8-19.「親心は複雑で」
それで後日、尋ねに行ったのがテグシー・グラノアラのもとである。
ライカンとしても耐えられなかったのだ。
性別やら家名がどうなんて生まれ持ったどうしようもない事柄のために、行きたいところにも満足に行けないミレイシアが不憫でならない。そんなの、可哀そうすぎる。
どうにかしてやりたかった。
一緒に行ってやれない自分の代わりに、誰かミレイシアの護衛を務めてくれる者はいないかと、その心当たりを求めに行って。
だったら彼なんてどうかな、と。
紹介されたのがリクニという、オーフェン家の嫡男だ。
おお、となる。
オーフェン家もまた魔女狩りの名家だし、前回の魔女狩り試験で示されたその実力はさるものと評判を耳にしたこともある。何より、リクニの力は防衛に特化しているものだ。
やや体力低めな方だからデスクワークの方が向いてるけどねなどと脚注もあったが、信用あり実力あり。頼めるなら是非に頼みたいと申し出た。しかし――。
話がまとまりかけたところで、目に留まったのがあらぬ彼のマイナスポイントだ。念のためと人相も確認させてもらったのだが、なんというか。
「む……?」
リクニ・オーフェンがまぁまぁ、顔立ちの整った美丈夫だったのである。
色男といったほうが近いかもしれない。
思えば確かに、噂になっていた気がした。
なんでも今年の新人にえらい美形が混じっていて、女性人気を博しているとかなんとか。
それがまさか、件のリクニのこととは思わなかったが。
となると、ライカンはぐぬぅと思い直さざるをえなかった。
寸でのところで決めあぐねる。
だってリクニとミレイシアは年頃も近いのだ。
若い男女が2人旅というシチュエーションを思えば、やはり娘側の父として思うことがなくもない。
いやまさかあのオーフェン家の者だぞとか、ミレイシアに限ってとかどうにか飲み下そうとはしたが。悪い想像とは始まるとなかなか止まらないもので、ついにはミレイシアのウェディングドレス姿が過ぎってしまった。
『――今まで大切に育ててくれてありがとう、パパ。行ってきます』
そんな脳内音声と花咲くみたいな飛びっきり笑顔まで付いてこようものなら、ぐおおおとなってテーブルにガンと頭を打ち付けるしかない。
何してるんだい?とテグシーから困惑気味なツッコミも受けつつ。
「一応聞くが、ほかに候補はおらんか。できればその、もう少し不潔そうな……」
「それはまた奇抜なリクエストが飛んできたものだね。どういうことだい?」
「親心は……複雑なのだ」
「ああなるほど、そういうことか。大体分かったが……。だいぶハタ迷惑な拗らせ方をしている。ここは友人として、ミレイシアに同情しておこう」
結局、ほかに候補となりそうな者もいなくて。
それから間もなく、アオーンとワンコの泣いている夜道をトボトボと引き返すライカンだった。
『安心するといい、ライカン。リクニは信頼の置ける奴だ。私が保証する』
テグシーはそう言っていたけれど、心配なものは心配だった。
けれど他に当てがあるわけでもなし、背に腹は代えられない。
ひとまずはこの話で進めるしかないかと、やっぱり気の進まないまま帰宅したときだった。
あっパパやっと帰って来たねぇ聞いて聞いてと、何やら急いた様子でミレイシアから声をかけられたのは。やけに嬉しそうにもしていたので何かと思えば、一緒に来てくれそうな人を見つけたというではないか。
はてと思いながら、ひとまず名前から聞いてみることにした。
それなりに力のある魔女狩りの家系なら、聞けばおよそ分かろうものだが。
「ドッカー……?」
ミレイシアの口にしたそれは、まったく聞いたこともない家名だった。
◆
ひとまず話を聞いてみることにする。
ミレイシアの言うそのゼノン・ドッカーなる人物がどこの誰で、どういう経緯で知り合ったのかなど諸々。
するとあーでねこーでね実はこんなことがあってねと、すぐにも事の仔細を話し始めるミレイシアだった。だがハテとその間もライカンが首を傾げていたのは、待てよ?とどこか引っかかりを覚えたからだ。
家名はともかくとして、その名を以前にもどこかで聞いたことがある気がした。
なかなかその心当たりに辿りつけずに、悶々(もんもん)としていたのだが。
そうかアイツかと、ハッとなったのが間もなくのこと。
思い出したのだ。その名をどこで聞いたのか。
付随して、彼にまつわる良からぬ風評の数々も。
まだミレイシアの話は半ばだったが、そうと分かればもう聞く意味もない。
いかんいかんと、ライカンはすぐにダメ出しをした。
そんなやつに可愛い娘を任せられるかと。
それよりコイツはどうだと、すかさずリクニの話を持ち出そうとした。
だけど、それがいけなかったのだろう。
咄嗟にそんなやつ呼ばわりしてしまったが、聞き捨てならないとばかりにミレイシアがムッとなってしまったのだ。どうしてそんな言い方するの彼のことなんて何も知らないでしょ、と切に訴えられて。
そこからは非常に困りものだった。
友人を悪く言われたことがよほどショックだったか、ひどいようええんと泣きだしてしまったミレイシアを宥めて、違うそんなつもりではなかったのだと謝って、ただ私はおまえのことが心配でと伝えて。
長いこと話し合った。
話し合って、ある条件付きで結に達する。
それすなわち、力を示しなさいということだった。
風評はかくあれど、彼が信用に足る人物であると他でもないミレイシアが言うなら。
もうライカンは何も口を出すまい。
娘の判断を信じるまで。
ただし守れるだけの力がないというなら、元も子もない。
そうできるだけの実力があることを、魔女狩り試験にて示しなさいとしたのだ。
もし本当に魔女狩りに成ることができたなら、そのときは晴れて2人の出立を認めようと。
分かったと、ミレイシアが頷いたとき。
正直、ライカンは内心でニヤリとなった。
勝った、と確信する。
魔女狩り試験は甘くない。
おいそれとクリアできる条件ではなかったからだ。
何より、ゼノン自身がそれを拒むと思った。
あのぶっきらぼうな男が、あんな声援溢れるような表舞台に出てくるとは考えづらい。
ありがとうパパ!なんて早くもミレイシアは喜んでいたけれど。
とてもフェアとはいえない条件を快諾させてしまったため、可哀そうだがすまんなミレイシアこれもお前のためなのだなどと心のなかで詫びていた。だが――。
そんな期待はどちらも、ものの見事に裏切られることになる。
試験当日。ライカンも会場に足を運んで余裕しゃくしゃくと、リアルタイムで経過を見守っていたわけだが(まさかゼノンが本当に出場するとも思わなかった)、なんというか。
「うそぉん……」
もうそれくらいしかコメントが見つからなかった。