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9-16.「1人より」


 それから程なくのこと、リィゼルは一人『ヘンゼル』の内部へと戻っていた。


「今夜はもう遅いし、続きはまた明日にしましょう。リィゼルちゃんも今の話、じっくり考えてみてね。すぐに結論出さなくても大丈夫だから」


 とのこと。

 どうせ鎖でがんじがらめにされて『ヘンゼル』は動かせないし、使い慣れたベッドもそこにある。もう絶対に逃げないことを条件に。


「分かった。大人しくしてるよ」


 今日のところはひとまず戻って良しと、仮釈放されたわけだが。

 そうしてようやく一人となれたリィゼルがハタと足を止めたのは、だだっ広いラボの中央。周囲に横たわっている何機もの魔動機ロイド群のまえである。流し見るようにして一機ずつ、モノによっては触れにいって状態を確かめていったのだが。


 彼らの言っていた通りだった。

 多かれ少なかれ装甲の破損や傷はあれど、致命的な損傷を受けているものは1つもない。


 その事実に、まず驚く。

 あんな謀反むほんをしでかしたものだから、てっきり1つ残らずコアとなる魔石もろとも破壊されたものとばかり思っていたのに。


「まさか、本当に……?」


 外身の『ヘンゼル』だけではない。

 中に配置していた魔動機ロイドも、コックピッドそのものや他のあらゆる機能も含め、みんな手つかずで無事だった。


 ここも、ここもと。

 1つずつそれらを入念に点検し、確かめていって――。




 あのとき、決着は一瞬だった。

 余裕ぶっこいてんじゃねぇと魔動機ロイドたちをミレイシアに差し向けたまでは良いとして、割って入ったゼノンにいともたやすくそれを防がれてしまったのである。


 これだけの数の魔動機ロイドで囲ってしまえば、いくら魔女狩りでも太刀打ちできないと思っていた。しかし幾本もの鉄鎖をジャリジャリと自在に操るゼノンには、背後も含め死角というものがなかったのだ。


 だったら正面から力で押し通してやるまでと向かわせた一番のパワー型でも、まったく歯が立たなくて。それもまた鎖でがんじがらめにされ身動きも取れなくされるとともに、リィゼルは即座に敗北を悟った。


 その先は、本当に無様だった。

 差し向けておいて何だが、その魔動機ロイドたちは本来、護衛用とはまったくべつの目的に使うはずの機体群だったのである。


 もう手持ちの魔石もなくて、これまで手掛けたいくつかの魔道具も解体して、どうにか継ぎはぎで製造したなけなしのものだった。


 だから壊されるわけにはいかなかったのだ。もう後がないから。

 それなのにミシミシと締め上げられていく装甲が悲鳴をあげ始めていて、今にも圧壊あっかいされてしまいそうで。


 やだ……。

 やだ頼む、やめてくれ。

 訴えるように降参するなり、リィゼルは泣く泣くとゼノンに訴えた。


 自分が悪かった。もう何もしない。

 抵抗しないから。お願い、壊さないで。


 ズビズビと泣きわめきながら、まるでお気に入りのオモチャを親に取り上げられた子どもみたいにすがりつく。みっともない。醜態しゅうたいもいいところだ。


 自分の思い通りにしてやろうと尊大に、どこまでも手前勝手に振る舞って、都合が悪くなったら態度をひるがえし、泣き喚く。なんてみにくいのだろう。それはリィゼルがもっとも忌避きひする、ガキそのものの振舞いに他ならない。


 でも仕方ないではないか。

 どうしても必要なのだ。倒すために。

 自分が造ってしまったあの凶悪な兵器だけは、何があってもこの手でほうむり去らないとダメだから。そうでなくちゃ、前に進めないから。


「頼む……。頼むよぉ……」


 最後は消え入るように、そう哀願するしかなかった。

 覚えているのはそこまでだ。あろうことか人質ひとじちに取ろうとしたミレイシアからなぐさめられて、挙句にはそのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。


 鏡を見たら、顔に泣いた痕もまだしっかり残っていた。

 本当にみっともない。

 情けない。


 スパナを手に最後の確認作業を終え、グズグズと鼻をすすりながら。

 たっぷりの自己嫌悪と卑屈ひくつさをにじませたのち、リィゼルは立ち上がる。


 それからピラリ、床に広げたのは1枚の巻紙ロールだ。

 紙が巻き戻らないよう四端に工具を置いて抑え、グスンと鼻を鳴らしながら座り込むことしばらく、リィゼルは無言でその紙面を見下ろしていた。


 それは地図だ。

 さっきミレイシアから手渡されたもので、ところどころにマークや目印が書き込まれている。中には赤いバッテンマークが付いているところもあるのだが。



 すなわち――。

 そこがすでにゼノンらが潰してきた・・・・・・・・・・無法者らの本拠地とのことで。



『潰してきた……?』


 そうと明かされたときは本当に驚いた。

 にわかには信じられないことだった。リィゼルがそうしてきたのと同じように、2人もまた散らばった魔道具の行方を追い、回収していたというのだから。


 聞けば彼らが当初追っていたものは、魔道具のほかに大きく2つあったらしい。その魔道具の製造者と、どうやら自分たちのほかにもいるらしい、それらを破壊して回っている何者かの存在だ。


 その道すがらに3つ目となる、さっきゼノンに言われたところの『珍妙な魔道具の製造者』も追加され、途中でミレイシアがもしかして『製造者』についてはどちらも同じ人物ではないかと気付いたみたいな裏話もあったみたいだが。


『まさか3人とも同じ人だったなんてね~。驚いちゃった』


 探し物がみんないっぺんに見つかっちゃってラクチンのおトク感とも言いたげに、発覚した事実に体を揺らしながらどこか楽しげにしているミレイシアだった。「ねっ、ゼノン?」と相槌を求められるも、「ムダ骨折らされただけだろうが」と当人は不服そうにしていたけれど。


 そんなネタ晴らしを踏まえたうえで、それでねとミレイシアは提案する。


「リィゼルちゃんさえ良かったら、このまま一緒に行かない?」

「え……?」

「考えてみたんだけど、たぶんそれがお互いのためにとっても一番いいかなって思うんだよね。ほんとはリィゼルちゃんみたいに小さな子を保護したら、すぐにもセレスディアに連れて帰らなくちゃいけないところなんだけど。でも私たちもお仕事の途中だし、その間に悪い人たちが逃げちゃったりしたらそれこそ大変だから。――どうかな?」


 いきなりそんな誘いを寄こされ、どう応じていいかも分からなかった。

 それで現在に至るというわけだ。いきなり言われても困っちゃうよねとなって、一晩じっくり考えてみてねと仮釈放されて――。


「なぁ、それ……。借りてもいいか……?」


 別れ際にそう申し入れ、ミレイシアが見せてくれたマップもこうして借り受けてきたわけだが。


 でも答えなんか決まっていた。

 一緒には行かない。

 行くわけない。


 理由は単純、信用できないからだ。

 確かに地図に施されたマーキングには、リィゼルが持ち合わせていた情報とも一致するところが多くある。実際にリィゼルが潰した拠点も、いくつも見受けられた。


 だから彼らの言っていることに、きっと嘘はないのだろう。

 でもそれとこれとは話が別なのだ。


 もう二度と、誰のことも信じない。

 それはかつてあざむかれた経験から、リィゼルが固く心に決めていたことだから。


 だって、そうだろう。

 他者にわずかでも信を寄せ、ゆだねた結果どうなったか。

 ぬぐいきれない悔悟を、一人ではとてもあがないきれない罪を背負うことになったから、今なおこんなにも苦しんでいるのではないか。


 辛酸しんさんめさせられたなんてものではない。

 もう散々だろう。いい加減、りただろう。

 だから何があっても、もう他者の手は取らないと決めたのではないか。


 悪意があるのかどうかさえ、もはやさしたる問題ではないのである。

 誰の言葉にも耳を傾けず、信じるものをおのれのみに定めれば。


 もう二度とあざむかれることはない。

 繰り返さずに済む。

 必要な理屈はたったそれだけと、そう信じてきたから。


 同じあやまちを繰り返すなんてのは、救いようのないバカのすることだ。

 だから迷うことなんて何もない。

 そのはずなのに――。


「っ……」


 そんな想いとは裏腹に、所以ゆえんの分からない熱がポロポロと、頬を伝って流れていくのである。


 やりきれなさ。悔しさ。

 そこに込められた感情は様々あった。

 いっちょまえに一人でやると決めておきながら、ぜんぜんできていなかったことを思い知らされたことも大いにあるが。


 なんでなのか。

 今ばかりはそれよりも、どうしても。

 言いようのない安堵感の方が、ずっと大きくて。


 先行きが見えなかったのである。

 このまま一人でやったとして、あと何年かかるかも分からないような状態だったから。


 本音を言えばこれまでだって、誰かを頼りたいと弱い気持ちになってしまうことは幾度となくあった。でもそんな宛てはなくて、何より怖くて。


 どうしていいか分からなかった。

 どん詰まりにいたからこそ今、こみ上げてしまう。


『今までよく一人でがんばったね。えらい、えらい』


 バカを言うな。何も偉くなんてない。

 自分でいた種の後始末を、自分で付けているだけだ。

 分かったようなことを言うな。何も、偉くなんて……。


『でも困ったときは周りの大人を頼ってもいいんだよ? リィゼルちゃんはまだ子どもなんだから』


 それは貰ってはいけない言葉だ。

 かけられてはいけない優しさだ。

 ガキのやらかしでは済まない、本当にそれほどのことをしでかしたのだから。


 それに子ども扱いされるのは昔から嫌いで、とてもムカつくことで。

 そうやって他人を見下すのも当たりまえに生きてきたから、立場が悪くなった途端に甘んじるなんて都合の良いことはできなくて。したくなくて。


 でも抑えきれなかった。

 ずっと堪えていたものが零れて、溢れ出してしまう。

 決壊してしまう。


 ちょうどその年ごろの子どものように。

 年相応としそうおうに――。


『1人よりみんなでやったほうが絶対早く終わるよ! だから、ね? これから3人で一緒に頑張ろう!』


 声をあげて一人、わんわんと泣き出してしまうリィゼルだった。

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