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9-24.「強奪」


 『グレーテル』が爆散した瞬間、凄絶な爆音のなかにかすかながら聞き取れたのはバラボンとどこか調子外れに崩れた弦音げんおんだ。それが何による物音だったのかリィゼルには分からないし、さして興味もないが。


 ゴロリ。

 そのとき丁度リィゼルの足元に転がってきたのは手のひらサイズの、どこか見覚えのある紅色の魔石だった。


「…………」


 間違いない。

 そのやけに大ぶりで芸術的なまでに高純度の一品は、かつてリィゼルがリコッチから受け取り、こじ開けた空間を支えるための支柱としても用いた『グレーテル』のコア部分にあたる魔石に他ならなかった。


 それは同時に『グレーテル』を魔動機ロイドたらしめていた中枢ちゅうすうでもある。核を失えばどんな魔動機ロイドも、それとしての機能を果たすことはできないのだ。文字通りの心臓部、つまり――。


 とても長く、長くそれを見下ろして。凝視して。

 リィゼルはその事実が不動で、また確固たるものであることを再三に渡って確かめた。そのうえでようやく、ほぅと深く安堵の息を付いて。


「終わった……」


 そう、終わったのだ。


 『グレーテル』はもう、この世の何処にもない。

 もう二度と誰の手にも渡らず、悪用されることもなくて。

 だから、これでやっと……。


 そこに感慨深さはなく、達成感も最小限だ。

 野放しにされていた期間と生み出された被害を思えば遅すぎたくらいで、そんなものに心身を浸す資格も自分に有りはしないだろう。


 だが、それでも――。


「やっと……」


 少なくともリィゼルにとって、それは1つの区切りだった。

 心にずっと空いたままだった穴の、一番大きかった部分が。

 やっと、本当の意味で埋まっていく。

 埋まってくれる。そんな風に思えて。


 これで少しは。

 ほんの少しだけなら、前を向けるのだろうか。

 向いて、いいのだろうか……?


 そんな自問や感傷もほどほどに目を伏せ、リィゼルが足を向けたのは――。

 つい今しがた爆散した『グレーテル』、そこから真っ先に吐き出された老人のもとだった。


 それは『ヘンゼル』にも同様のことが言えるが。

 万一にと搭載しておいた緊急脱出装置が正常に働き、崩落した内部空間の爆縮から中身だけは難を逃れた結果だろう。


 放り出されるまま壁に叩き付けられ、ずり落ち。

 ヒィヒィと呻くように這いつくばっている憎き仇敵、リコッチ・ファガスターの姿がそこにあった。


 収監されていた彼がどういう経緯で『グレーテル』を取り戻し、悠々と操縦していたのか。その委細は依然として不明のままだが。それを完膚なきまでに破壊された今、丸裸となったリコッチに抵抗の術はない。


 だから残りすべきことは彼を捕縛し、一刻も早くここを離れることのみだった。

 途中でリコッチとは別行動を取ったらしいケインや他の囚人らが、いつここにやってくるとも限らなかったから。


「終わりだぜ、リコッチ」


 故にリィゼルは、最後にそれを勝利宣言として突きつける。

 よほど打ち所が悪かったか、苦しそうにもだえ、うずくまっている弱々しい老人を冷ややかな視線で見下ろしながら。


 だが、そのときだ。

 顔を伏せ、さも可笑しそうにしながら、リコッチがケタケタと不可解な笑い声をあげ始めたのは。


 いったい何がおかしいというのか。

 しゃくに障ったリィゼルの問いかけに、リコッチは尚も笑いながら続ける。


「なに1つ、想定を上回らなかっただと……?」


 ついさっきリィゼルが告げたげんを持ち出し、「だったらこれはどうだ!?」と。

 嬉々として彼が宙に放り上げたのは、何やら衣服の内側に隠し持っていたらしい黒塗りの球体だ。


「……?」


 リィゼルは知らなかった。

 それが『魔獣ボール』などと命名された、リコッチが土壇場でアーガスの手持ちから1つだけ拝借はいしゃくしてあった転ばぬ先の杖。非常用ストックであったことを。


 まさか、思わなかったのだ。

 その内部から突如としてワーム系の魔獣が出現してボエーと咆哮、のた打ち回り。


 最後の最後でまた、盤面をひっくり返されようとは――。



 ◆



 リィゼルが用意した魔動機ロイド兵団は、あくまで『グレーテル』を処理することだけに目的を絞り、その1つ1つに対して明確な役割や性能を持たせたうえで特化させた機体たちだ。


 当然、対魔獣戦用になんて造られてはいないし、そのうねる巨体から繰り出されるブルドーザー何台分にも匹敵するほどの体当たりに持ちこたえられるほどの耐久力も、すべてが持ち合わせているわけではない。


 およそ2年の月日をかけ、何度も整備を重ねたリィゼル特製の魔動機ロイド兵団。その半数近くがバラバラと、ものの一発で完膚なきまでに粉砕されてしまう。


「ちくしょう……ッ! いったい何がどうなってやがんだ!?」


 いったい何が起きたというのか。

 状況の把握もままならないまま魔獣の雄たけびに、リィゼルはすぐにも応戦に乗り出した。


 無数のボタンが取り付けられた操縦端末コントローラーを至急で持ち直し、残った魔動機ロイドたちで陣形を再展開。すぐにも魔獣ワームの頭を落とせば、見上げるほどの図体がズシンとなだれ落ちるように力を失う。


 意表こそ突かれはしたものの、終わってみれば一瞬のこと。

 取るに足らない悪あがきだった。

 はずだが――。


「なっ……!?」


 そこでリィゼルは事態の火急さに気付く。

 いないのだ。リコッチが。


 目を離したのはほんの数秒足らずのことで、逃げおおせる時間なんてあったはずがないのに。室内をくまなく見渡しても、どこにも姿が見当たらないのである。


 まさか土壇場で裂け目に飛び込んだのかとも思ったが、それもまだ塞がったままだ。

 人が通り抜けたような形跡なんて無くて。


「じゃあ、どこに……!?」

「ギェエエエエーェッ!!!」


 もう決して野放しにさせてはならない魔人の行方を求め、リィゼルが振り返ったのと。下腹部から突き上げるかのようなにぶく重たい衝撃に突如、その小さな体ごと跳ね飛ばされたのが同時のことになる。


 蹴り上げられたのだ。

 いったいどこに潜んでいたのかも大いに不可解だが。

 それは相手がよわいにして八十近くにもなる小柄な老人であることを思えば、考えにくいまでに強靭きょうじんな脚力だった。何より、堅い。


 ミシリと体内から聞き取ったイヤな音から察するに、肋骨も無事では済まなかったようだが。いずれにせよ、とても生身の人間から繰り出された一撃とは思えない。


「まさ、か……!?」


 立ち上がることもままならないままよろけたが、ガシャンと。

 聞きなれた鉄の音を聞けば、否が応でも答え合わせは済む。


「なんじゃ、もう立てんのか? まったく、若いもんがみっともない。どれ、少しくらい手を貸してやるとするかの」


 グワシと乱暴に掴み上げ、ほとんどその首を締め上げるようにリコッチはリィゼルの体を軽々、高々と持ち上げた。


 いや、その表現ももうすでに適切ではないのだろう。

 なにせ彼はまたも、生身ではなくなっているのだから。


「まったく。相も変わらず口は悪く、愛想もない餓鬼がきじゃな。2年ぶりにおがんだというに、愛着の欠片かけらも湧いてこんではないか。しかしまぁよい、どうせこれで最後だからの。さっきの礼も含め、たっぷり可愛がってやるとしよう」


 ――そう。

 『グレーテル』が完膚なきまでに破壊された今、乗り込み型はこの世にあと一機しか残されていない。その内部こそがリィゼルが目を離した一瞬のスキを突き、彼の魔人が逃げ込んだ先だったのだ。


 そのうえで。

 おぉそうじゃそれとなと、リコッチは思い出したように付け加える。

 破壊された愛用機グレーテルの代わりと言っては何だし、性能スペックも比べるべくもないがそれでも無いよりはマシと、そう前置いたうえで。


「リコッチ、てめぇ……ッ!?」

こやつ・・・は有難く、貰い受けてゆくぞ?」


 乗っ取った『ヘンゼル』の内部から、彼はカハリとほくそ笑むのだった。

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