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8-7.「忍び寄る気配」


 それから程なくして、私はルーシエさんとお別れした。


 おっともうこんな時間すね明日もあることですしボチボチお開きにしときやしょうかとなって、私も「そうですね」と差し当たって出てしまったゴミをガサゴソ集めようとする。だけど。


「ああ、いいっすよ。アッシはもうちょいココに残るつもりなんで、アリっちは先にあがってくだせぇ」


 とはルーシエさんからだった。

 どういうことかと思ったら、いったいどこに隠していたのか。

 えへって感じに出てきたのは、いかにもいかがわしい感じの小瓶しょうびんとオチョコである。


 あらぁとなった。

 つまるところ、せっかくなので一杯ひっかけていきたいらしい。

 なんか今ごろになってお月さんも良い具合に顔を出してきたもんすからと、言われるまま夜空を見上げたら確かにその通りで。


「つーわけで、ここからはオトナの時間っす。未成年禁制って奴なんで、しからずっすよ」

「もう、こんな時間にのんだら体に悪いですよ。寝つきだってすごく悪くなっちゃうんですから」

「そういう背徳感も含めて楽しむもんなんすよぉ、こういうのは。アリっちもいずれ分かるときがくるっす。ですからささ、良い子はもうお帰りなすって。将来アリっちがヘベレケになったとき、ルーシエ大先輩のマネっすわ~とか言われたらコトっすからねぇ」

「なりませんって。たぶん……」


 ちなみに今夜のことは、お互いオフレコっすよ。

 そんなありがたい言葉にペコリと頭を下げてから、私は自室へと引き返していった。だだっ広い通路の端っこにポツリ、地べたに胡坐あぐらをかきながら。


「寄り道しないで、まっすぐ帰るっすよ~」


 ルーシエさんは最後まで、そんな私にプラプラと手を振ってくれていた。



 ◇



 ――とまぁ、円満な感じに分かれたは良いものの。

 あれだけ慎重に進んできた道のりを、こうもあっけなく引き返すことになった私の心境はといえばやっぱり、どうしても複雑なものがあった。


 今夜のことで、改めて思い知らされたからだ。

 自分の置かれたこの状況が、いかに八方塞がりであるかを。


 はっきり言ってそこは、私の認識が甘すぎたというほかない。

 考えてみればそうだ。たとえばゼノンさんやリクニさんみたいな手練てだれの魔女狩りでさえ、一度に管轄できる魔女は1人か多くても2人くらいなのに。


 リリーラさんはたった1人で、ここに住む十数人の魔女の管理を一手に引き受けているような状態である。もちろんアニタさんやジーラさんのように、信頼あるほかの魔女の協力もあって成り立っていることとは思うけれど。


 なればこそ相応に、セキュリティが厳重になるのは当然のことだった。

 もう帰る!なんて意気込み1つで帰れるなら、世話ないという話だったわけで。


 さらに悪いのは、奇跡が起きてよしんば逃げられたとしても、私を逃がしたルーシエさんにカミナリが落ちるということだが……。


 だけどもう、そこは無用な心配かとも思い直す。

 なにせ今まで私と同じことをして、実際に逃げおおせたここの住人はただの1人もいないとのことだから。


 ちなみに、少しまえにもいたのだそうだ。

 今夜の私のように逃げ出そうとして、最後はリリーラさんに捕まってしまった人が。


 私はまだ会ったことないけれど。

 どうやらルーシエさんが言うところの、『ミルっち』さんがその人らしい。


 それで1つ、腑に落ちることがあった。

 ミルっちさんといえば、ここにいる子どもたちの多くを保護して連れてきた人のはずだ。でも姿が見えないし、最近あまり来てくれないと子どもたちが寂しがっていたのは記憶に新しかったのである。


 アニタさんにやんわり尋ねてみたこともあったが「ああ、あの子は今ちょっとね……」と何か訳あり風ににごされてしまった。だからあまり深く聞かない方がいいのかなと、避けておいたのだけれど。


 どうやら、そういうことだったようだ。

 ちなみにそのミルっちさんだが、今は独房生活を余儀なくされているとのこと。


 といっても薄暗い地下室でシクシクとかじゃなくて、別塔にある自室で缶詰にされているだけのようで安心した。主な監視もジーラさんだから、そんな窮屈な感じにもなってないだろうと。(たぶん座敷牢みたいな感じ?) とはいえ。


『だからもう今夜みたいなことはしちゃダメっすよ、アリっち。百パー捕まるっすし、そうなったら今よりウンと厳しい制限生活が待ってるのは間違いないっすから。ワイもやっすよ、アリっちと会えなくなるのなんて』


 そう諭すようにも言われてしまって。

 だからこそ、どうしようもないのだ。

 ルーシエさんが決して自分の立場としてだけでなく、私の身を本当に、心から案じてそう言ってくれているのがよく伝わったから。


 いやというほど思い知らされる。

 私はここから逃げられない。


 決して、逃げようなんて考えてはいけない。

 そうしようとする試みのすべてが無駄なのだと。

 その状況はまるで、私がまだあの森にとらわれていたころを思い出させて。


 だけど――。

 私は気を強く持ち直す。

 1つだけ光が見えたからだ。


 ――アリっち、これはまだ内緒のことなんすけどね。

 それはやり取りのなかで、内緒っすよとルーシエさんがこっそり明かしてくれたこと。


 まだ何も確定したことではないから、希望を持ちすぎないでほしいとは念押しされてしまったけれど。それでも。


 あとちょっとの辛抱しんぼうかもしれないと、そう思えるだけで。

 何のきざしもないよりはずっと、日々を前向きに送れそうな気がした。


「よし……!」


 だからもういい加減、クヨクヨするのはやめようと切り替える。

 止めていた足を再び、進めようとして。


「――え?」


 ふいに後方を振り返ったのは、また何か変な感じがしたからだ。

 気のせいだろうか。

 薄闇の向こう、奥まで続いている見通しの良い回廊には何者の姿も見えないが。


 いまそこに誰かいたような。

 見られていたような――?

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