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9-31.「2つの出会い」


 ルーテシア・レイスにとって、人生の転機とも呼ぶべき出会いは2つある。


 まずはミレイシア・オーレリーと交わしたそれだ。

 泣いていたのだ。まだセレスディアに来たばかりのころ。

 物陰に隠れて、1人で。


 当時はまだ不安でいっぱいだった。

 赤ん坊だった頃に捨てられ、教会に拾われたというのがルーテシアの身の上になるが。物心ついたときからいろいろ不可解なことが起こると思ったら魔女だと分かって、そこからトントン拍子にセレスディアへの移住が決まってしまう。


 イヤだ行きたくないと首を横振りして、仕方ないんだと抱えあげられてもたくさんジタバタした。なのに、ほとんど強制的にここまで連れてこられて。


 なんで自分が……。

 自分だけがこんな目に合わなければならないのか。

 生まれつき声が出ず、ただでさえ不自由な思いもたくさんしてきているのに。


 こんな知らない場所に、たった1人で。

 友だちはおろか、知っている人すら誰もいないところに。

 あんまりではないか。


 毎日が不安で、どうしていいか分からなくて。

 ルーテシアは目いっぱい泣いた。

 己が悲運を嘆いていた。


 だって、それだけが恩恵おんけいなのだ。

 どんなに精一杯張り上げても、どうやら誰にも届いていないらしい。

 自分にしか聞こえていないこの声なら、いくら大声で泣き喚いたって気付かれやしないのだから。


 これからどうなるのか。どうすればいいのか。

 先行きの見えない不安でいっぱいになって、ついには張り裂けてしまって、わんわんと泣きじゃくっていた。そんなときである。


「わっ、大丈夫……!? どうしたの!?」


 およりと、ひょっこり顔を覗かせるようにして、ひどく慌てた様子のミレイシアがそこに駆け付けたのは。たぶん迷子と勘違いされたのだろう。


「いま1人? お父さんやお母さんは? 見つからなくなっちゃった?」


 取り出したハンカチでグニグニと目元を拭いながら、ミレイシアはそんなことを尋ねてきたが。途端にルーテシアが泣き止んでいたのは、この展開に少々ならず驚きがあったからになる。


 なにせ、今まで一度だってなかったからだ。

 こんな風に泣いているところに、誰かが駆けつけてくれることなんて。


 何より、不可解でもあった。

 どうしていま彼女は、自分がここに居ることが分かったのかと。


「大丈夫だよ、お姉ちゃんが一緒に探してあげるからね。お名前、言える?」


 そうとも聞かれていたけれど。


 ――なん、で……?


「うん?」


 ――なんで、この人……。


 驚いて、いつものように筆談用のメモ用紙やペンを取り出してカキカキすることも失念しながら、ルーテシアは自分にしか聞こえない声でポツポツと疑問を口にしていた。その声は当然、ミレイシアにも届いていないはずなのだが。


「この人? この人って、この人?」


 そこでミレイシアは何故か、自分で自分を指さしながらキョトンとしているのだ。


 ――えっ?


「あっ、そうじゃなくて……?」


 ――うん?


「うん……?」


 最後にはそんなルーテシアの反応に、タイミングばっちりでクリンと首を傾げていて。


 噛み合わないはずの会話が、なぜか噛みあっている。

 いや違う。本来は成り立ちもしないはずの会話が、なぜか噛みあわないところまで至っているのだ。


 ともかく生まれてから今日まで誰にも届かなかった声が、まさか彼女には届いていると。その事実にルーテシアが気付くまで。


「えっ?」

「へっ?」


 いまいち要領を得ない互いの聞き返しは、しばしのあいだ重ねられるのだった。


「ミルっち、何してんすかー? 早く行くっすよ、どうせ誰もいな……およ?」


 後から追いついてきたウサ耳の人がひょっこり顔を出して「ほらだから言ったじゃない。子どもの泣き声がするって」「いやまさか……。だってそんなはずは……?」みたいな会話が始まるまで。



 ◆



 それからというもの、ルーテシアの世界は一変した。


 どんなに張り上げても、自分にしか聞こえない。

 ちっとも届かないから、てっきり喋れない(発声自体そもそもできていない)ものと思い込んで、諦めていたけれど。


 そうではなかったのだ。

 この声を、ちゃんと聞き届けてくれる人がいる。

 それが分かって、景色の何もかもが前よりずっと明るくなったような気がして。


 だけどそれも長くは続かなかったのだ。

 ある日のこと、しばらくはミレイシアに会えないのだと、リクニからそう唐突に伝えられる。


 もしかしてミレイシアは、自分のことが嫌いになってしまったのか。

 そんな不安に駆られもしたけれど。


「違うよ、そんなことない……。まったく、そんなことないんだ」


 確かめたら、リクニはゆるゆる首を横振りして応じる。

 なんでもミレイシアが危ない人から狙われてるかもしれないとかで、万が一を避けるために仕方がないことなのだと。そのうえで希望すれば、自分もミレイシアと同じところに行けると教えてくれた。


 でもそれも手放しに喜べるものではなかった。

 だってそうすると今度は、リクニとなかなか会えなくなってしまうというから。


 ルゥの好きな方を選んでいいんだよと、そう言われた。

 でも選べない。どっちも好きだから。この大きな杖だって、こないだリクニが特注でプレゼントしてくれた品なのだ。


 自分はまだ小さくて声も聞こえないから、迷子になったら大変だねって。

 そうなってもすぐに見つけられるように、特別大きいのを用意してくれた。


 杖先だってピカピカと色とりどりに光らせられる。

 嬉しいときや楽しいときはオレンジ色、ピンチのときや怒ったときは赤、伝えたいことがあるときは黄色、怖いときやノーを示すときは青、安心や安全を示すときは緑、お気に入りの色はピンク。


 リクニがこれをくれたから、メモを取り出さなくてもたくさん伝えられるようになった。ミレイシアには会いたい。でもそれでリクニとお別れになるんじゃ、意味がない。


 選べなくて、選びたくなくて、なんでって悲しくて。

 戸惑いながらひとまず手に取ってみた杖もこんなとき、何色に灯せばいいのかよく分からない。だってこんなにもの悲しくて、やりようのない気持ちとなったときにしか灯さない色なんて、決めてなかったから。


「ルゥ……?」


 問いかけに応じる言葉も見つからないまま、ルーテシアはただ瞳を惑わせるしかなかった。



 ◆



 だが何日も悩んだ末に、ルーテシアはその答えを出す。

 最終的に選んだのは、リクニのもとにとどまる道だった。


 1日だって早くミレイシアと再会したい。

 また会って、たくさんお喋りをしたい。話を聞いてもらいたい。

 その気持ちこそ、変わらず強くあったが。


 残ることを決めたのはそれ以上に、リクニの示した可能性を捨てきれなかったからになる。そう、即ち――。


「ミレイシアがそうだったなら、まだ他にも居るかもしれないよ。ルゥの声をちゃんと聞き分けられる誰かが。だから一緒に探しに行こうよ、僕も手伝うからさ」


 その言葉に、強く突き動かされてのことだった。

 それはルーテシアも思い至ったことのある可能性。

 でもきっと迷惑がかかるからとなかなか言い出せずにいたことで。


 でもリクニから誘ってくれて、嬉しくて。

 うんとコックリ頷いてから、その手を取る。


 でもそれはルーテシアが思っていた以上に苦難の道ともなった。

 何日も、何週間もかけて、朝から日暮れまでずっと探したのだ。

 道行く人に、手当たり次第に声をかけて。


 でも見つからなかった。

 どんなに懸命に声を張り上げても、振り向いてくれる人は誰もいなくて。


 やっぱり、ミレイシア以外には……。

 時間が経つにつれ、そんな風にも思い始めていた。

 口には出さずとも、どこか諦めの雰囲気もただよっていて。


 そんな矢先のことだった。

 彼女――アリシア・アリステリアがやってきたのは。


 前もってリクニから話はあって、しばらくは一緒に暮らすとも聞いていた。

 どんな相手なのだろううまくやっていけるかな先輩としてしっかりやらなくちゃみたいな緊張も朝からずっとあって、終始ドギマギしていたのだが。


「こんにちは、あなたがルーテシアちゃん? 私、アリシアです。今日からよろしくね?」


 その明るいニッコリ笑顔を見て、すぐに安堵の息が零れる。

 リクニの言っていた通り、怖そうなことなんて少しもなくて、一目で優しそうな人とは分かったから。


 ところがそのとき、致命的なミスにも同時に気付いた。

 朝からずっとオドオドソワソワしていたせいか、筆談用のペンやら紙やらを忘れてしまったのだ。しまったとアワアワして、近くにないかと辺りを見回す。室内をキョロキョロする。


 大事な初対面なのに、ドン臭い子とか思われるのはけたかった。

 でもこんなときに限って見つからなくて、てんやわんやとなってしまって。


 そのときだった。

 まさか予想もしないところから、助け舟が出されたのは。

 なにせ――。


「はい、これ使っていいよ」


 何やら手持ちのリュックをガサゴソやっていたアリシアが、まさしく探していたペンとメモ帳の一式を手渡してきたのだから。えっ?となる。


「でも何に使うの?」


 そう尋ねられて尚、ルーテシアの――そしてアリシアの背後にいたリクニの思考もまた、停滞していた。いったい何が起こったのか。なぜ彼女は、いままさに自分が必要としていたものが分かったのかと。


 だけどすでに、1度目があったから。

 比較的すぐに、その可能性には思い至って。


 ポカンと開きっぱなしだった口で、ルーテシアは言葉を紡ぐ。

 あのもしかしてと、声に出して確かめる。



「もしかして今、私の声……聞こえてますか……?」

「えっ、声? うん、聞こえてるけど……どうして?」



 ――ちなみにこれは、後で分かったことだが。

 アリシアを此処に連れてくるまでに、リクニが面白がって彼女にヘンなことを吹き込んでいたらしい。なんだか自分がすごく緊張してて、会ったら泣き出しちゃうかも的なことを。


 でも結果だけみれば、その通りとなってしまったわけだ。

 そのせいでアリシアはひどく慌てふためくことになる。


 ああごめんね、怖かった!?

 怖くないからね!?

 大丈夫だからね……!?


 見当違いにそんな励ましをしながら、リクニさんすみませんと困惑いっぱいにヘルプを求めようとして。


「――良かったね、ルゥ」


 そのリクニも表情を崩しているものだから、いよいよどうしていいか分からなくなっただろうが。


 ともあれ、これが2度目の転機だ。

 ルーテシアの世界が、再び明るさを取り戻した瞬間で――。

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