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8-22.「今度こそ」


 それからしばらくが経った、ある晩のことになる。

 ライカンが予期せず、ある少女と遭遇そうぐうすることになるのは。


 一時は精神的にもすさみ、酒におぼれてしまうこともあったが。

 そのときに比べれば、幾分か状況も落ち着きを取り戻したと言えよう。


 テグシーが説得してくれたことで特別にグランソニア城への立ち入りを許され、ミレイシアとはいつでも面会できるようになった。また有力な手掛かりもなく一時セレスディアに帰投していたゼノンとも、改めて話をすることができたからだ。


 といっても、それはあくまで自分ごとの話。

 ミレイシアやゼノンの置かれた状況で言えば、そう大きな変わりこそなかったが。


 ともあれ夜風にあたりながらライカンが考えを巡らせていたのは先日、テグシーから持ち掛けられた相談のことである。どうやらゼノンが出先から連れ帰った魔女の子どもがいて、面倒を見てくれる魔女狩りを探しているらしい。


 なんでもその子はゼノンにとてもよくなついているとのことだが、どうも例の噂を気にした当人が一緒にいることを良しとしなかったようだ。これ以上の接触を避け、突き放そうとしている。


 その話を聞いたとき、ライカンはひどく複雑な心境に駆られた。

 まったく彼のしそうなことだったからだ。


 自分のために傷つく者を出さないようにするためにまず寄せ付けず、関わるとしても最低限。用が済んだならすぐに遠ざけ距離を置こうとすると、その不器用も過ぎる優しさが。


 そういえばミレイシアも最初、ゼノンと接触するにあたっては相当苦心させられたなどとボヤいていた気がする。いずれにせよその子を遠ざけたのも、きっと同じような心理が働いた結果と思われた。


 だからミレイシアは、あんなにも――と。


「む……?」


 そう思い巡らせたところで、ふいにライカンの注意が前方へ向けられたのは行く手からも人が来ていたからだ。なに、おかしなことはないだろう。


 こんな夜更けだろうと、他の通行人とすれ違うことくらいあろうものだ。

 気晴らしか、酔い覚ましかは定かでなくとも、他ならぬ自分がそうであるように。

 何も不自然なことはない。


 ところが事態の異様さにはすぐに気づき、たちどころに足を止めるライカンだった。

 ただただ、驚愕に目を見開く。


 月明りを背に、こちらに向かってヨタヨタと覚束おぼつかない足取りで近づいてくる人影。その主がまだ、子どもだったからだ。


 しかも寝衣パジャマ姿で、靴もいていないときている。

 まるで寝ぼけたままベッドを抜け出し、夜の街に彷徨さまよい出てしまったかのように。


 だがそれを差し置いても、さらに驚愕すべき事実は別にあった。

 よくよく見れば、その白髪の少女には確かな見覚えがあったのである。


 なにせ件の魔女・・・・については、テグシーから顔写真まで見せてもらっていたから。髪は下ろしているものの、間違いない。


 アリシア・アリステリア。

 紛れもない彼女の姿が、そこにあった。


「な、なぜ君がこんなところに……!? いま一人なのか……? いったい此処で何を……?」


 しかし、どうにも様子がおかしい。

 眠たげに開かれた瞳の焦点は合っていないし、いくら声をかけても反応と呼べるものがなかった。今にも倒れてしまいそうなほどに、体勢もフラついている。


 そして――。

 その瞳からはツーと、一筋の涙も流れ出ていて。


 まさかと、そのときライカンは直感した。

 今のアリシアがおそらく、魔女の『血の目覚め』と呼ばれる状態にあることを。


 だとすれば下手に刺激するより、ほかの魔女狩りが来るまで静観するのが賢明だろう。

 そんな判断のもと、しばらくは様子を見るにてっしたのだが。


「……?」


 その過程のなかで間もなく、ライカンはあることに気付くのだ。

 アリシアがしきりに視線を彷徨さまよわせていると、そのことに。

 まるで何かを探しているかのように。


 いや、誰か・・を探している……?

 いったい誰を……?


 その心当たりは、1つしかなかった。

 まさか――。


「まさか君は……ゼノン・ドッカーを、探しているのか……?」


 アリシアが初めて反応を示したのは、その名を口にした瞬間のことだった。

 そのトロンとした双眸そうぼうで確かにこちらを見据えてから、コクリ。

 ゆっくり静かに、頷き返して。


「そう、か……」


 ライカンは沈鬱ちんうつとする他なかった。

 それは叶えてやれない望みだったからだ。


 ゼノンがそれを望んでいないし、何のために望まなかったのかも知っていたから。

 懸命にこの子を捜索している者たちが、今だって近くにいることだろう。


 分かっている。

 だけど。だとしても。


 知るべきだと思った。

 教えてあげたかった、どうしても。


 今ここにこんなにも君に会いたがっている人がいるよと、そのことを。

 あの受け取ることが、極端に苦手な青年に。

 たとえその守るための選択を、ないがしろにすることになったとしても。


 故にライカンは、長い沈黙を挟んだ末にきびすを返す。

 付いてきなさい、と。


「彼の自宅まで案内しよう。その先のことは、何も保証してやれないがね」


 そうしてトボトボとライカンの後ろをアリシアは付いていくのだった。

 裸足だったので、森道に入ってからは「仕方ない、乗りなさい」と負んぶもしてやって。



 ◆



 だから――。


『私……まえにライカンさんに、どこかでお会いしたことありましたっけ?』


 そうと尋ねられたときは、内心でギョッとしたものである。

 まさかわずかなりとも、あの夜の出来事を覚えているとは思わなかったからだ。


『私まえにもこうして、ライカンさんに負んぶしてもらったことがあるような……?』

『――。それはどういう……』


 ギョギョっとは続いて、それでとっさにとぼけてしまったわけだが。

 まぁそれで良かっただろうと思う。


 なにせそっちの方が神秘的ミステリアスではないか。

 なぜあの夜、アリシアが知りもしないはずのゼノン宅に1人で帰りつくことができたのか。それは自分だけの知る真実だ。そのままがいい。


 老いぼれのしでかしたイタズラに若者たちがハテとこぞって首を傾げていると、こんなに愉快ゆかいなことはないのだから。


 あれは願いの力が起こした奇跡。魔法そのもの。

 そういうことで良いではないか。そっちの方がよほど浪漫ロマンがある。

 空気を読まないのは割りと好きだが、こればかりは余計な茶々入れやネタ晴らしも無しとさせてもらおう。



 ――のぅ。

 そうだろう、マーレ……?


 二ッと微笑みながら、さらにありったけの魔力を込めるライカンだった。

 少しばかり力み過ぎてしまったか、ブシュリとまた傷口が裂けてしまったようだが――。



 とはいえ、それですべてがうまく運んだわけでもなかった。

 無事にゼノンのもとに戻ったアリシアが、彼のために魔女狩り試験に出てきたと分かったときは感無量に嬉しかったし、心から感謝もしたが。


 その直後に思いもよらないことが起きて、ライカンはまた激しく己を呪うことになる。なぜ野放しにしてしまったのか、あのときいっそ再起不能にしていればこんなことにはならなかったのにと。


 そう思えばこそ、悔やみきれなかった。

 あのときアリシアを導いてしまったことは、やはり途方もない間違いだったのか。

 こういう事態を恐れたから、彼は……。

 なのに自分はそれをと、深い悔悟の念にも襲われる。


 だけど……。

 それでもアリシアは変わらなかった。

 変わらず、ゼノンのそばに付いていてくれたから。


 迷いなど、あるはずがない。

 なぜそこまでするのか? バカを言ってはいけない。

 ここまでしなければ到底むくいられないものを、もうすでに受け取っているからだ。


 それに――。


『その先のことは、何も保証してやれないがね』


 罪滅ぼしなのだ、これは。せめてもの。

 年寄りのおかしたどこまでも中途半端ぞんざいで、身勝手な我がままに。

 君を付き合わせてしまった。巻き込んでしまった。何より……。

 とても深く、傷つけさせてしまったから。


 だからせめて、これくらいはさせてくれ。

 そうでなければもう、つり合いなんか取れないのだから。


 それに示しが付かないだろう。あっていいわけがない。

 彼が帰ってきたとき、あの子が居ないだなんて。

 もしかしたら今まさに、ミレイシアのために命がけで戦ってくれているかもしれないのに。


 何よりこれはミレイシアの願いでもあるのだ。

 お願いねパパと託された。かつて叶えてやれなかった愛娘まなむすめの願いを、代わりに叶えてくれた恩人のためならば、尚のこと奮い立つ。


 だから今度こそ、叶えてみせよう。

 我が子の願いを、この手で。


 何としてもあの子アリシアを、ゼノン・ドッカーのもとに帰らせるのだ。

 送り届ける。必ず。


「ライッ、カァアアアアンッ!!! テメェいい加減にしやがれこの死にたいがああああッ!!! いつまでやってやがる!?? 本当にブチ殺されてぇのかああああッ!!?」



 ――必ず。

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