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8-27.「怒りの一撃」


 視界を明滅させるほどの激しい閃光とともに、突如として顕現けんげんした一体の狼型の魔獣。それががなり散らすような低い唸り声をあげながらリリーラさんの巨躯きょくを押し倒し、なおも襲い掛かっている。


「狼、さん……!?」


 ヘンゼル内部からモニターに映し出されているそんな光景をまえに、私はただ息を呑むしかなかった。


 いや勿論、知ってはいたのだ。

 ウィンリィの正体がずっとまえに森で手当てしてあげた、あの狼さんであることは。拾った帰り道に、ゼノンさんがそうと教えてくれたから。


 でもあれ以来、私はウィンリィがその姿になったところを見たことがなかったのである。だから咄嗟に、呼び名が当時のものに巻き戻ってしまって。


「な、なんだあれ……。まさか光狼獣ライロウルフか……!? なんでこんなところに」

「あれ、ウィンリィなの……」

「はぁっ!?」


 ほとんど放心状態でその正体を明かすなり、リィゼルちゃんも素っ頓狂な声をあげていた。というのもあまり言わない方がいいだろうとのことで、リィゼルちゃんにも近くで拾ったただのワンちゃんとしか紹介していなかったからなのだが。


 いずれにせよ、そんなことは後回しと判断だろう。


「と、とにかく今のうちに此処を抜けるぞ! 出口まであと少しだ!」


 レバーをグンと押し倒し、フルスロットル。

 ヘンゼルに最後のブーストをかけるリィゼルちゃんだった。


 ともすれば見る見るうちにウィンリィと、押し倒されながらもあらがうリリーラさんの姿が離れていく。モニターの向こうで奮闘するウィンリィをしばらく、私は祈るような気持ちで見守っていた。


 ところがその形勢が徐々に、見るからに傾いていくのである。

 最初こそ上からおおいい被さっていたウィンリィの優勢は揺るがなかったが、徐々にリリーラさんが巻き返し始めたのだ。


 ズガン、ズガン、ズゴン。

 これでもかとその肢体を何度も殴りつけ、力技で強引に押し返していく。

 気が気でいられなかったのは、それでもウィンリィがリリーラさんをかたくなに放そうとしなかったからだ。


 あごの力だけで、無理やり噛みついていた。

 血だらけになって、ついに立ち上がってしまったリリーラさんの腕からぶら下がることしかできなくなっても。


「やだ……。もう、やめて……」


 一瞬リリーラさんのうつろな視線がグルンと、こちらを捉えたときは安堵さえ覚えたのだ。また私たちを追いかけてくるなら、ウィンリィはその場に捨て置かれるはず。少なくともこれ以上、痛めつけられることはなくなるから。


 ところがその血眼はすぐにも、またウィンリィに向けられて。


「やりやがったな……。やりやがったなテメェ、このクソ犬っころがぁあああーッ!??」


 暴力は再開された。

 もう追いつけないと諦めたのか、怒りに我を忘れたのかは定かでないが。


「クソったれがぁあああーーーーッ!!!!」


 もう私たちのことなんて眼中にもないみたいだった。

 ウィンリィの巨躯を振り回すようにして石壁に叩きつけ、踏みつけ、投げ飛ばす。


 ついに地べたに倒れ伏し、ピクリとも動かなくなっても。

 彼女はこちらに見向きもせず、ズンズンとただウィンリィに向かっていくのみで。


 私がモニターを凝視できたのはそこまでだ。

 訳が分からないままダメだよと叫んで、ヘンゼルの外に飛び出そうとする。


「バカ、行くな! いまおまえが出てったら全部ムダになんだろうが!?」


 分かっていても、聞けなかった。

 だってこのままじゃ、ウィンリィが死んじゃう。

 殺されちゃう。そんなのイヤだ。


「止めろ、ルーテシア!」


 ごめんね、ルゥちゃん。

 本当にごめん。きっといっぱい心配かけちゃったのに。

 こんな危ないところまで迎えに来てくれたのに。


 リィゼルちゃんの呼びかけもあって、とっさに私のまえに飛び出してきたルゥちゃん。持っていた杖をトンとやって、一番得意な『風』系統の魔法で私の進路を妨害しようとする。


 でも吹き荒れる風の勢いはすぐに、私が何かするよりまえにフシュリと弱まって。


 ――お願い。


 消え入るような声がした。

 ルゥちゃんも泣いていた。託される。

 どうかウィンリィを助けてあげてと。


「うん……! 大丈夫だよ、ルゥちゃん。待ってて……!」

「ッ……!? バカ野郎が……!」


 声のない涙を流しているルゥちゃんにそれだけ告げて、私はその傍らを走り抜ける。勢いそのままバッと、外に通じる虹色のゲートのなかに飛び込んで。


「お願いリィゼルちゃん! もしできたらでいいから、私を――」


 直前、返答すら聞かなかった私の勝手なお願いを、リィゼルちゃんは外に出てからやけっぱちに叶えてくれた。ありえねぇこんなの本末転倒もいいとこだぞと、不満いっぱいに私をヘンゼルの腕でかっさらい、来た道をトンボ返りで引き返しながら。


「いいか!? 分かってんだろうが、チャンスは本当にこの1回きりだからな!? しくじったらもうどうにもならねぇ! だから何が何でもどうにかしてこい!」

「うん、分かってる!」

「じゃあ、行けぇええっ!」


 本日3回目。

 助走たっぷりに力を溜めたヘンゼルの腕に、私の体はブォンと投擲とうてきされる。倒れているウィンリィに向かっていままさに闊歩かっぽしている、リリーラさんのいる方へ。


 リィゼルちゃんの言う通り、チャンスはこの1回きりだ。

 もう一度私の最大出力を撃ち込んで、リリーラさんの注意をどうにか私に向けさせる。私はこっちだよって気付かせる。


 もし失敗したら、ウィンリィは。

 ウィンリィは……。


 そんなの絶対イヤだ。

 だってウィンリィはずっと私のそばにいてくれたのだ。


 どんなときだって私を励まして、支えてくれた。

 だから――。


「ウィンリィを、いじめるなああああっ!」


 血だらけで倒れているウィンリィを目下に捉え、こみ上げる感情のまま私は杖を差し向ける。斜め上からリリーラさんの頭に向かってズドン、全力の魔力砲を撃ち込んだ。


 全力だ。思いっきりやった。

 なのにリリーラさんは止まらない。


 バチンとはじかれて、一瞬だけならぐらつくも。

 注意をウィンリィかららさせることはおろか、私に気付いてすらいなくて。

 1回きりと言われたチャンスが失敗に終わる。


「そんな……」


 感情がぐちゃぐちゃになる。

 いまや怒りの矛先が完全にウィンリィに向いている彼女を止めるには、もうこれしかなかった。全部を台無しにしかねなくても踏み切った、最後の賭けだったのに。


 このまま落ちたらきっと、リィゼルちゃんは力づくでも私を連れて行くだろう。

 そうなったらもう、ウィンリィは……。


「なん、で……っ!」


 万策尽きてしまった。

 そう悟った瞬間、私のなかに渦巻いたのは強い強い、いきどおりの感情だ。


 なんでウィンリィがこんな目に合わなければならないのか。

 元はと言えば全部、あなた・・・のせいなのに。


 訳が分からないよ。

 だって私のこと、キライだったんでしょ?

 魔女狩り試験のときなんか、あんな目のかたきにして、イジワルしてきたくせに。


 それがいきなり、こんな……。

 ほとんど誘拐みたいな形で此処に連れてきて、理由も満足に説明しないで閉じ込めて。


 もうこれ以上はダメだって、魔女狩り協会の人たちからも言われてたはずなのに。

 自分勝手にその約束を破って、みんなを困らせて。



『私が魔女狩り試験に出たことがそんなに……!』

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアーッ!』



 いったい何がしたいの……?

 ここに連れてきて、あなたは私をどうしたかったの。

 そんな風にいっつも不機嫌そうにして、ただぶすくれてるだけじゃ何も分からないよ。


 それでも私が我慢できたのは、ここにいる魔女さんたちがみんな、なんだかんだであなたのことを信頼していたからだ。あなたのことが大切だから、こんな状況でもなんとかしようって、みんな動いてくれてた。それなのに。


 なんでその気持ちを、汲み取ってあげられない……?


『気を付けて。いろいろ落ち着いたら、また遊びにいらっしゃい』


 アニタさんにまで、あんな辛そうな顔をさせて。


 たった数日、此処で過ごしただけでも分かる。

 アニタさんはあなたのことが大好きなんだ。

 あなたの役に立ちたいっていつも、一生懸命がんばってる。


 だから結果的に裏切ることになってしまうこの決断に、あんなにも心を痛めていたんじゃないのか。


 ルーシエさんやジーラさんだって同じだ。

 できることなら、あなたに手向てむかうことなんてしたくなかった。

 そうに決まってる。それでも、やるしかなくさせたんじゃないか。


 3人がやるって決めたらもう、リオナさんは見放したりしないよ。

 絶対に。そんなの分かりきってることじゃない。


 テグシーさんだってそう。

 何とかしてあげたかったからギリギリまで、あなたのために。


 許せない……。

 みんなの頑張りを何もかも、ぜんぶ台無しにしている彼女を思えば思うほど。


 もう一度、一から魔力を溜め直す。

 ギュインとなる。


 許さない……。

 浮かんだのは最後、私に優しいと言って微笑んだライカンさんの姿だ。


 あの人はどうしたの? 無事なの? 

 そうじゃなかったら、もう……。

 そのうえウィンリィまで……。


「――かげんに……っ……」


 こみあげてくる感情に、ギリリと奥歯を噛み潰す。


 小さな子どもじゃないんだから……。

 いやむしろそっちの方がまだ聞き分けがいいよと、沸き立つ激情のままに照準を絞る。


「いい加減にしなさいッ!!!!!」


 ありったけの怒りと魔力を込め、ズドン。

 私はもう一度、彼女の頭に向かって杖を振り下ろすのだった。

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