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9-30.「賭け」


 『血の目覚め』を誘発したことにより、自己の定義を曖昧あいまいに。朧気おぼろげとなった自我のなか、定まらない認識下のことではあるが――。


 ルーテシア・レイスは今、リクニ・オーフェンという一人の魔女狩りと対峙しながら若干じゃっかんの戸惑いを覚えていた。なぜ今しがた押しかけてきたこの人は、いきなり自分に攻撃を仕掛けてくるのだろうかと。


 いや、攻撃というのもちょっと違うのかもしれない。なにせこの人の仕掛けてくるそれには、そういう危うさをいまいち感じ取れないからだ。


 結ばれた『光』が増幅する直前、それが少しだけしぼむのが見て取れる。


 まるで傷つけてしまうことを恐れて、躊躇ちゅうちょしているかのように。たぶんこちらをやっつけたいというよりは、ただ捕まえようとしているだけに見えるけれど。


 でも、どうして……?

 なんでそんなチグハグなことをするのか、よく分からなかった。


 でもおかげで、とても助かる。分かりやすい。

 次に彼がどこに『光』を繋げようとしているかが、手に取るように見つけられるから。


 ほら、こっち。

 次はこっち。


 『浄化パージ』の魔力をまとわせた杖先をルーテシアがグルンと振るえば、その先でパコンとなって発現途中だった魔法が消失する。


 どうやら彼は自分を、この結んだ『光の陣』のなかに閉じ込めようとしているみたいだけれど。でもその直前にどこかがジジジってなるから、そこを先に叩いてしまえばこの通りである。


 パチパチと光が弾けて、形成される半ばだった陣がボロボロと崩壊した。それでも彼は次から次へ、諦め悪くそれを繰り返して、どうにか陣を完成させようとしていて。


 本当に、何がしたいのだろう?

 何度やったって、同じことなのに。


 パコンとやって、パチパチ。

 またパコンとやって、パチパチパチ。


 ルーテシアが杖を振るってはその先で、弾けた七色の光が燦然さんぜんと輝き、空をいろどる。それを間近に見上げ、きらめく光がその瞳に爛々(らんらん)と映り込んだとき、図らずも思ってしまった。


 ――綺麗きれい、と。

 そのときだ。


『そうだろう? これだけが唯一、僕の取柄とりえで自慢なんだ。見た目がどうこうなんて褒められるより、そっちの方がずっと嬉しいよ』


 頭の中に声がして、ズキンとこめかみの辺りににぶい痛みがはしったのは。


 今のは何だったのか。

 いつ、誰と交わしたやり取りのものだったのか。

 分からない。分からないまま、ルーテシアはぎゅっと杖を持ち直す。


 そして、そうだと思い出した。

 自分にはもっと大事で、大切な使命があったことを。


 守らなければならない大事な人がいるのだ。

 またいつ襲ってくるかも分からない敵がいるのだ。

 だから早く見つけて、やっつけに行かなくちゃいけなくて。


 この花火を見れなくなってしまうのは少しだけ残念だし、モグラ叩きみたいでなんだかんだ楽しかったけれど……。優先すべきは圧倒的にそっちで、周囲を見渡せる此処からならきっとすぐに見つけられるから。


 もう邪魔しないで。帰って。

 あなたと遊んであげてる時間はないの。


 追い返してやろうと、カン。

 杖先を強く付いて、おこした『風』の魔力でいい加減、反撃に出ようとしたときだった。




「ルゥ、ちゃあぁーんッ!!!」




 やや遠巻きからとても大きな声で、張り上げるようにそう呼ばれたのは。


 ……?


 刹那、思考の停滞を挟んでからルーテシアは見上げる。

 今しがた声のした斜め上方向――そこに隣接する、この建物よりさらに高い塔のうえを。


 ずっと無表情だったルーテシアが、僅かに顔色を変化させたのがそのときだ。そのかすかに見開かれた緋色の瞳に、確かな驚愕の感情いろを灯して。


 なんで……?

 どうして、そんなところにいるのか。

 危ない。隠れてて。だってまだ敵が、近くにいるかもしれないから。


 ごちゃ混ぜとなった思考の整理なんかまるで追いつかないうちに、次なる急展開はルーテシアの見上げる目前で起こる。吹き荒れる風に、その深緑色の髪をなびかせながらすっくと立ちあがった彼女。


 他でもない、護りたかった相手であるはずのミレイシア・オーレリー、その人がすでにそうと決めきった顔つきで一歩と前に進み出て――。まさか。


 まさか落ちたら無事で済むはずもない高さから、えいやと果敢かかんに飛び降りてきたのだから。



 ◆



 ――そう、ミレイシア・オーレリー。


 彼女こそリクニがアニタの次に遭遇し、ルーテシアに何が起こったか詳細を話してくれた証人だった。リクニと出くわすなりミレイシアは懸命に、涙ながらに訴えるのである。


 そしてリクニは知るのだ。

 ルーテシアが襲い掛かってきた囚人の一人からミレイシアを守ろうとして、『血の目覚め』を発動してしまったその事実を。


「分かった……。話してくれてありがとう、ミレイシア。とにかくルゥのことは僕が探すから、君は安全なところに」


 だがミレイシアはそんなリクニの提案を良しとしなかった。

 泣きらした目元を拭い、自分も行くと揺るぎない意思表明をしてから立ち上がる。


 ルーテシアは自分のせいでそうなってしまった。

 ケガもしているはずだからと。


 泣き顔に負い目と涙をにじませながら、それがミレイシアの言い分で。

 だとしてもとリクニは答えにきゅうしたが。


 結局こうして一緒に来てもらうことになったのは、彼女が一度言い出したら退かない性格の持ち主であることに加え、ルーテシアの声を聴き取れるのは自分しかいないとする主張が、この緊急時において捨て置けない決め手となったからだ。


 そしてその言葉通り、ミレイシアはルーテシアの居所を突き止めた。


「リクニさん、見て! あそこ!」


 走りながら指さした建物の屋上に、何かを探すように階下をマジマジと見下ろしている赤毛の少女を補足して――。


 そうして遠巻きながら、ルーテシアの居場所は確かめられたが。


 それから二手に別れるまでに、これまたミレイシアから発案された1つの作戦があった。いや、これについてはもはや賭けと言ったほうが適切かもしれないが……。


 もしこのままリクニが単独でルーテシアを制圧できるなら、それに越したことはないだろう。だが当人も自覚の薄いことに、ルーテシアの『浄化パージ』の魔力は、これがなかなかに強力なのである。


 ある意味で危なっかしいぞとは、一度その効能を駆使して押し入られかけたゼノンからこうむった苦言だ。聞けば森に張り巡らせていたセキュリティ用の魔術式が、ルーテシアの通ったところだけまっさらな白紙に戻されていたとかで。


 加えてルーテシアは、瞬発的な観察眼もピカイチときている。

 アリシアが『テリア』に扮してバイトをしていたのは先日のことになるが。


 そのときリクニはまるで正体を見抜けていなかったし、生活を共にしているゼノンでさえギリギリまで判定に苦慮するほどの精度だった。


 だというのに、タイミングは違えどルーテシアだけは一瞬で『アリス』の正体を見破っている事実が、その眼力の確かさを証明しているから。


 さらにはそんな彼女が『目覚め』状態に陥っているともすれば、相当に手を焼かされる可能性は十分に考えられる。


 スタミナ的に平均以下のリクニでは、まだ幼いとはいえ魔女であるルーテシアを相手に、先にへばる展開すら否定できなくて。


 だからもしものときのために、ミレイシアにはずっとそこで待機してもらっていたのである。


 いざとなったらそこからダイブしてもらって、その可能性を確かめるために。もっと言えば捨て身の大博打おおばくちに打って出て、あるいはルーテシアに致命的なスキを生み出してもらうために。


 そして今、リクニたちはその賭けに勝ったのだ。

 何せえいやとミレイシアが塔から飛び降りたその瞬間、ルーテシアはまだ『目覚め』状態にあるとは思えないほど分かりやすくアワアワして。


 一番得意な『風』の魔力で受け止めようとしているのか、杖を取り落としそうになってまで駆け寄ろうとしているのだから。


 そう、ミレイシアが発案した作戦。

 それは何故ルーテシアが『血の目覚め』を誘発したのか、その明確な答えに起因するものだった。


 魔女の『目覚め』が起こるパターンとして、考えられる要因は大きく2つだ。

 1つ目は命の危機に瀕したとき、つまりは自己防衛本能として発動するそれである。


 例をあげるなら、魔女狩り試験でアリシアがおちいったのがそのタイプに近いだろう。あのときアリシアがそうなってしまったのは、リオナの放った2連特大メテオが彼女をかつてないほど命の危機へと追いやったことが大きいだろうから。


 だがもしそうでなかったとすれば、おのずと可能性は1つに絞られる。


 そう、『願い』を叶えたいとする強い意志によるものだ。同じくアリシアがゼノンとの再会を望むあまり、夜な夜な歩き出す夢遊病状態となってしまった事例のように。


 問題は今回のルーテシアが、そのどちらのパターンなのかだった。しかし今、答えはこれ以上なく明瞭めいりょうに明かされる。


 そうでなければきっとルーテシアは今そんなにも慌てふためいて、必死になってはいないのだから。


 最後に守りたいと『願った』相手、ミレイシア・オーレリーがそのまま落ちて、堅い地面に打ち付けられないで済むようにと。


 我を失っても、その『願い』だけは見失わずにいて――。


「やっぱり、そうだったんだね。ルゥ」


 ミレイシアらしいと言えばらしい、とても危なっかしい画策ではあったが。

 確かにやってみるだけの価値はあって、勝算も高かった。


 そうじゃないかって思ったんだ。

 だって――。


「君はとても、優しい子だから」


 立てた二本指を小さく振り、光を結ぶ。

 ジジジとなって、それに露ほども気づかないまま、ワタワタと無防備そのものでいたルーテシアに向かってほとばしる。


「帰ろうよ、ルゥ。これでもう、ほんとに最後だからね」


 受け止めるように、そっと。

 結ばれた光の陣のうちに、少女の小さな体は包み込まれ――。

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