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8-13.「4対1」


 アリシアを負ぶったライカンが、思いっきりやれぃと要望通りに繰り出されたハンマーの反動を借りて、勢いよく射出される。出だしがこんなロケットスタートになるとは、そういえばちゃんと説明していなかったかもしれない。


 そうと思い至ったのは「ひぃゃあああっ!」と遠ざかっていくアリシアの何とも頼りない悲鳴を聞いてからのことになるが、ともかく。


「おおっ、良い感じじゃないっすか。結構伸びたっすねぇ」


 目のうえに笠を立てながらスカッシュと、しばらくその飛距離を確かめていたのは打者のルーシエだった。人間ゴルフなんて初めてやったことなので、自己ベストも何もないが。これはなかなかに綺麗な放物線を描いて、飛んでいってくれたものではないかと。


 もちろんそれが、ライカンの『合わせ』あってのスコアであることは否めないが。

 何にせよあれなら、結構なキョリのショートカットが見込めそうだ。


 残る懸案があるとすれば着地のところだが――。

 まぁそれも、あの身のこなしならばさほど心配は要らないだろう。


 ぶっちゃけ最初に、彼がこの作戦のキーマンになると聞かされたときは耳を疑ったものだが。さすがは魔女狩りライカン・オーレリ―と評するべきか、現役を引退してなおその力は健在らしい。


 さすがはテグっさんと改めて、その的確な人選をおこなった彼女に感服させられるばかりだった。といってもこんな危ない役回りを任せられる人物なんて、確かに彼くらいしかいないのも事実かもしれないが。


「…………」


 本当に、よく引き受けてくれたものと思うのだ。

 いくらテグシーの頼みとはいえ。


 そして、もう送り出した。

 なればもうあとは彼を信じて、託すのみだから。


 ――アリっちを頼むっすよ、ミルっちパパ。


 かつての呼び名をもって、心のなかでそっと声援を送るルーシエだった。

 そのままハンマーを担ぐように持ち上げて「出だしは快調、快調~♪」と身をひるがえせば。


「ナイスショットー」


 そんなルーシエにパチパチと、まばらな拍手を送りながら迎えたのがジーラである。見るにえない結果に終わりそうで直前までやっぱりやめておいた方がよいのではとヒヤヒヤしていたけれど、やってみるとこれが思いのほかポーンとピンポン玉みたいに景気良く飛んでいったではないか。存外、上手うまくいったものでちょっと関心する。


 もう少し安全面を工夫すれば、チビっ子たちの新アトラクションにも使えるのでは? ふいに思い立って指を立てながらそんな提案をすると、おお確かにそれいいっすねぇとルーシエが乗ってきてくれた。


 するとああしようこうしようと提案を重ねてくれたので、ジーラもうんうんと頷き返して乗っかる。そうして程よくムードを温めたところで。


「ね、アニタもそう思うでしょ?」


 その輪に迎え入れようと声をかけたのは、だんだん口数も少なくなってきている彼女にだった。ちなみにそんなのは、通常のアニタであれば「ダメに決まってるでしょう、もう。絶対にやめてちょうだい」とため息まじりに、即時棄却されてしまいそうな発案だ。


 しかし今回、アニタはそれを否認しなかった。

 たぶんあまり聞いてもなかったのだろうウヤムヤな返答をよこし、力なく笑い返す。無理していると一目で分かる、それはとてもぎこちなくて、頼りない表情だった。取り繕おうにも、全然そうできていない。


 怖いのだろう。

 ここにいる誰より長くリリーラに仕え、敬愛してきたアニタだからこそ。


 今こうして初めて、主人の意志に背こうとしていることが。

 たとえそれが他ならぬ、当人を思っての決起だとしても。


 もし辛いなら自分たちだけでやる、とはすでに何度も申し入れたことだ。

 だが責任感の強いアニタが、それを受け入れることはなかった。

 守るためなら立ち向かえると譲らなかったから、ジーラたちはその意志を尊重したのだ。


 だけどいま――。

 徐々に険呑けんのんとなりつつある上空の気配に、アニタの手は震えてしまっている。


「アニタっち……」

「ねぇアニタ、やっぱりキミは退陣してた方がいいんじゃないかな。顔色がよくないよ。今ならまだ間に合うから、ここは私たちに任せて」


 もう見ていられなくて、思わずそう声をかけてしまったけれど。


「いいえ……平気よジーラ、ありがとう。ルーシエもごめんね、心配かけちゃって」


 やっぱりここでも、彼女は譲らなかった。


「言ったでしょう。守るためなら、どんなに怖くたって立ち向かえる。立ち向かわなくちゃならないの。だってそうでなきゃ、ここに立つって決めた最初の決心までウソってことになっちゃうから。それに……ここで尻尾巻いて逃げたら、やれるだけのことはやったよねって残念会にも参加できなくなっちゃうじゃない」


 そんなの絶対イヤ!と。

 最後はずいぶんネガティブな啖呵たんかを切り、取り出した杖を高々と掲げるアニタだった。モチベーションの所在はともかくとして、とどまる理由がはっきりしたなら何より。もう無粋ぶすいなことは言うまいとジーラも頷き返す。


「うんうん、いいっすねぇ。その意気っすよ。ノルマ達成できたら祝勝会、ダメだったら残念会! どっちにつけ楽しいっす。何よりテグっさんのおごりっすからね! あぁ、久しぶりにいいお肉食べたぁい」

「まぁそれも死人が出たら告別式だけどね」

「そうならないように、いいところで離脱なさいね。気絶したフリでもいいから」

「おい、さっきからなににぎやかにやってんだテメェら。何でもいいから、話がまとまったんならもう無駄口しまっとけ」


 ルーシエが頬をとろけさせ、ジーラがシャレにならないツッコミを入れる。

 アニタが気安め程度とはいえリスクヘッジのハウツーを申し送り、最後に口を開いたのはリオナだった。


 ぐつぐつと怒りに煮えたぎる彼女・・の魔力。

 その影響を受けてか、上空にはすっかり暗雲が立ち込めている。


 和気あいあいとしたやり取りにリオナがずっと不参加でいたのは、その様相から刹那せつなとして目を離さずにいたからだが。


「――お出ましだぜ」


 それがピシャァと、巨大な雷鳴を轟かせたのと同時のことだった。

 4人のまえに、あらん限りの獣性をみなぎらせた巨影が出現したのは。


「あんたらぁ、どういうつもりだい……?」


 その剣幕からして、もうよくよくご存知のことらしい。

 絶対不可侵である自身のテリトリー内から、子犬パピーが一匹逃げ出したことも。

 何より他ならぬ自分たちが、それを幇助ほうじょしたことも。


 だからもう、ここからは待ったなしだ。

 魔女が4人がかりで束になり、魔女狩り最強とうたわれる巨大な主人――リリーラ・グランソニアを何分何秒、足止めできるか。そんな挑戦の幕開けである。


 そう、他の3人にとってはあくまで挑戦だ。

 あらかじめ定めた目標タイムに、どれだけスコアを近づけられるか。

 フシュリと幻影の霧が満ち、構えたハンマーに雷属性のエネルギーがバチバチと装填され、ズガンズガンズゴンとひとりでに組み上がった巨大なロックゴーレムがズシンとその身を起こす。


 だが戦力のかなめである彼女にとってだけは違った。

 ノルマだのスコアだの、そんなのぬるい。


「あぁそうだ。最後に言っとくがおまえら、さっきの話。ぶっ倒れんのはべつに、フリでもでも構わねぇけどよ」


 パチンと自身の拳を手のひらで受け止め、ただならぬ熱気と炎熱を吹き上げながら彼女――リオナ・コロッセオは宣言する。


「間違っても、オレの射程圏内で寝そべんじゃねぇぞ」

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