8-10.「極秘プロジェクト」
ジーラさんの言った通り――。
それから数日後、事態は大きく動くことになる。
今日はべつの手伝いを頼みたいとのことで、アニタさんに呼び出されるまま私は中央庭園に向かっていたのだけれど。そういえば今日は今朝から誰も見かけないな、なんて思っていたらみんなそこに集まっていた。
そこにいたのは、私を含めて6人だ。
私と、アニタさん、ルーシエさん、ジーラさん、リオナさん。
そして最後の1人は比較的小柄な、エボシ帽をかぶった見知らぬ風貌の誰かである。
あんな魔女さんいたっけ、初めて会う人かな。
それにしても、みんな揃ってどうしたんだろう。
というか、もしかして待たせちゃってる?
何かいつもと違う雰囲気を感じ取りつつ、あっきたきたアリっち~と手を振られたので、パタパタ駆け足にシフトする。すみません遅くなりましたと合流したところ。
「おやぁん?」
下から撫で上げるかのようなその声音に、少々ならず驚いた。
ギョッとした反応を見せてしまったのは、それがやけにドスの利いたしわがれ声だったこともあるが。
「えっ、あれ……?」
私は途端に目をパチパチさせながら、その人を何度も見返してしまう。
というのも白髪混じりに無精ひげまで生やしたその御仁は、どこからどう見ても男性だったからだ。
でも、そんなのはあり得ないことだった。
だってここはグランソニア城。
男の人は入れないはずだし、そんなのあのリリーラさんが許すわけないのに。
なんで??
「ということは、この子が?」
「ええ」
頭にクエスチョンマークを躍らせている間にも、彼の問いかけにアニタさんが淑やかに頷いている。
いったいこれはどういう状況かと尋ねても「もうすぐ分かるっすよ」とか「果報は寝て待て」とか、勿体ぶられるばかりだった。リオナさんに至ってはエッチラオッチラ、無言で準備体操をしていて。
いったい何がなんだか分からずにいると。
「それじゃあ役者も揃ったことですし、始めましょうか」
やがて手を軽くパンと、そう切り出したのはアニタさんだった。
それから改まったように、彼女は続ける。
今から言うことをよく聞いて、アリシアと。
視線を私の高さに合わせ、にこりと優しげに微笑んでから。
「――今から私たちで、あなたを此処から逃がします」
◇
私がここに強制転移させられたあの日から、気付けばもう半月あまりが経過しようとしている。そのあいだ外界との接触を断たれ、外の情報もほとんど入ってこなかったから分からなかったのだが。
実はいま、外では此処グランソニア城のことがたいへん大きなニュースとして取り沙汰されているらしい。とはあの夜、ルーシエさんが私にこっそり教えてくれたことだった。
聞けば、もうずいぶん前から問題になっていたとのことだ。
セレスディア最強の魔女狩りとして名高いリリーラさんだが、近ごろは管理している魔女の数がいくらなんでも多すぎるのではないかと。
その辺りを監査しているのが、たまにワードだけ耳にする『魔女狩り協会』の人たちなのだが。
安全面やら勢力図やら(ルーシエさん曰く、しょうもないドロドロしたやつ)でとかく懸案を抱いた彼らは、数か月前の時点ですでにリリーラさん宛てにとある通告を送っていた。
それすなわち、もうこれ以上、勝手に魔女を受け入れたらダメですよ~と内容を告げる勧告書である。
だけど言わずもがな、リリーラさんはそんなもの気にも留めなかった。
まったく無視して、それからも魔女の受け入れを続けてしまって。
その度にあれこれ言い訳を付けたり、時にはテグシーさんが仲介して間を取り持つようなこともあったみたいで、とにかくバチバチしていた。それこそつい最近にも「もう絶対ダメだからね! これがホントに最後だからね!?」と最終勧告と引き換えに、魔女狩り協会の強制立ち入りを回避したばかりだそうで。
だけど、もう分かるだろう。
そんな『触れるなキケン!』みたいな一触即発の喫緊時にもたらされた、ドでかい波紋――投じられた一石が何なのか。
『えっ、じゃあ私ここにいちゃダメじゃないですか!?』
『そうなんすよねー』
ハッと気づいてしまった私に深々、やりきれなさそうに首を振るルーシエさんだった。
(プリズンブレイクに失敗した夜の話。)
一方で、そういえばと繋がることもある。
ここに来てすぐのとき、私を新入りと聞くなりギョッとしたルーシエさんがリリーラさんとやいのやいのやっていたが。あれはそういう意味だったのかと。
ちなみにまだ大ごとになっていないのは、テグシーさんが時間を稼いでいるからだ。私たっての希望で社会科見学に行っているだけそのうち帰ってくるからモーマンタイと、魔女狩り協会にホラを吹いて誤魔化している。
というのもコトを荒立てないように、どうにかリリーラさんを説得して穏便に私を回収したいからだそう。だけど正直、それも難航しているみたいで。
だからルーシエさんはあの夜、私にこのことを明かしてくれたのだ。
脱走なんて無謀なことをしなくても大丈夫と、それを伝えるために。
放っておいても魔女狩り協会が何らかの強制執行に踏み切ると分かっている以上、少なくともこの状態が長く続くことはないから。
『そうなるまえにリリっちも、なんとかテグっさんの言うことに耳を傾けてくれるといいんすけどねぇ』
できることならと切に願うように、月夜を見上げながらそうぼやいていた。
しかし――。
それから数日が経ち、すでに状況は変わってしまっている。
それもあまり芳しくない方向にだ。
というのも、いつまで経っても社会科見学に行っているらしい私が帰ってこないし、たびたび期間も延長されてきたものだから、さしもの魔女狩り協会の人たちもこれ絶対なにかあるだろと感付いたのだろう。
明日までに私の身柄が返還されない場合、こないだ打ち切った強制執行を再開すると最後通知がついに言い渡されてしまったのだ。何とかことを穏便に済ませたいと頑張ってきたテグシーさんだが、こればかりはもうどうしようもなかった。あいわかったと了承するしかなくて。
でもそんなものが出たところで、今さらリリーラさんが素直に応じるわけもない。
このままでは大勢の怪我人が出る事態になるのは必至だろう。
それでテグシーさんは苦渋の決断に踏み切ったわけだ。
リリーラさんと魔女狩り協会の衝突を避け、被害を最小限に留めるにはもはやこうするしかないと次善の一手を。つまり――。
「私をこっそり、ここから脱出させる……?」
ようやく解を得た私に、そうと静かに頷くアニタさんだった。
すなわち今ココに集まっている6人こそが、テグシーさん主導の極秘作戦『アリシア奪還プロジェクト』の実行チームであると。




