2-2.「なんとなくそれっぽかったので」
ここで改めてだけど。
私はあの森にいたころ、巷で『光芒の魔女』イルミナなどと呼ばれていたらしい。イルミナというのは例の、テキトウに割り振られた魔女コードというやつだが。
では『光芒の』の方は何かというと、たぶんコレだろう。
えいやと杖を振る。すると杖先に灯ったのはポワワンと蛍火のように淡い燐光だ。
たとえば起こした火の子どもを育て、大きな炎として燃え上がらせるように。
私はそこに魔力を注ぎ、徐々に大きくしていく。
やがてはそれをピュンと光線みたく、人に当たらない空に撃ち出して。
「なるほどな。それで『光芒』ってわけか」
小岩に腰かけながら頬杖を付き、飛んでいった空の彼方を見やりながら、ほーんと。
さして関心もなさそうに言ったのがゼノンさんだった。
見た目を変える変身術(ゼノンさんが『変幻術』と言っててそっちの方がカッコよかったので、これからは私もそう呼びたいと思う。)と合わせて、やってきた冒険者さんたちを追い払うのによく使っていた魔法だ。
威力を押さえればデコピンくらいにできるし、まっすぐ飛んでいくので威嚇射撃にも使える。というわけでこれが一応、私の一番得意な魔法なのだけれど。
「にしてもおまえ、魔力操作ヘタクソだな。ガッタガタだぜ」
さっそく辛辣なコメントをいただいてズーンとなる。
いや、分かっている。一昨日だって瞬殺だったし、ゼノンさんから見ればそうなんだろう。でもできれば、もう少しだけオブラートがほしかった。
「すみません。でも一応、これが私の一番得意な魔法でして……」
「あ、そうなのか? ならなんで俺とのときは使わなかったんだよ」
「あれ、そうでしたっけ……? あそっか、そうでした」
言ってから、記憶違いに気付く。
そういえば確かにゼノンさん戦のときは、あえてこんな小さい威力のものを使わなかったのだ。
今までの相手とは格が違うのは何となく分かったので、開戦から一か八か、一番強い出力で対抗することにしたのを思い出す。つまりはのっけから、今の私に出せる最大威力で迎え撃とうとしたのだけれど。
「魔力を貯めるのに、ちょっと時間がかかっちゃうんですよね。それでどうしようかなって考えてたら」
「その間にやられたのか」
言い当てられ、えへへとなった。
そう、決着まではものの十数秒。大した見せ場もないまま、私はゼノンさんの『鎖』に足を取られ、ぐいと引っ張られてしまって。
そのままスコンと木にあたまをぶつけてノックダウン。
カンカンカンだった。
「冴えねぇ」
「だってゼノンさん、早すぎるんですもん……」
項垂れられても、それが私に付けられる精一杯のクレームだ。
だって、ずるいではないか。構えもせずのらりくらりしていたかと思えば、いきなりビュンと目の前まで距離を詰められて。ちょっと早すぎぃとかなってたら、足場をガンと踏みつけただけでジャラジャラと『鎖』も出てくるし。
あんなのどうしたって敵いっこない。反則だ。
まぁ、それはそれとしてだけど。
「でもそっかぁ、私やっぱり下手っぴだったんですね。自分なりにはうまくやれてるつもりだったんだけどなぁ……」
「まぁ自己流でそこまでやれてんなら、考えようによっては上等かもしれねぇが」
「え、本当ですか!?」
「まぁマケにマケを重ねて、ギリギリってところだが」
「そうなんですね! やったぁー!」
「この言い草でよくそこまで喜べるよな」
バンザイしたら呆れられた。
ともあれ今の私は、魔力操作というものが目も当てられないほどヘタらしい。
どうも私から発せられる魔力のオーラみたいなものが、よく分からないけれどゼノンさん曰く、ひどくまとまりがなくフニャフニャしてるみたいで。
「あるいは、その杖が合ってねぇのか……?」
「え、杖ですか?」
「つーかおまえ、そういえばその杖はなんだ? どこで手に入れて……って、あぁっ!?」
そんな独り言ちから、私から杖を受け取ったゼノンさんだ。
だが途端に素っ頓狂な声をあげる。その心当たりはすごくあった。
だって私が振るっていたそれは、実は杖でも何でもない。
「なんだこれ、木の枝じゃねぇか!?」
「ええと……。はい、そうですけど……」
おずおずと答える。
ご指摘の通り、それはただの木の枝だった。
あの森に落ちていたのを、何となく拾って帰っただけの一品になる。
やけに手馴染みがよく、それを振るうと魔法が少し安定するように思えたのだ。
なんだか魔女っぽさも出るような気がして、それからずっと杖に見立てて使っている。シャッシャと丹精込めてやすり掛けまでしたので、今となってはすっかりそれらしい見かけとなっているけれど。
それはれっきとした木の枝だった。
「……あり得ねぇ。ウソだろ、おまえ」
「だって他になかったんですもん。森からも出られなかったですし……仕方なく?」
「仕方なくって。まぁ確かに、何もねぇよりかはマシかもしれねぇが。よし」
するとゼノンさんは、私の杖を陽の光にかざすように頭上に持ち上げる。
フンと何やら力んでから、私にまたそれを手渡して。なんだかいま一瞬、青白い光のようなものが杖全体に迸ったようにも見えたけれど。
「さっきのもっかいやってみろ。光を灯すやつ」
「え、もう1回ですか?」
「ただし出力は抑えろよ」
よく分からないまま、私はまた言われるままに杖をぎゅっと握り込んでみた。
するとビックリだ。さっきと同じくらいにやったはずなのに、灯った光が大きいのだ。
何より、強い。
「なんで……!」
「突貫工事だけどな、そいつが魔力を通しやすくなるように道を開いたんだ。これで多少はマシになっただろ」
「すごいですよこれ! すごいですけど、あれ……!? ちょ……っ!」
「だが注意しろよ。その分――」
ゼノンさんの説明がなにやら続いている。
でも私はと言えば、ちょっとそれどころではなかった。
魔力を通しやすくなったらしいけど、体感はそんなものではない。
いつもと感覚が違いすぎて、今にもドパッと溢れてしまいそうになる。
なんとか零さないように「わっとと」となりながら奮闘したのだ。けれどそんな努力も虚しく、光はギュインギュインとどんどん大きくなって、手に負えないほど出力を高めていって。
と、ここで考えてみてほしい。
これまた例え話だけど、出かかったものを無理に押さえつけようとしたらどうなるか。たとえば蛇口とか。
そう、水圧でプシャアアとなるよね。
孤児院のわんぱくっ子がよくそれでイタズラしてて、こら遊ばないのと何度叱ったことか。懐かしい。
懐かしんでる場合じゃないのだけれど、とにかく。
いま起こってしまったのがまさに、それと同じこと。
「だからいいか、くれぐれも――」
そこでゼノンさんの言葉が途切れたのは、無理に抑えようとしたことで、杖から飛び出した光線があらぬ方向に飛んでいったからだ。
それが何か補足説明してくれていたゼノンさんの顔面に、スコンとクリーンヒットして。
「何しやがる……」
「ああ、ごめんなさい! わざとじゃないんです、ごめんなさいいいっ!」
たぶんデコピンくらいの威力だったはずだけど。
ゴゴゴゴと不穏のオーラ全開となったゼノンさんからすごまれ、私はヒィコラなりながら謝り倒すしかなかった。