつになるのか。

 そもそも愛称とはとりわけ親しい間柄になると交わされるものらしいので、対面から数分で付与されるのはおかしなことではないのか?


 その後に相手をさせられた子どもたちもまぁ、なんというかみんなすごい活発でニッコニコだった。慣れっすよ慣れとかルーシエは言っていたけれど、とてもやっていける気がしない。


 できることなら、また岩谷での静かな暮らしに戻りたいのだ。

 でもそれができそうもないことは、脱走の下見に向かった夜「やめといたほうがいいよ~」とジーラの忠告も合わせてすでに確かめたことで。


 そんなこんなで、日を追うごとにウルは気疲れしていった。


 当人に自覚はなかったが、ただでさえ変化に乏しい顔つきにことさらいが差しているのを見て取り、アニタが休養を言い渡す。


 べつに珍しいことでもなんでもないのだと彼女は言った。


 現に今、このグランソニア城では十数人の魔女をかくまっているが、ウルのように新生活に慣れずひっそり暮らしている者はたくさんいるとも。


「むしろ、そうならない方が不思議なくらいなんだから。今はゆっくり休んで」

「どうして……。どうしてほかの皆は、そんなに上手くやれるの? 私と同じ、魔女なのに」

「それは違うわ、ウル。上手くやろうとなんてしなくていい……。ううん、しちゃだめなの。自分は自分、持つべき芯はそれだけで十分なんだから」

「自分は、自分……?」

「そう、だからウルも探してみて。それさえ見つかったらきっといろんな場面で、もう迷わなくて済むようになるから。大丈夫、そうできるだけの時間ならいっぱいあるわ」

「……?」

「だってリリーラ様がいるもの。此処は魔女わたしたちにとって、世界で一番安全な場所だから」


 言われたことの意味が、ぜんぶ分かったわけではなかった。

 でも少しだけ。


『キミはキミのままでいいってことさ。魔女とか人とかではなく、飾らない、ありのままの自分で』


 あのあとテグシーが言っていたこととも似ているような気がする。


 なんだっけ……?

 そうだ、たしか……。


「りんき、おーへん……」


 どうしていいか分からなくなったときの指針だと、彼女は言っていた。


「え?」

「ううん、なんでもない。とにかくやってみる」

「うん、頑張って!」


 そんな一幕を経て、ウルはいったん休眠期間へと入っていくのだった。

 いったんはそっ閉じさせてもらった社会の窓だが、完全に閉め切ってしまったわけではない。


 遠めながら時おりその隙間から恐る恐ると、人間社会というものを覗かせてもらうようにして。

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