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9-34.「星詠みの君」


 その瞬間の出来事は、リクニの目にひどく緩慢かんまんに映った。


 いったい何が起きたというのか。

 理解が及ばない。追いつかない。

 だって、あと少しだったではないか。


 あと少しでルーテシアをこの手に取り戻せるはずだった。

 それで彼女が気が付いたら、自分はたくさん謝らなくちゃいけなくて。今さら許してなんてもらえないかもしれないけれど、そうしなければ気が済まなくて。


 なのに、なんで……。

 なんで今、ルーテシアは……。


 とてもイヤな音がしたのだ。

 耳から離れない、嫌な音が。

 ルーテシアの小さな体が宙に浮いて、弾むみたいに地面を転がっていく。


 その光景をリクニは呆然と凝視して、動けないまま立ち尽くして。

 間延びした数秒間、いつまでも思考が停滞したまま――。


「ルゥちゃんッ!!?」

「くっ……!」


 悲鳴にも近いミレイシアの叫びがあって、リクニは我に返った。駆け出す。

 まずクンと小さく指先を振ったのは、今なお落下の最中にあるミレイシアを救出するためだ。その着地点に光の弾幕を張って、地上に叩き付けられるまえに受け止めてやる。


 できればもっと丁寧に降ろしてやりたかったけれど。

 そうできないのは、より急務の事態が差し迫っているからに他ならない。

 自らも全力疾走しながら、リクニが次に指先を向けたのは倒れ伏したままのルーテシアだ。 


 何せまだ、終わっていない。

 どこからともなく飛来した奴の襲撃は続いている。

 その場に伏したままピクリとも動かないルーテシアの頭上に、尚もアレクセイは拳を振り下ろそうとしていて。


「させるか……ッ!」


 ありったけの魔力を込め、ルーテシアを囲うように形成したのは三重に張った光の壁だ。とても生身から繰り出された打撃とは思えないほどに次の瞬間、ドパァンと物々しい炸裂音が響き――。


 だが今度、その拳はルーテシアに届かなかった。

 2枚を突き破り、3枚目にヒビを入れて止まる。


 バカげてる。

 いったいどんな力で振りかざせば、そうなるというのか。

 アレクセイの拳は、自分でも意外そうにしながら壊れていた。


 そのうえで光の頂点を結び、無防備な顔面に形成した方陣の角を思いっきりぶつけてやる。宙返りさせるようにして弾き飛ばす。ぐしゃりと肉の潰れる音がして、常人であればしばらく立ち上がることもできない痛痒つうようを受けたことは明らかだ。けれど――。


 またも彼は立ち上がってくる。

 あたかも不死の肉体を得た、屍人ゾンビのような出で立ちで。

 見るもおぞましい、ただれたような顔面をさらしながら。


「ルゥちゃん、大丈夫……!?」


 すかさずと間に割って入り、ルーテシアを背後に庇ったリクニ。

 その間に、追いついたミレイシアが彼女を抱き起してくれたが。


「まったく、なんだ此処は……?」


 ルーテシア、ミレイシア、そしてリクニ。

 その場に居合わせた面々を1人ずつ、ゆっくり視線を巡らせてからクヒリ。


 アレクセイ・ウィリアムはわらう。

 実にたのしげにわらってからまた、襲い掛かってくる。


「罪人だらけじゃないか」

「化け物め……!」


 そのただれたような顔面をビチりと、次の瞬間には癒着ゆちゃくさせて。



 ◆



 いったい誰が言い出したのか。


 ――『星詠みの君スターゲイザー』。

 それが魔女狩りリクニ・オーフェンに与えられた称号、ないしは通り名になる。


 リクニの魔法は宙に散りばめた『光』を結び、方陣とも呼ぶべきあらゆる立体図形やおびを自在に中空へと描き出して利用するものだ。立てた2本指で次々と光点を繋げ、当人はその場に留まり悠然と空を見上げている。


 その場から一歩も動かず、向かい合った相手をただ一方的に翻弄ほんろうして。そんな一応はサマになった立ち振舞い、戦闘スタイルがあたかも、良いご身分様が星空を見上げているようで付けられたあだ名とのことだが。


 本当に目も当てられない。

 顔をおおいたくなるほどの過大評価に、そうと聞いたときリクニは身を震わせたものだ。


 どうやらそこにも顔面補正がしっかりと働いているようで、本当に素敵よねぇとファンたちは手前勝手にウットリしていたみたいだけれど。リクニは何も、余裕を演じて動かずにいるのではない。


 動けないのだ。

 理由は単純で、いくつもの光点を長時間維持・滞空させるという魔法の性質上、多大な集中力を要することと、あとは体力的な問題が大きかった。


 リクニは生まれつき、呼吸器官に疾患しっかんを抱えている。

 だから人より、へばるのがずっと早い。それこそ魔女狩りに成り立てのころは毎日が目の回るような忙しさで日中、携帯酸素が手放せなかったほどに。


 だからなるべく体力を温存したくて、大衆の面前に触れる魔女狩り試験のときもあまり動かずにいたという次第だった。もしリクニの体力が人並みであったなら、あちこちを3次元的にひょいひょい動き回って、間違ってもそんなイメージは付けさせなかっただろうが。


 だからもう、それらしいのはパッとは思いつかないけれど『何たらの曲芸師』とかそんなので十分なのである。とにかくスターゲイザーとかお願いだからやめて恥ずかしいよ穴があったら入りたいというのがリクニの本音で。


 ともあれ、だからこそ尚のこと分が悪い。

 気質的なこともあって戦闘事態あまり好まないが、それでも魔女狩りである以上、敵と対峙しなければならない展開は往々にして訪れる。その場合は必ず短期決戦、早期決着を目指していたリクニにとって。


「ヌォオオオオオーッ!!!」


 幾度となく致命打を与えても立ちどころに回復、傷をビチリと癒着ゆちゃくさせ、狂ったように猛突。殺人的な剛腕を激情任せに振りかざしてくるだなんて、規格外な怪物の相手は。


 ジリ貧なんてものではない。

 ただでさえ人より少ない体力がバンバンと削られていく。

 息が上がり、追い込まれていく。


「ぐっ……!」


 回避しきれないものは方陣を重ねて盾とし、防御。

 体力的な不利をどうにか今は魔力でカバーできてはいるが。

 このままでは、そちらが尽きるのも時間の問題だった。


 そして自分が倒れたら、どうなるか。

 背後に庇っているミレイシア、そして彼女が懸命に呼びかけながら『治癒キュア』をほどこしてくれている、まだ意識の戻っていないルーテシアをチラと見やる。


 それはダメだった。絶対に。よってリクニは決断を下す。

 今まで防御に徹し、注力してきた魔力だが。その大半をつぎ込んで指先を振り、ピッとアレクセイを何重にも包囲、狭い方陣のうちに閉じ込めてから。


「ミレイシア! ルゥを連れて逃げろッ!」


 それが現状、リクニにできる最善だった。

 誰でもいい。とにかく救援を呼んできてくれと、そう伝える。


「でも、それじゃリクニさんが……!」


 すると案の定、心配の声が飛んできたので。

 そこでフゥとリクニは一息をついた。


「平気だよ。僕の方は問題ないさ」


 それからスタスタと何のことでもなさそうに歩み寄ったのは、荒れ狂うアレクセイを囲ったかたわらだ。その一面に、我が物顔で手を付いてから。


「僕はここで、コイツを食い止めておくからさ」


 あくまで平静を装ってから言った。

 仕方のないことなのだ。


 こうやってじかに手で触れているのが、方陣を堅牢としたまま魔力消費も抑える、最も効率のいいやり方だから。このまま自分だけがこの場にとどまっていれば、いましばらくはもつ。


 だからその間に、逃げて欲しかった。

 ミレイシアに、ルーテシアを連れて。

 遠からず自分の魔力が尽きてしまう、そのまえに。


 どんなにまずい状況だろうと平静を取り繕う。

 大丈夫なように見せる。

 そんな唯一の特技も、あと少しで披露ひろうできなくなりそうだから。


 だからここが正念場と、グッと力を籠めておりをさらに縮小した。

 ギュッと縮める。それこそ外に出ようと暴れ回っている中身が身動きも取れず、叫ぶので精いっぱいになるほどに。


 ちなみにこの光壁は枚数を重ねると防音性にもすぐれるのだ。

 コンパクトにされたのが不服だったか、何か怒ったように彼は喚いているけれど。聞いてやるのなんかずっと後回しにして。


「それで、ルゥは……? 大丈夫そう……?」

「うん、ケガはもう治したから……。今はただ、眠ってるだけ」

「そっか、なら良かった」


 それが効ければ十分と沈黙の数秒、その健やかそうな寝顔をリクニはじっと見つめていた。


「目を覚ましたら、ちゃんと謝らなくちゃな……」


 独り言のようにボソリ、そう呟いてから。

 さぁ行って早くと、そう静かに促す。


 ミレイシアも賢明だった。

 ここに居ても自分にできることは何もないと悟ったか、瞳を揺らし、僅かな逡巡を挟んでから立ち上がって。


「待ってて、すぐ戻るから……! 絶対、誰か連れてくるから」

「うん、お願い。でも見つかったらでいいからね。ちゃんと自分たちを最優先にするんだよ」


 それで行ってくれるのかと思ったら、違った。

 何を思ったか、ミレイシアは一度返しかけたきびすを止めて、再度こちらを振り返ってから駆け寄ってくるのだ。


「み、ミレイシア……? 何を」


 いったいどうしたのかと思いきや。

 彼女が胸に飛び込んできたその瞬間、壮大な治癒キュアの魔力がリクニを包み込んで。


 深緑のオーラをまとった癒しの息吹が、かすり傷程度にしろリクニが負っていた負傷を全快させる。魔力も少し回復して、呼吸も心なしか楽になって。


「すぐ、戻るからね……!」


 涙ぐんだ声でそう伝えると今度こそ、ルーテシアを抱きかかえてミレイシアは行ってしまった。ドアが閉まり、姿が見えなくなったところでリクニはふぅと息を付く。


 てっきりミレイシアを見送ったらすぐに、ずっとこらえていた呼気をプハリとやってゼェゼェ、みっともなくしんどそうにあえぐものと思っていたけれど。今のほどこしのおかげでこのやせ我慢も、もう少しだけ続けられそうだ。


「さて、元気をもらっちゃったぞ。せめてその分くらいは、踏ん張らないとな」


 とはいえ、万全には程遠い。

 ひどく青ざめた血相で首筋の汗をぬぐってから、もたれかかるようにリクニは改めて檻に腕を付ける。


 ミレイシアが間に合ってくれたら嬉しいし、それに越したことはないけれど。

 まぁダメだったら、そのときはそのときだ。


「さぁ僕たちはここでお留守番だ。とことん付き合ってもらうよ、怪物くん」

「キサマッ……! おのれ、キサマらぁあああーッ!!!」

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