8-21.「穏やかな日々、そして」
かくしてミレイシアの希望は叶えられることになる。
魔女狩りゼノン・ドッカーを護衛に付けることで、セレスディアの内外を頻繁に出入りできるようになったのだ。その旅路にはきっと、生まれて初めて見る光景もたくさんあったのだろう。
どこに行って何を見てきたのか。
ミレイシアは帰ってくるたび、もう待ちきれないとばかりにそれをライカンに話して聞かせた。
まだ興奮も冷めやらぬと言った様相で、こんなに大きいんだよとかまたいつか会えるかなとか。その瞳をキラキラと輝かせながら、体験してきて間もない小さな冒険譚の数々を、手振り身振りを大きく交えながらお披露目する。
ライカンはそれが嬉しかった。
旅路にこんなことがあったんだよって話して聞かせてくれるその奔放さが、まるでまだ小さかった頃の彼女を思い出させてくれるようで。
あのねそれでねと、話題は目まぐるしくコロコロ変わったけれど。
ライカンからそれを遮ることは決してしなかった。
そうかそうかとただ静かに、彼女の話に耳を傾けてやっていた。
一方でミレイシアも、ただしてもらうばかりには留まらない。
何かにつけて自分のことは自分でやりたがると、幼いころからしっかり者だった性格の彼女だからこそ、余計に我慢ならなかったのだろう。
受け取るだけなんてイヤと、自分なりにできる最大限をゼノンに返そうとしていた。
その結果ミレイシアはほとんどプライベートのような場面でも、あっち行けとシッシするゼノンに無理やり付きまとうようになる。
イヤがってないか?とは一応確かめたのだ。
でもミレイシアはどこかツーンとしながら、問題ないと袖にする。
よく分からないが、どうやら最初からそういう約束だったらしい。
だから悪いのはあくまでそれを守っていないゼノンの方とのこと。
「望むところよ、契約不履行なんて絶対させないんだから!」
そう言って、ミレイシアはいっそう士気を高める様子さえ見せていた。
まぁトラブルになっているわけでもなさそうなので、ライカンもそれ以上は踏み込まなかったが、しかし。1つ気がかりがあるとすれば、以前にも増してミレイシアとゼノンの関わる時間が増えていっていることである。2人きりのこともそこそこあるだろう。
まさかとは思うが。
『――今まで大切に育ててくれてありがとう、パパ。行ってきます』
悪夢の幻覚ウェディング、再び。
ぐおおおとなってガン、石柱に頭を打ち付けるライカンだった。
それからしばし、穏やかなひと時が流れる。
ゼノンはミレイシアの旅路に付き添い、その返礼としてミレイシアはゼノンに付きまとい、どこかイチャついているようにも見える2人を陰で捉えるたびにライカンはハラハラソワソワ、ぐおおおとなって頭をどこかに打ち付けて。
だがそんな時間も、長くは続かなかったのだ。
ある事件が起きる。
いや、ある事実が発覚する。
その結果として、2人は会うことさえできなくなってしまった。
ミレイシアの身柄が、グランソニア城に囚われる形となったがために。
◇
何故ミレイシア・オーレリーの身柄が突如として、リリーラ・グランソニアの庇護下に置かれることとなったのか。真相の究明を巡っては、実にさまざまな憶測が流れたものである。
リリーラの怒りを買うほどの罪があるとすれば『魔女殺し』しかないだろうが、それをミレイシアが犯したとは考えづらい。ともすれば実父ライカンがミレイシアをオーレリー家の汚点としたうえで、ついに見切りを付けて手放したのではないか。
いつかのようにそんな三文記事も出回ったものだ。
だがさほど時間も置かず、人々はそれに見向きもしなくなる。
まったく卑しいまでのことだが。
それ以上に興味関心を引き立てる、とある事実が目を引いたからだ。
他でもない。
直前までやたら一緒にいるところを目撃されていた、ゼノン・ドッカーの存在こそがそれだった。
聞いたときは驚きのあまり、言葉も出なかったほどだ。
ゼノンがミレイシアの魔力を封じ込め、治癒の力を使えないようにしたなどと与太話がさも真相のすべてであるかのように吹聴されていたのだから。
追随するかのようにその疑惑を持ち上げた記事が出回り、人々がゼノンへ抱く懐疑はいよいよ確信的なものとなっていく。そうなるまではたった数日の出来事で、ライカンにできることはあまりに少なく、また無力だった。
ほとんど何もできなかったのだ。
気付いたときにはライカンも、悪漢に最愛の娘を傷つけられた父親としての立ち位置が、民衆のなかに確立されていて。
挙句の果てには屋敷にいきなり押しかけてきた見知らぬ男から、ともにゼノンを討ち取ろうなどと涙ながらに訴えられる始末である。使用人たちから取り抑えられながらも、どうか話を聞いてくださいライカン殿などと彼は懸命に叫んでいた。
私はこの命をミレイシア殿に救われたのです!
法が裁かないなら、私たちで裁くほかないではありませんか!?
どうか力をお貸しください!
もうほとんど証拠も掴みかけているのです!
本当にあと一歩なのです!
そんなようなことを、やけな熱の入りようで口やかましく宣う。
途中までは聞き逃してやれたのだ。
相手にするのさえ億劫だと、足も止めずに過ぎ去ろうとした。
だがそれもミレイシアの無念などとそれらしい大義に託け、男がゼノンを『魔人』だの『罪人』呼ばわりするまでのこと。
黙らせた。
呼吸もままならなくなるほどの重圧を全身にかけ、ぐしゃりと地に押しつぶして。
「ぐっ、ライカン殿ぉ……ッ!? なぜ……!?」
「あぁ、すまん……。だが頼むからもうそれ以上口を開いてくれるな、デクの坊。力加減を誤ってしまいそうだ」
いっそのこと、そのままペシャンコにしてやれたらどんなに爽快だっただろう。そうすればこの久しく覚えのない激情も、多少なり紛れてくれるのだろうか。何もできなかった無力感も。
しかしその沸き立つかのような憤激の半分が自身へのものであることに気付き、ライカンは踏みとどまった。故に解放し、ただ静かに宣告するに留まる。
「屋敷を去れ。私の視界から今すぐに消え失せろ。そして二度と、私のまえに姿を現すな」
「あなたと、いう人は……!」
「分かったのか……?」
その低い問いかけの答えに、否やはないこと。
そして命の危機に瀕していることも、それでようやく感じ取ってくれたか。
男は悲鳴をあげるなり、地をのたうつようにして逃げ出していった。
感情を抑えることで手一杯だったとはいえ。
こうして彼を野放しにしてしまった事実もまた、後に深く、自身を戒めることになるのだが――。
ともかくそんなこともあって、ライカンはひどく無力感に打ちひしがれた。
何もできない。してやれない。
グランソニア城に隔離されてしまったミレイシアには会いに行くこともできず、一方でゼノンは今だって1人、再び彼女に自由を取り戻させるために動いてくれているというのに。
このケガさえなければ――。
拳で打った自身の横腹に、ズキリと鈍い痛みが走る。
涙ぐむ。
何もできない自分が、ひどく呪わしかった。




