8-6.「できねぇっすよ」
というわけで。
思い立ったが吉日とばかりに実行に移したプリズンブレイクだが、なんだか捕物劇みたいなメにあって失敗に終わった。聞けばルーシエさん、私がそろそろ何かしでかすのでないか的には、少しまえから怪しんでいたらしい。
そしたら案の定、私がコソコソしだすのが聴こえたものだから、待ってましたとばかりにココで張り込んでいたのだそうな。ちなみに彼女はとても足が速いのだが、その速力ゆえだろうか。
「ほいこれ、アリッちの分っす」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
途中でキッチンに寄り道して、缶ジュースやらつまみやら持ち出す余裕まであったみたいだった。しかもきっちり、私の分まで。
「あ、お汁粉だ」
「うっす。近ごろはだんだん、夜も冷え込むようになってきたっすからねぇ。これで月でも見えたら風流でよかったんすが、うーん。ちょいと今は雲隠れ中っすか。まぁ無いものねだりしてもしゃーないっすし、ぼちぼちおっぱじめましょう。あっジュースもあるっすけど、こっちにしやす?」
「いえ、大丈夫です。お汁粉、いただきますね」
「ういじゃあ、乾杯っす」
カコンのあとにプシュり。
ゴクゴクと喉をならしてから、プハーやっぱこれ最高っすねと爽快そうに舌鼓を打つルーシエさんだった。私もそれにならって、プシュりと開封して。
心身ともに温まって、ほぅと息をついていると。
「いやぁ、申し訳ないっすねぇ」
どこかやりどころのなさそうに、ルーシエさんからそう謝られてしまう。
聞けばルーシエさんとしても、できることなら私をこのまま行かせてやりたい気持ちは山々だそうだ。
でもそうするには、大きく2つほど問題があるそうで。
「問題……?」
「うい。1つはまぁアレっすよ、たいへん申し上げにくいことではあるんすが、その……。一応いま、アリっちの世話係がアッシってことになってるじゃないすか。いやむしろ世話になってるまであるんで、言いようの難しいところではあるんすけどまぁ、立場上はそんな感じでして。つまりっすね……」
何卒ご理解を賜りたくみたいに手をコネコネされたので、何かと思ったら。
「このままアリッちに行かれちまうと、アッシが大目玉くらうんすよ。リリっちから。いやそりゃアリッちからしたら、そんなの知りませんがなって話だとは思うんすが」
そんなことを聞かされ、私としてももう呑気にお汁粉を啜っている場合ではなくなってしまう。考えてみればそうだ。自分の居場所は自分で決める的に今夜、勢いで乗り出してしまったけれど。
そうすることによる被害がルーシエさんにまで及ぶという辺りは、正直まったく考慮が及んでいなかったのである。そんなの私には関係ないなんて、まさか突っぱねられるような間柄でももうなくなっていて。
私はもう、ひたすら重ねてお詫び入れるしかなかった。
私が思っている以上に、私のしようとしていたことが各所に影響を及ぼすことだったのだと、そう気付かされて。
「いやいいんすよアリッち、頼みますから頭あげてください! アリッちが悪いわけじゃないことはアッシも重々わかってますんで! あーもう、なんでこう世の中ってやつは世知辛いんすかねぇ!? とにかく理由の2個目を聞いてくだせぇ! そっちの方が重要、ってか根本的な大問題なんす! なんだか恩着せがましくなりそうなのがイヤで後に回したんすが……」
腕をグイグイ引っ張られ、私の頭を無理やり起こしたところでルーシエさんは続けた。つまり――仮にルーシエさんが私を見逃したところで、結果は変わらない。どうせ逃げられなかった、と。
「どういうことですか……?」
その所以を尋ねたところ、根拠としてまずあげられたのが城にいくつかある出入口に到達するために必ず通らなくてはならない、とある回廊の存在についてだ。
――『無限回廊』。
この先にはそう呼ばれるとても大きな通路があるのだが、とにかくそれがとてもとても長距離に及ぶらしい。ルーシエさんが全力疾走しても、駆け抜けるまで10分を切ることはまずないとのことで。
「え、10分……!?」
「アッシの足でそれくらいっすから、アリッちだとたぶん平気で半日くらいはかかるんじゃないすかね」
「半日って……!」
「出られないじゃないですか!」と訴えたら「そうなんすよ」と返されてしまった。
なんでも空間を捻じ曲げて創られているとかで、入るのはすぐだけど出るのはそう簡単に行かないようになっているそうだ。どうしてそんなものがとは思ったけど、すぐに補足が入って納得する。
前に教えてもらった、このグランソニア城の隠れた意義を思えば――。
確かにそういうセキュリティも必要か、と。
さておき。
確かに私なら、力技で突破することも可能だそうだ。
最悪、無限回廊は歩き詰めれば踏破できるし、最後にバリアみたいなのもあるけど。
たとえばルーシエさんも見ていただろう魔女狩り試験で、私がリオナさんの魔法を相殺したときのような特大ハイビームをくり出せば、それも突き破れるだろうと言ってもらえた。
でもそんなことをしたら、城にいるみんながビックリして飛び起きてしまうし、何より――。
「まず間違いなく、リリっちがぶっ飛んでくるっすよ。ちなみに気付かれないようにどうにかとか、そういう問題じゃないっす。どんなにうまくやったところで意味なんかねぇんすよ。この城から一歩でも外に出た瞬間に気付かれるって、そういう風になってるっすから」
そのどうやっても避けられない結末がそのまま、ルーシエさんが私をここでひっ捕らえた理由だった。
何も知らない私がこのまま先へ進んで、挑んで。
今よりもっと悲惨な状況になるのを、未然に防ぐために。
現に今まで、リリーラさんの許可なくこの城から外に出られた魔女は、ただの1人もいないのだから。
いや、本当はダメなのだ。
いくらリリーラさんが魔女狩りだからと言って、管轄でない私にまでそんな行動制限を設けるのは本来、禁則事項にあたる。
たしか魔女狩り協会の定めるなんたら法、第何条とかでも決まっているとかって、まえにリクニさんが教えてくれたことがあった。だけど。
「いやぁ、そりゃそっすけどね。そこはもうアリッちのおっしゃる通りなんすが……。それ言ったとして、あのリリっちがすんなり聞き入れるとはとても思えず」
とは実に、もっともそうな見積もりだった。
ちなみにルーシエさんたち此処に住まう魔女の多くにとっては、この一見して厳しすぎる監視体制にあまり不満も持っていないらしい。だってここセレスディアでは、魔女狩りが魔女を管理するなんて当たりまえのことだから。
「誰か1人に付いてもらわなくちゃにっちもさっちもいかないってんなら、まぁリリっちすかねぇ。たぶんリオっちとかジラっちもそんな感じだと思うっすよ。まぁ確かにちょいと厳しいところはあるっすけど、同性のやりやすさってのもありますし。なんだかんだで面倒見もいいっすからね、リリっちは」
とのことだった。
面倒見がいい? あの人が?
そう問い返したくなってしまうのをグッと呑み込みつつ。
とにかく1つだけ確かなのは、ルーシエさんが止めてくれたおかげで私は助かったということ。
恩着せがましいだなんて、とんでもない。
こんな夜分に、それもわざわざ私のためにと改めてお詫びと感謝を伝えると、ルーシエさんはいえいえと首を横振りしながら言った。
「困ったときはお互い様っす。それに」
「……?」
「爆死しに行くダチ、見捨てらんねぇっすよ」
にこりと微笑みながらかけられたその言葉に、ちょっと嬉しくなってしまう私だった。