9-20.「ありかもな」
とまぁ、テグシーと知り合ったのは大体そんな経緯だ。
ロボじゃねぇからなと注釈は入れつつ、ヘンゼル内をツアーさせてやったり、コックピッドでもガチャガチャと一通りは遊ばせてやることになったわけだが。
アイスブレイクも済んだところでさておきと改まり、テグシーから徐に切り出された話題がある。いったい何かと思えば、出てきたのはリコッチ・ファガスターの名前だった。聞けばなんと、奴の足取りについて確かな情報筋から手がかりを得られたとのことで。
「どこだ!? 奴はいったいどこに……!?」
血相を変え、すぐにも問い質したリィゼルだが。
テグシーから明かされたその地点は、セレスディアからもかなり離れたところにある遠国付近だった。とても1日や2日で行けるような距離にない。
経緯としては、同じく行方を眩ませていたアーガス・ゼルトマンの行方を追っていたところ、彼との接触が見られたことが大きかったらしいが。テグシーによれば既に手は打ってあり、付近にいた魔女狩りたちを総動員しての捕縛作戦が開始されているそうだ。
そんな現状を明かしたうえでテグシーは続ける。
兆しは明るく、身柄を押さえられるのも時間の問題だろうと。
あまりに唐突にもたらされた吉報に、リィゼルの思考は半ば停滞していた。
「まぁ私としては今の段階でキミに報せるのは、あまり気が進まなかったのだがな。無いようにはするがこれで万が一、取り逃がしでもしたら笑い種にもならない。確固たる結果をもってキミへの報告としたかったが」
「おいちょっと待てテグシー、余計なことは」
「ゼノンが言うんだよ、それではキミが納得しないだろうとね。聞けば、そういう約束だったらしいじゃないか」
「約束……?」
ふいに持ち出されたそれに、心当たりはあった。
出立の朝、リィゼルから申し出たのだ。もしリコッチの足取りについて僅かでも手がかりや情報を掴めたなら、自分にもそれを共有してほしいと。
めんどくさがられた。
頭をガリガリやって、俺がやるつってんだから別にいいだろうがと先に交わしたばかりの取り決めを持ち出されて。それでもと食い下がって、ヒマだったらなとあしらわれた。
そんなだから、とても約束なんて呼べる律儀なものではない。
リィゼルも今の今まで忘れていたくらいだ。
だというのに、それをゼノンは。
「覚えてたのか……?」
「べつに。そういやんなこと言ってやがったなって偶然思い出しただけだ。後でまたビィビィ泣き喚かれでもしたら、そっちの方が面倒だからな」
「…………」
「だから結果がどうあれ文句は言うなよ。まだ気休めの範疇だと思って聞いとけ、くれぐれもな」
「分かってる、それでいい。それで十分だったんだ……」
もう残り時間も僅かで、半ば諦めもあったからだろうか。
リィゼルはそのとき、凪のように静かな感情に満たされていた。
とても長い間、宛てもなく彷徨って漂って、やっと何もないところに流れ付けたような、そんな感慨に。
ずっと空いたままだった心の穴の一番大きい部分がやっと、少しだけ埋まってくれたような気がして。
「そうか……」
自分の内に確かめるように、その言葉を繰り返していた。
「だから実を言うとな、さっきの話も私としてはまったく無しな提案ではなかったりするのだよ。リィゼル、キミの気持ちもあるだろうが再度、1つの選択肢として提示させてほしい」
「え?」
「もういいんじゃないだろうか。キミの気持ちを思えば、あまり軽はずみなことは言えないのかもしれないが、それでも――。キミはもう十分過ぎるほど、責任と呼べるだけのものを果たしてきたと私は思っている」
「それはつまり……。もう諦めろってことか?」
「言葉が違う。もう自分を赦してやるようにと、そう言っているんだ。キミのやったことは、確かに罪だったかもしれない。でもそれはキミ自身が悪だったからではなく、別にいる悪しき輩がキミを悪用した結果だろう。分かっているはずだ、そんなこと。聡明なキミなら」
「…………」
「だからもう、後のことは私たちに任せて。キミは――」
そっと諭すように為された提言に、リィゼルの胸中には複雑なものがこみ上げる。確かにさっき、最後の1日までだってとは言い張ったばかりのことだが。
果たしてそれであと、どれだけのことができるのかはリィゼルにも疑問だった。
何もできないかもしれない。いや、その可能性の方がずっと大きい。
だったらもうと、同じ帰結に至った覚えが近ごろにもあって。
追い続けたリコッチがいよいよお縄にかけられるというなら、なおさらではないか。
すべきことはまだあって、時間だって残されているのに。
できることが何もないのだ。
それはとても苦しいことで。
もっと他にあるはずのすべきことから、ただ逃げているだけのようで。
このまま無為に時を過ごすくらいならいっそと、何度もそう思った。
聡明……?
もし本当にそうだったら、どんなに良かったことだろう。
そしたらきっと、こんなことにはなっていなかっただろうに。
ともあれ、すぐに頷くことはできなくて。
自分でもどうしたいのか分からないままボソリ、リィゼルは応じる。
「少し、考える時間をくれないか……」
勿論だともと、テグシーは快く了承してくれた。
どんな結論に至ろうとも、自分たちはそれを肯定するとも。
ゼノンからは覚悟しておけとも言われた。
というのも、どうやらそれを決断した暁には、まず向かわせられるのはミレイシアのところらしい。
それはとても怖くて、億劫なことだった。
何かとこちらの身を案じ、信じて守ってくれようとした彼女を、リィゼルは一方的に置き去る形で手ひどく裏切っているのだ。我ながらひどい仕打ちだし、今さら合わせる顔なんかあるはずもない。
「やっぱり……。怒ってるのか、ミレイシア……?」
「あぁー、そりゃもうカンカンだぜ。何が何でも1発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇってよ」
でもそれはそれで、ちょうどいいかもなとも思った。
あんなにも優しく、目をかけてくれた彼女から浴びせられるだろう非難と軽蔑は、きっとこの心に一生ものの傷となって深く刻まれるだろう。
最初に被る罰としては、実に適量で相応しいようにも思えた。
早めの自首を決め、早々に切り上げるメリットがここにきて1つだけ見つかってしまう。あるいは「それもありかもな」と考え改め、フッと自嘲の笑みを浮かべるリィゼルだった。
「……分かった。覚悟しておく」
そして――。
リコッチ・ファガスターの身柄が確保されたとの報せを受けたのが、それから程なくのことになる。
◆
詳しいことは分からないが――。
テグシーによれば最終的にリコッチを捕縛したのはまさか、リリーラ・グランソニアが直々とのことらしい。
いよいよ捕縛作戦が開始される直前、ゴロロンと轟いた雷鳴とともにズシィンと巨体が降り立った。現地にいた魔女狩りたちも突如として出現した彼女に度肝を抜かれたそうだが、ともあれそのままひと暴れ。
襲い来る魔獣の群れを蹴散らし、木々を木の葉のように吹き飛ばし、がなり散らしながら瞬く間にその場を制圧してしまったそうで。
ちなみに捕縛できたのはリコッチ・ファガスター1人だった。
一緒にいたはずのアーガス・ゼルトマンや『グレーテル』の機体は見つからず、まるで天災が過ぎ去ったかのような凄絶な破壊痕を見るに、そういうことではと捜索や回収も断念されたそうだが。
リィゼルとしては、その結論に少なからず違和感もあったのだ。
いかにリリーラ・グランソニアの破壊力をもってしても、『グレーテル』の装甲が跡形もなくというのは、いくらなんでも考えづらいように思えたから。
だがその疑問が長く続かなかったのはそのまた数日後、テグシーからもたらされたあらぬ相談事に起因する。グランソニア城を出禁になったと、どうにもコメントに困る切り出しから始まったことはさておき。
やけに歯切れが悪いし、指をクルクルさせながら目もやたら泳がせているので何かと思ったら。
「――は?」
実はアリシアがリリーラに拉致られてたと、これまた寝耳に水なことを言い出して。




