2-3.「普通に置いてかれました」
森を出たときはてっきり、このまままっすぐ王都に向かうものと思っていた。
ゼノンさんはセレスディアという国からはるばるやってきた魔女狩りさんみたいなので、てっきりそこに連れていかれるものと。
でも実際はそうではないみたいだ。
聞けばゼノンさんにはもう1つ、まったく別の用事があったらしい。
むしろ私の方(魔女コード:『イルミナ』の捕縛、もしくは討伐)がもののついでで、そっちが本題だったようだ。
というわけで、成り行きで私もご一緒する運びとなりまして。
「――ここだな」
いったいどこへ向かっているのかとソワソワし始めたあたりで、先に足を止めたのはゼノンさんだった。そこはこれまた人里離れた岩谷の奥で、ずっと代わり映えのない閑散とした景色が続いていたのだけれど。
あっと思わず声をあげる。
コキコキと気だるそうに首を鳴らしているゼノンさんの視線を辿ってみれば、確かにそこに違和感があったからだ。
言われなければ見過ごしてしまいそうなほど、それは小さな異物感だった。
でもよく見れば、そこには明らかに人の手が加えられた形跡があって。
建物だ。
岩谷を切り出して造られた、まるで城塞のような建造物がそこに見て取れた。
「あれ、建物……ですよね? なんでこんなところに」
とても人の住めるような場所ではないのにと、素朴にそんな疑問を抱いてしまった私だけれど。
「こんなところだからだろ」
手をパキパキしながら、さもなさそうな返事があってハタと気づく。
そう、ゼノンさんは魔女狩りだ。
ともすればこんなところを訪れる目的も、自ずと1つしかないではないか。
辺りの薄暗さと灰色の景観も相まってか、だんだんそれが恐ろしい魔王城のようにも見えてくる。そのおどろおどろしい様相に、私はごくりと生唾を呑んで――。
◇
間違いない。
私はそう確信していた。
きっと此処に住んでいるのも魔女で、ゼノンさんは魔女狩りとしての使命をまっとうするために足を運んだのだと。それも今度の相手は私みたいなチンチクリンじゃなくて、ちゃんとした大人の魔女のはず。
そう考えると、ちょっとだけ興奮を禁じ得なかった。
そりゃあ怖いし、物騒なことにはならないのが一番だけれど。
探しても結局、私が出会うことのできなかった本場の魔女と、一流の魔女狩り。
その本気のぶつかり合いに立ち会えるかもしれないというのである。
そんなの滅多にありつけない、貴重すぎる機会に決まっているではないか。
たぶんマニア垂涎とかそういうやつだ。
逃す手なんかない。
だから私は、私だってこれでも一応は魔女の端くれ、せめて学びの1つでも持って帰ろう的な心持ちで意気込んでフンスと恐怖を克服、がんばれ私~!っとスーハー深呼吸しつつ迷惑だけはかけないようにと心の準備を整えたりもしていたのだが。
それからほどなくのことになる。
「なんでええええーっ!」
同じところには一人、シクシクと泣きべそをかいている私がいた。
私一人だけだ。ゼノンさんの姿はすでにない。
端的に言って、私はふつうに置いていかれてしまっていた。
なんの疑いもなく、私もゼノンさんに付いて中に入っていこうとしたのだけれど。
そしたら「なにしてんだ?」とジト目を送られて。
「なにって、これから乗り込むんですよね」
「いやそうだけどよ。おまえ此処がどこだか分かってるのか?」
「どこって……魔女さんのお家?」
「分かってて、なんで平然と付いてこようとしてんだよ」
「ええと、それは勉強のために……?」
無言。
その後、悩ましげに目頭を摘ままれてから言われてしまった。
「邪魔だからここで待ってろ」
食い下がったのだ。邪魔はしないと申し立てた。
でも先日、私の魔法がゼノンさんにデコピンしてしまった件が尾を引いて、却下を言い渡される。あっちいってろとシッシされ、今に至るというわけで。
「いいか、絶対ここから動くなよ。大人しく待ってろ」
そう私に言いつけるなり、ゼノンさんは単独で行ってしまったのだ。
だから私はいま一人、何もない岩谷でうわーんとなっていて。
ひどいではないか。あんまりだ。
こんな何もないところに1人で取り残すだなんて。
だって私は、ダメなのだ。こういうのが。
怖くて寂しくて、とにかく捨てられた子どもみたいにびええとなっていた。
そうこうしているうちに。
いつの間にか空に立ち込めていた暗雲がゴロゴロ鳴って、ピシャァとそのとき、大きく轟いて――。
◆
「……あー、しくじったか?」
ゴロゴロと唸る暗雲と、ひと際大きな稲光。
轟音を外に聞きつけ、舌打ちまじりに独り言ちたのは回廊にいたゼノンだった。
もとより天候は優れなかったし、ここはもう十分に山奥と呼べる標高にある。
天気が変わりやすいというのはあるだろう。
だが今のは、どう考えてもそれだけではない。
魔力だ。
しかもこの不安定な感じ、思い当たる節はイヤというほどある。
「ったく、あいつは」
ポツポツと降ってきた雨を窓外に見やり、あたまの後ろをガリガリした。
これから敵陣に乗り込もうというときに何食わぬ顔で付いてこようとするから、普通に置いてきたのだが。
あるいはそっちの方が不始末だったかと省みる。
忘れていた。あれは感情――とりわけ不安や悲しみといったネガティブなそれに強く呼応して魔力を乱高下させる、いわば生まれたての積乱雲とかサイクロンみたいな不安定さの持ち主であることを。
邪魔だし、そっちの方が安全だろうと思ってそうしたのだが。
これならいっそ連れてきてしまった方がマシだったかもしれないと、そう思った。
もし隠密の最中に、あんな大号砲を打ち鳴らされていたら盤面クラッシャーもいいところだ。すべてがおじゃんになる。
だが不幸中の幸いは、それが「今」だったことだ。
なにせもう、目的は果たしたのだから。
次から気を付けようと心に決め、ふぅと額を拭ってから付近を見回すゼノンだった。
「さて、これで本当に制圧完了か……? やけに呆気なかったが、ほかにいねぇだろうな」
その足元には、すでに意識のない黒髪の女性が横たわっていた。
魔女コード:『ヨルズ』。
それが今回、目的としていた魔女のコード名になる。
魔女を相手取るときは、まずは無力化から。
それが魔女狩りにおけるゼノンの基本スタンスだ。
相手がどんなに理知的、友好的だろうが対応は変わらない。変えない。
だが今回それを差し置いても『ヨルズ』に向けたゼノンの警戒は、慎重を期したものだった。それこそ『イルミナ』のときとは比べものにならないほどに。
なにせ、この岩谷に踏み込んだ調査員たちが、もう何人も帰ってこないままなのだという。故に『ヨルズ』は危険因子、要注意監視対象として魔女狩り協会からも一目置かれていた存在だった。
だからゼノンも警戒して事にあたり、隠密の甲斐あってこうして奇襲にも成功したわけだが。それにしたって少し、呆気なさすぎるような気がした。
「かといって、他に魔女の気配もしねぇしな。考えすぎか……?」
そう独り言ち、再び『ヨルズ』を見下ろしたときだった。
またの稲光により、かすかに照らし出された彼女の体。
そこに認めた違和を、ゼノンは見逃さない。
咄嗟にその白い腕を取り、ほかの肢体も検める。
「まさか……」
それが確信に変わりつつあったとき、背後から人の気配がした。
反射で身を翻し、迎撃態勢を取れば――。
「あああ撃たないで、私です! 私ですぅうう!」
「――は?」
なんとまぁ、拍子抜けするほど間の抜けた声。
やめてええとなりながらヒィコラなっている、この悪天候の元凶がそこにいた。