9-23.「最後に奏でたのは」
リィゼルに魔動機の基底部だけはしっかり造らせたところで、まんまと騙し盗ってやったあの日からおよそ2年。リコッチは独自で『グレーテル』に様々な改良を施してきた。
それまでは少し、人生を退屈なものにも感じていたのだ。
若いころは魔道具職人としての道を究め、それこそ数えきれないほど多くの魔動機や魔道具を手掛けてきたリコッチだが、さすがに数十年も同じ分野に勤しんでいると目新しいものが減ってくる。
何をしていても、前にやったことのある試みの二番煎じか延長に留まってしまうのだ。
刺激が欲しかった。
この漠然とした欠乏感を、心の隙間を埋めてくれる何かが。
何だっていい。
新境地、新天地とも呼べる未開拓領域に巡り会うことさえできれば、この燻る探求心、そして老い先短い生涯のすべてを捧げ、費やすことができるのにと。
そんなときだ。
それと出会ったのは。
リコッチは興奮に打ち震えた。
なにせそれは、ただでさえ難易度が高いことで知られる魔動機の技巧に空間系の魔術式を組み合わせ、内側から操縦できるようにしたなどという埒外の代物だったのだから。
構想こそ、リコッチにもあったが。
天才発明家と謳われた自分さえも過去に挑戦し、断念を余儀なくされたまさに神業と呼ぶに相応しい技の結晶、超絶技巧の実現に他ならなかったのである。
リコッチはその魅力に一瞬で惹きこまれ、強く心を奪われた。
どうしても欲しくなる。
なにせ自分がずっと求めてやまなかった無限の可能性、拡張性の原点こそがそこに秘められていたからだ。いま目の前にある。あの技術さえあればと焦がれ、喉から手が出るほどに欲して。
だから取引きを持ち掛けた。
技量を持て余しているとしか思えない機体のちゃっちさから、資金繰りに苦労していそうなのは見て取れたので、構造を盗み見るか、あるいは本体を奪ってやろうと算段で近づく。
だが出てきたのは子どもで魔女で、あげくにどうやっているのか魔術式の実物まで見ても、何故それで成立しているのかすら分かったものではないとハチャメチャぶりだ。
改めて魔女というデタラメな種族の理不尽さを、嫌というほど思い知らされたものだが。しかしそれら鬱憤も帳消しにしてお釣りも出るほど、リィゼルはとても素直で良い子だった。
可哀そうに。
魔女であるが故に、今まで誰からも相手にされてこなかったのだろう。
少し煽ててやるだけで、リィゼルはホイホイとこちらの言うことを聞いてくれた。ありがたいことに、こんなのも造ったんだぜと過去に手掛けた品々も自慢げに披露してくれて。
だから方針を変える。実に容易かった。
思わず同情を禁じ得ないほどに、リィゼルは本当に扱いやすい良い子で。
何よりただの、無知で憐れなお子様だった。
そんな情も湧いたからこそ、『グレーテル』や魔道具を奪い去ったうえでリィゼル自身には手を下さなかったのだ。見逃してやった。
だというのに――。
「その仕打ちが、これかあぁーッ!?」
ガシャーンとリコッチは振り下ろすように、ピアノの鍵盤に両の手指を振り下ろす。
それもリコッチが『グレーテル』に施した大きな改造の1つだ。
あちこちにボタンやレバーが付いていて、事あるごとにそれらをガチャガチャするなんて優雅さに欠ける。というかまるで、子どもの玩具のようではないか。だから鍵盤を持ち込み、奏でる旋律に合わせ自在に動かせるよう改良したのである。
ときに嵐のごとく荒ぶり、ときに凪のように静まり。
体を揺らすようにしながらの演奏は流れるように淀みなく、リコッチはしばしパラピロリンと心身を音楽の世界に浸らせていた。
こんなガラクタがたとえ何十機と束になったところで、『グレーテル』の装甲はそう容易く破れるものではない。意表こそ突かれたが、恐れるには足らなかった。
故にリコッチは当初、それこそただ純粋に音楽を愉しんでいたのだ。
この演奏が終わったとき、辺りには無惨に散った魔動機群の残骸が飛散し、リィゼルが色濃くその顔色に失望を浮かべていることだろう。
その見るからに継ぎはぎで、努力の健気さの伺える自信作たちが完膚なきまでに破壊されたとき、彼女がどんな顔をするのか。その失意に歪んだ表情を思い描けばこそ、リコッチの創造力はとめどなく搔き立てられた。
ところが、どうだ。
『第一曲』と題した演奏が終盤に差し掛かっても、リィゼルの放った魔動機たちは一向に数を減らさないのである。一体ずつの動きがやけに俊敏で、また変則的だった。
おのれ小癪なとそれに痺れを切らし、リコッチはいっそう強く鍵盤を叩く。振り下ろされる戦斧の一撃は、たとえ魔獣の固い鱗であっても容易く撃ち砕くほどの威力であるはずだが。
敵戦力の要と思しき一番マトの大きな魔動機が躍り出てきたかと思えば、まさかそれを正面から受け止められてしまったではないか。そのまま、ビクともしなくて。
「なッ……!?」
いったい何が起きているのか。
こうも圧倒的なスペック差がありながら、何故いつまでも優勢に立つことができないのか。
「おのれぇ……この、ガラクタ共がぁああーっ!!?」
いい加減、嫌気が差して力任せ。
魔動機群の包囲を強引に振り解こうとしたときだ。
バーカと勝ち誇ったような嘲りが届く。
その声に、ハッとリコッチは我に返って――。
――そう、太刀打ちできるはずもなかったのだ。
もし仮にまったくの初見で『グレーテル』と相対することになったなら、リィゼルにまず勝ち筋はなかっただろう。千回やって千回とも返り討ちにされてしまう。
だが基底部だけとはいえ、『グレーテル』を手掛けたのは他でもないリィゼル自身だ。機体の基本性能や限界値はおよそ把握しているし、そこから逆算すれば撃破のために必要となる戦力も容易に割り出せる。
それにリィゼルはこの2年、自分のものだけではない。
リコッチが世に放ったと思われる魔道具も数えきれないほど回収し、破壊してきたのである。見てくれから機能まで趣味の悪いとしか言いようのない兵器たちだったが、それら特徴を総括すればおよそ見当は付こうもの。
――同じ時間でリコッチが、『グレーテル』にどんな改造・改修を施しているかなんて。それら根拠を並べたうえで、リィゼルは告げる。
「おまえのやりそうなことなんて大体、想像つくんだよ。いい加減、見飽きたぜ。またかよってウンザリだ。バカの1つ覚えみたく、似たりよったりのガラクタばっかこさえやがって」
「な、に……ッ!?」
「でもおかげで、この上なく分かりやすかった。全部お見通しだ。現に今おまえのやったことで、ボクの想定を上回ることなんて1つもなかったしな。――あぁ本当に、何1つなかったよ。礼を言いてぇくらいだ。腕も頭も、これっぽっちも成長してくれてなくってサンキューってな」
「き、貴様……ッ!」
「まだ分かってねぇなら、もっかいだけ言ってやる。ぶっ壊されんのはテメェの方だ。そうじゃねぇってんなら、せいぜい足掻いてみやがれ。ボクとおまえじゃ根本的にココのデキが違うってことを教えてやるよ。――三下」
嘲りたっぷりにこめかみを指さしながら、リィゼルがそう罵倒をくれてやるのと。ギエエエとリコッチが憤慨するのが同時のことだった。
しかし結末は、リィゼルが告げた通りとなる。
そこから始められたのは、ただただ一方的な蹂躙だ。
殺到した魔動機兵団にたちまち取り囲まれ、やがては武器を振るうこともできなくなり、もみくちゃにされる。なす術もなく、ズガンズゴンと物々しい袋叩きに合って。
「おのれ……! おのれぇえええーッ!!?」
かくして怨讐に満ちたリコッチ・ファガスターの断末魔とともに、『グレーテル』は爆散。最後に凄絶な爆音を奏で、無惨な鉄くずとなり果てるのだった。