9-6.「三つ巴」
「なに、やってんだアイツら……!? 仲間割れか……!?」
一時は進路のみならず退路まで塞がれ、絶望的な局面に陥ったリィゼルたち。
しかしいま――。
見舞われた2つの想定外により、その様相は大きく変化しつつある。
1つ目はさっきまで立ち塞がっていたはずの不死身男が、打って変わってアリシアを庇うような動きを見せたことだ。そのときはまさかと目を疑った。
てっきり脱獄仲間として同調しているものとばかり思っていたら。
視界に捉えるなり文字通り、嬉々としてアリシアに踊りかかった魔人ケインの捕食行為を、あいだに割って入る形で不死身男が明確に妨害したのである。
見境がないのか、より強者を求めてのことなのか、その真意のほどは定かでないが。
ともあれ、それからの展開はあっという間だった。
ケインが容赦なく致命傷を与えたかと思えば、やはり不死身男はそれを一瞬で完治させてしまう。するとたちまち、両者の闘争が始まって。
ミレイシアがどうと、耳覚えのあるなんてものじゃない名前を叫びながら。
やたらめったらと力任せに襲い掛かる不死身男が、少なからずケインを圧倒し始めていた。
そんな折に起きた想定外の2つ目が奴、アーガス・ゼルトマンの参戦によるものである。おそらくはケインに加勢するつもりで意気揚々、乗り込んだのだとは思うが。
「おいアーガス、てめぇ! 何のつもりだ!? いま俺を狙いやがったな!?」
「ちょ、ちょっと待て! 今のはちがっ……くそ、どうなっている!? おい、リリーラ! リリーラ・グランソニア、私の言うことを聞け! 狙うのはあっちだ! あっちの大男の方だけを狙えッ!」
「ミレイシアの居場所を言えええっ!!! ケイン・ガストロノアアアーッ!!!」
見るからに焦ってステッキをガンガン叩き付けているアーガスの様相からして、どうやらリリーラの制御がうまくいっていないらしい。
濁った雄たけびをあげながら、彼女もまたやたらめったらにその太腕をぶんぶんと振り回し、ケインに、不死身男に見境なく襲い掛かっていた。
構図だけ見ればバッカじゃねぇのと吐き捨ててやりたくなる、なんともオマヌケな展開だが。とてもそうする気になれないのは、その渦中にいつ自分らが巻き込まれるか分かったものではないからに尽きる。
今となっては、あのケインでさえも可愛く見えるほどに。
いずれも怪物ぞろい、魔人たちによる三つ巴とも取れる攻防はさらに激化していくばかりだった。
それにしても――。
あの不死身男は結局、いったい何者なのか。
「おいアリシア、大丈夫か!? おい!」
さっきからずっと過呼吸気味で、息を吸うのも辛そうにしているアリシアの尋常ならざる様子からしても味方でないことだけは確かだが。いやそれだけ分かれば十分と、リィゼルは立ち上がる。
一か八かでもとにかく、今は動くしかない。
こんなところに居たら命なんかいくらあっても足らないと、応答もままならないアリシアをヘンゼルの腕で抱えあげ、すぐにも離脱を測ろうとしたが。
「罪人め……」
瞬時に、そして真っ先にそれを気取ったのは相争っていた3魔人が一角、不死身男だ。
「させる、ものかぁあああッ!!!」
狂気に眼を血走らせて一目散、再びこちらに猛突を仕掛けてくる。
やはり味方などでないことは、その狂乱ぶりを見るに明らかだが。
途端にリィゼルの思考が停滞したのは、飛び出してきたのが彼だけに留まらなかったからだ。
「なぬぁっ!?」
言うことを聞けと、相変わらずステッキをガンガンやっていたアーガス・ゼルトマン諸共。野獣じみた咆哮、唸り声をあげながら彼女――リリーラ・グランソニアの巨体もまた、すべてを押し流す巨大ブルドーザーかのような勢いでなだれ込んできて。
いったい何がどうなったのか。
答えは次に気付いたとき、ほっほぅと上から響いた高笑いとともに明らかとなった。
その絶望的な光景に、リィゼルは何もできず言葉を失う。
いいぞその調子だと、快哉をあげるアーガスに命じられるまま。
リリーラがその手で苦鳴をあげるアリシアの体を握りしめ、ギリギリと締め上げていくところだったのだから。
◆
そのとき、アーガス・ゼルトマンはいたくご機嫌だった。
クルクルとステッキを回しながらほっほ~と高笑いをあげているわけだが。それこそ人目がなければ、今にもバレリーナよろしく体ごとクルクル回ってしまいたい気分である。
まさしく有頂天、天にも昇る気持ちだ。
なにせこれでまた念願叶い、強力な手駒が1つ増えるのだから。
確かに、些かのイレギュラーには見舞われた。
というのも手籠めにしたはずのリリーラが、どうやらまだ完全には御しきれていなかったようで。
さすがと評すべき強靭な精神力、その最後の抵抗によるものか。
とにかく好き勝手に暴れ狂ってくれたのだ。
発進させた直後、いきなりケインに襲い掛かったときは肝を冷やしたし、何度暗示をかけ直したところでこちらの言うことなんて聞きやしない。
最後の方なんて、しがみ付くのでやっとだった。
もはや乗り捨てた方がマシなのではと思われるほど、まったく制御不能の絶叫マシーンと化していて。
ところが気付いてみたらどうだ。
大男がいきなりあさっての方向に飛び出し、それをリリーラが追いかけたときにアーガスはついにその頭上から転げ落ちてしまったが。
いったい何がと見上げてみれば、よもやだった。
リリーラがしかとその手で、後に捕まえる予定だった少女を掴み取っていたのだから。
まぁその後にすぐ慌てふためることになったのは、ふぅふぅと鼻息を荒くし、血管を浮き立たせ、まるで野獣かのような形相になっているリリーラが、今にも少女を握り潰さんとしている。すなわち少女のこともまた、攻撃対象と見なしていると気付いたからだが。
しかし今、アーガスは勝ったのだ。
「やっやめんか、この馬鹿者があああっ!」
若くて外見も整っている分、商品価値で言えばリリーラより少女の方がずっと上。
こんなところでスクラップにされては堪らない。
大事な商品に傷でも付いたらいったいどうしてくれるのかと。
その一心でステッキを振り上げ、ありったけの魔力を振るって今の今までぐぬぬと、精神的な意味合いでリリーラとの綱引きを繰り広げていたわけだが。ようやく今、その制御権を完全に掌握したのである。
なればこそ、歓喜に踊り湧かずにはいられなかった。
リリーラを制圧し、少女もこのままジワジワ弱らせていけば直に落ちるだろう。
ちなみにあの大男は、さっきのリリーラダイブで姿が見えなくなってしまったが。
まぁたぶんその辺で瓦礫の下敷きにでもなっているものと思われる。
あとで探すとしよう。
ともあれ、これでほぼコンプリートだった。
やれやれひどい目にあったとそのとき、近くの瓦礫からガラガラとケインも起き出してきたが。
残念、少し遅い。
少女はもう完全に気を失ってしまっている。
味見はさせてやれそうにない。
それでもどうせぶつくさ文句を言ってくるのは目に見えているので、そうなるまえに。最後のひと手間だけ、先に片づけてしまうことにする。
そういえば居たのかと目に付いたフルメイルにいつぞやの恨みを込め、やってしまえとリリーラに命令を下して。
ほっほぅ~!
少女を握りしめているのとは逆側の手が持ち上げられたとき、またもアーガスは快哉をあげていた。それが振り下ろされたとき、そこに残るだろう潰れた鉄くずを想像し、ざまを見ろ私に逆らうからこうなるのだと。
その瞬間を楽しみにしていたから、まさか思いもよらない。
「お、おいっアーガス!? 避けろ、上だ!」
「――は?」
持ち上げられたその巨岩のような拳がズガンと、よもや自身に目掛けて投下されるだなんて。