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8-26.「誇りにかけて」


 しかし――。

 取り返しの付かない選択ミスを犯してしまったのが、その直後のことになる。


『ねぇウィンリィ、どうしよう……。私、本当にゼノンさんに嫌われちゃったのかもしれない。今日謝りに行ったんだけど、会ってももらえなかった……。なんでこんなことになっちゃったのかな……。私、どうしたら……』


 決してそばから、離れるべきではなかったのだ。

 たとえそれがアリシアが初めて見せた、心からの悲哀の涙でも。


『おいウィンリィ、テメェもき違えてんじゃねぇよ。もしこのままアイツが俺と一緒にいたらどうなるか、それくらい分かんだろうが。どうすることが本当にテメェの主人のためになるのかを考えろ』


 黙れ……。

 そんなことは分かっている。

 それでも、おまえのためだった。

 あの子が心を砕いたのは他でもない、おまえのためだったんだ。


 そのむくいがこれかと、あの男に抱いたかつてないほどの怨念おんねんに身を震わせたとしても。


 自分が付いてさえいれば、あんなことにはならなかった。

 絶対にさせなかったのに。


 目を離してしまった。

 そのためにアリシアは――。

 ただの雨音にすら、おびえるようになってしまって。


『ありがとう、ウィンリィ。ごめんね、心配かけちゃって。でも私は大丈夫だから』


 大丈夫なんかではなかった。ちっとも。

 もう繋がっているから分かる。伝わってくるのだ。

 抑えようにも抑えのきかない恐怖と不安が、イヤというほどに。


『大丈夫、だからね……』


 違う。

 自分はその言葉をかけられにきたのではない。

 かけにきたのだ。


 不安にならないで、怖くないよと伝えにきた。

 あのときアリシアが、自分にそうしてくれたように。

 なのに、なんで……。


 耳を塞ぎながらガタガタと体を震わせるアリシアをまえに、ウィンリィは何もできなかった。あまりに無力だった。恐怖にすくむその心から、何一つ拭い去ってやることができなくて。


 だから誓ったのだ。堅く。

 もう二度と、何者にもこの子を傷つけさせはしないと。


 たとえ似たような誓いをゼノンから立てられようとも、ウィンリィは決してアリシアの傍から離れなかった。いつだって遠目からでも見守っていた。


 たとえ何が起こっても大丈夫なように。

 今度こそ、まもり切れるように。


 誓った。誓ったではないか。

 それがなんだ、この体たらくは。


 またしてもアリシアは連れ去られてしまった。

 それも自分の目と鼻の先で、単独では手も届かないところに。


 アリシアの無事を確かめられないこの半月足らずは、光狼獣ウィンリィにとってあまりに長すぎた。ようやく取り戻せたのも束の間、もう追手が迫ってきている。


 リリーラ・グランソニア、あいつだ。


「こうなったら私が……!」

「バカ、おまえが出てってどうすんだ!?」

「でもだからって、このままじゃ……!」


 何のつもりかは知らないが……。

 させるものか。

 もう二度とこの子は奪わせない。


『――俺がいない間、あいつを……。アリシアを頼む』


 うるさい……。

 そんなこと、おまえなんかに言われるまでもない。


「ウィンリィ!?」


 だからここは任せて。

 早く行って。大丈夫だよ、アリシア。

 アイツは自分がやっつける。

 もう何者にも、決して。君を傷つけさせたりしないから。


「――――ッ!!!!!」


 光狼獣ライロウルフの、誇りにかけて。



 ◆



 邪魔立てしてきた配下の魔女たちを退け、ここまでドスドスと一心不乱に走ってきた巨体の持ち主、リリーラ・グランソニア。


 ズキズキと足の痛みを我慢し、こんちくしょうと憤懣ふんまんつのらせ、散々粘ってくれたライカン・オーレリーに制裁をくれてやる時間すらも惜しんで。彼女がここまでひた走ってきたのは他でもない、アリシア・アリステリアを此処から逃がさないためである。


 もはや疑いようもない。

 魔女たちだけならまだしも、ライカンまで関わっているということは裏で糸を引いているのはテグシーだ。


 おそらくこの無限回廊を抜けた先に、奴はいるはず。

 だとすれば事は一刻を争う。


 あのチビは強い。チビのくせに強いのだ。

 一度奪取されてしまえば、もうおいそれと手出しはできなくなるだろう。

 だから何が何でも、ここで取り戻さなくてはならなくて。


「クソっ、たれがあああッ!!!」


 リリーラは焦っていた。

 逃げ切れるはずがないと踏んでいた無限回廊が、いよいよ終盤に差し掛かってきているからだ。


 もうなりふり構ってはいられない。

 ズキリと鈍痛の奔ったひざを酷使してズン、さらに一歩と詰め寄る。

 腕を伸ばし、あと一歩と迫ろうとしたときだった。


「――――ッ!!!!!」


 視界を明滅させるほどの激しい閃光、そして濁った咆哮。

 いったい何が起きたというのか。


 そこに顕現けんげんしていたのは、リリーラの巨体にも引けを取らないほど大きな、そして豊かな銀の毛並みを波立たせた狼ではないか。


「なッ……!?」


 詳しくはないが、知っている。

 その巨躯きょくからして、該当する魔獣は1つしかない。


 光狼獣ライロウルフ

 だとしても、なぜこんなところに……!?


「ぐ、あああああああーッ!!!?」


 とっさに庇った腕にガブリと牙を突き立てられ、ほぼ同等の質量に体当たりされる形となってリリーラの体は大きく転げた。


 しかしそれでも、光狼獣ライロウルフの猛攻は止まらない。

 リリーラに覆いかぶさるようにして爪を突き立て、がなり散らすような咆哮とともにその喉元に食らいつかんとする。致命の一撃を狙う。


 深く牙の突き立てられた腕の痛みは無論、相当のものだ。

 だがそれをも打ち消すほどに、リリーラを支配したのは失望感にも近い怒りの感情だった。


 何をしてくれているのか、いったい。

 もうこれ以上は本当に、時間がないというのに。

 おまえなんかに構っている猶予はもう、一刻たりとも……。


「ざっ、けんなテメェ……。どっから……!? どっから湧いて出やがったあああああッ!!!?」


 殴りつける。

 空いた方の拳を、やたらめったら振り回すようにして。


 だが光狼獣ライロウルフは放さなかった。食らいつく。

 その牙を突き立て、骨ごとかみ砕いてやらんと気炎で。

 何度も、何度でも。


「クソがァあああああー! 放せええッ、放しやがれぇええええーッ!!!」


 いったい何が起きたというのか。

 理解が及ばずにいたのはなにも、襲撃を受けているリリーラだけではなかった。

 その様相をモニター越しに捉えながら、実のあるじであるアリシアもまた同じ。


「狼、さん……!?」


 そう、息を呑んで――。

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