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8-28.「消失」


 ――同じ頃、グランソニア城から通ずる無限回廊の出口付近。


 待機していたのはテグシー・グラノアラとリクニ・オーフェンを筆頭とする十余名の魔女狩りたちである。


「もうそろそろ、のはずだよね……?」

「あぁ、そのはずだが……」


 しきりに時刻を確認してはソワソワと気をみ、大丈夫かなとルーテシアたちの身を案じている。そんなリクニに応じるのは奥まで続く無限回廊の暗がりをジッと見据えながらテグシーだった。


 そう、リクニの言う通りだ。

 自身が主導している今プロジェクト――アリシア奪還作戦が始動してから、間もなく半刻ほどが経とうとしている。


 途中トラブルがあったことを差し引いても、そろそろ着いてなくてはおかしい頃合いだ。でもイヤというほど見晴らしの良いトンネルの向こうに、いまだその姿は捉えられていない。


 ともすればもしやと、脳裏をぎるのは途方もなく嫌な予感だった。

 しかしすでに最善は尽くしてしまっているし、これ以上は先へ進めない自分たちにできることは何もない。


 今はただ信じ、備えにてっするしかなかった。

 苦肉の策で迎えに行ってもらったリィゼルたちが無事にアリシアを連れてゴールインしたとき、たぶんほぼ同着となるだろうリリーラ(すでに相当ブチ切れてるらしい)をここにいる面々で全力阻止・制圧できるように。


 まったく。

 本当になんでこんなことになってしまったのか。

 悔やむも悔やまれず、テグシーは内心で歯噛みし、肩を落とす。


 いま自分たちがここで待ちぼうけるしかなくなっているのは、グランソニア城を囲うようにして常時展開されている防御壁のためだ。不可視のバリアに行く手を阻まれ、まず男性はそこから先へ侵入できないようになっている。


 その点、自分は大丈夫だったのだ。

 だって女の子だもん!(恋する乙女風に。)


 でも実を言うと……。

 ちょっと最近リリーラをとても怒らせてしまったことがあって。


 まさかだった。

 話を聞いてくれリリィ決してそんなつもりではなかったのだと、とにかく一度謝罪に向かおうとしたところ。


 ゴン。

 何もないところに頭をぶつける。

 ペタペタと、端から見たらパントマイムにしか見えない感じで大いにどよめく。

 中に入れないのだ。


 そんなはずはなかった。

 確かにグランソニア城のバリアはかなり細かい条件指定が可能で、やろうと思えば個人をもブロックできると優れものだが。その機能はもう随分まえに壊れて、使えなくなっていたはずだから。


『ッ……???』


 それがいったい何故と、オデコを押さえながらチンプンカンプンになるテグシーだった。よほどスゴ腕の魔道具職人でもなければ修理できないはずなのに。


 まさかと脳裏を過ぎったのは『ヘンゼル』もとい、ゼノンから明かされていたリィゼル・ラティアットの存在である。だが彼女ではなかった。


 となれば、やっぱり1人しかいない。

 まさかつい先日あった例の捕物騒動・・・・・・はそういうことだったのかと、ようやく腑に落ちることもあったが。


『そりゃないって、リリィ……』


 ともあれそんな経緯で、テグシーはいまグランソニア城に踏み入ることができなくなっていた。不幸中の幸いは、その過程でどうにかリィゼルに協力を取り付けられたことに尽きる。


 そして自分が中に踏み込めない以上、必要となるのは1つでも多くの人手だ。

 それもグランソニア城に立ち入ることのできる『女性』に限られる。だったら私がと、真っ先に名乗りを上げたのがアリシアの友人、ルーテシア・レイスだった。


『ダメに決まってるだろう、そんなの! 危なすぎる! 大体ルゥが行って何ができるっていうのさ!?』


 真っ先に反対したのがリクニで、その心配ももっともだ。

 ルーテシアがアリシアにとても良くなついているのは知っているし、無理もないこととは分かっているが。


 こればかりはテグシーも、おいそれと承認してやるわけにはいかない。

 でも当人としては反対され、聞く耳も持ってもらえなかったことが不服だったのだろう。


 杖をカンカン、杖先に灯した『不満』を示す赤色ランプをこれでもかとリクニに見せつけグリグリ押し付け、行くったら行くのなんで分かってくれないのリクニの分からず屋オタンコナスとも言いたげに頬をぷっくり、ルーテシアは再三に渡って抗議し、地団駄も踏んでいたわけだが。(ダメったらダメ!とリクニも断固として譲らずにいた。)


 とはいえ、そんなルーテシアの申し出を捨てきれないのも事実だった。

 なにせ急ピッチでヘンゼルを改造するにしてもできれば助手が一人ほしいところ、とは話を持ちかけたときにリィゼルもボヤいていたことだし、そんな彼女と本当の意味で知り合いなのもルーテシアしかいなかったからだ。


 それで苦渋の末、そういうこと(採用)となる。

 作戦について初めて開かれた会合の場(顔合わせ込み)でそうと提案したときはまぁ、そこそこ荒れたものだ。『げっ、なんでおまえがここに!?』とリィゼルの驚きから始まり。


 『ちょっと待ってくれテグシーちゃんと説明してくれよいったいどういうことだいそれにこの人は誰っ!?』とガタイの良いフルメイルを指さしながらリクニからは詳細説明を求められ、『うーん?なんかウチのガキンチョ共と似たような匂いがするっすよこの御仁ごじん……?』とルーシエから鼻をスンスンされ、さらにリィゼルが肩身狭そうとかギョッとさせられたりもしていたけれど。


 まぁ出番がない前提のピンチヒッターとしてならいいんじゃない?的なジーラからの追い風とか、深刻に人手不足とか実情も相まって。


『まったく……。いいかい、ルゥ? 分かってると思うけど、無茶だけは絶対ダメだからね』


 最後はリクニが折れる形でそうなった。

 ルーテシアはルンといたくご満悦そうにしていて、そこにしれっと当然のようにウィンリィも加わる。(「ペット禁止!」と通せんぼしようとしたリィゼルの襟首をパクっとくわえて「おいこらー! 放せええーっ!」とジタバタする当人と一緒にそのままノシノシと我が物顔で搭乗していった。)


 とまぁそんな経緯で結成されたのが2人と1匹、平均年齢ふつうに1桁代の即席救援ユニットだったというわけだ。できれば出番なしで終わりたかったがそうも言っていられず、テグシーたちはいま固唾かたずを飲んで彼女らの帰還を待ちわびているところになる。


 だけど帰ってこなかった。

 待てども、待てども。


 もし近づいてきているなら、そろそろ待ぁてえええーッとリリーラの怨讐おんしゅうに満ちた怒号の1つ届いてきそうなものだが。それもなく、不気味なほど静まり返った数分がやけに間延びされて過ぎ去っていく。


 ちなみに――。

 いったいどこから嗅ぎつけてきたのか途中、ハァハァと息巻きながらジャーナル系の輩が「ねぇねぇ今これってどういう状況なの!? 入ってもいーい!? いいよねぇっ!?」などとマイクを片手にインタビューに来るなんてアクシデントにも見舞われたが。(実は今もすぐそこでやいのやいのと喚いている。)


 ライカンが少しでも長く、距離と時間を稼いでくれていること。

 今も後を追っているというルーシエとリオナが、ギリギリでも追いついてくれること。


 かすかな望みにもかけるしかなかった。

 リリーラ・グランソニアと魔女狩り協会の前面衝突という、最悪のシナリオを避けるために。


 ところが、その直後のことである。


「な、なんだこの魔力……!?」


 地響きのような揺れとともに、ズオオン。

 回廊の奥からただならぬ破壊音と、とても強大な魔力の気配が届いたのは。


 いったい何が起きたのかと顔を見合わせたのも束の間、同じ違和をその場にいた全員が共有することになる。


 またそれはグランソニア城の内部にいる魔女たちも含めて、同様のことだった。

 祈るように作戦成功の合図が上空に打ちあがるのを待っていたアニタと、寄り添うように一緒にいたジーラ。


 さらにはさかのぼること数分前、あう~と長いこと目をグルグルさせノックアウトしていたルーシエを「おいいつまでひっくり返ってんだ起きろ」と蹴り起こし、「おいもっと急げねぇのかよ!」「もうこれで超特急っすよー!」とやいのやいやのやっている道中でひん死のライカンを発見。


「しゃあねぇ、こっからはオレ一人でいく。ルーシエ、おまえはコイツを背負ってすぐに」

「でぇっ、ちょわっ……!?」


 やむなく二手に分かれる算段を立てていたリオナとルーシエも同様だ。

 ズオオンとなってから、同時に気付く。


 消失したのだ。

 まるで風呂敷の結び目を上からほどいたかのように、はらりと。

 グランソニア城全域を覆っていたはずの結界バリアが、瞬く間に消え去って――。


 いったい何が起きたのか。

 真っ先にそれを目撃したのは、『無限回廊』の中に踏み入れるようになって一目散と現場に急行したテグシーたちだった。


 途中でアリシアの悲鳴じみた叫びも聞こえたので、ことさら足を急がせてみれば。


 まさか――。

 まさかだった。駆けつけて、目を疑う。

 誰も想像しなかった光景、顛末てんまつがそこに。


「こ、これは……!」


 まずほかの何を差し置いても目に留まったのはリリーラ・グランソニア、彼女の巨体である。リリーラは石壁を背に、もたれかかるようにして座り込んでいたのだが。


 何か様子がおかしいと思ったら、それもそのはず。

 ぐぅぅうとイビキのような寝息を立てながら、ピヨピヨ。

 あのリリーラが完全に目を回し、昏倒こんとうしているではないか。


 そして、あろうことか。

 そんな彼女をどうにか揺り起こそうとするかのように、下からは。


「あ、あの……! リリーラさん、大丈夫ですか!? しっかりしてください! リリーラさん……!」


 慌てふためいた様子のアリシアが、そう必死に彼女に呼びかけ。

 その大樹のような太腕をユサユサ、懸命にゆさぶりかけているところだったのだから。

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