8-3.「なんか就任しました」
というわけで。
特技は手のひら返し、趣味は後輩いびりとなかなかのトンデモ自己紹介から名乗りをあげたルーシエさんだけれど。
まぁ結論から言って、全然そんなイジワルな人ではなかった。
どうやらあれは、ルーシエさんなりのノリとか通過儀礼的な何かだったらしい。
とにかく初対面で舐められないようにと、格付けチェックしときたかっただけだそうな。
「ほら、畜生共もよくやってるじゃないすか。羽を広げてバタバタしたり、口を広げあってどっちが大きいか勝負したり。要はアレっすよ。従えるには己をより大きく見せ、へりくだるにはすぐにコロっといって己をマメ粒大まで小さく見せなくちゃダメなんす。これ自然界で生き抜くための極意っすから、覚えといて損はないっすよ」
などと、うさ耳をピョコピョコさせながらしたり顔で言っていた。
要はマウントを取りたかっただけなんですねとは、ひとまず聞き返さないでおいたけれど。ちなみに私を一目見て気に入ったとか言っていたのは本当らしくて、その理由も間もなく明らかになる。
「うらーおチビども~、集まるっすよー! 新参者を紹介するっす!」
外へ案内されてからパンパンとそんな呼びかけとともに集まってきたのが、このワンパクも盛りの子どもたちだったのだ。みんな魔女と聞いたときは驚いたけれど、ともかくこの子たちの面倒を長らくルーシエさん一人で見てきたらしい。
そこからガックと膝をついて、おおんと展開されたのは独白みたいな苦労話だった。
「もう一時期はほんとに大変だったんすよ……。リリっちがあーなのはもう仕方ないとして、人手なんかぜんぜん足りてないのにミルっちが次から次へどんどんチビッ子どもを連れてくるし、リオっちは元よりジラっちもアニタっちも最近はあんまり手伝ってくれないっす。本当はもう1人、ウルっちもいるんすけど……。ありゃもうお子ちゃまっていうか、他人にまったく無関心って感じっすね。まぁある意味、一番魔女らしいっちゃらしいっすが」
だからさっき、私を一目見てピンときたらしい。
なにこの子むっちゃ子どもウケ良さそうな顔してるじゃないっすかこういう人材を求めてたんすよみたいな感じで。なんかあまり褒められているとも取れなかったけれど。
でもちょっと気の毒で、同情はしておいた。
大変だったんですね、と。
理解を示してもらえたのがよほど嬉しかったのか、泣かないでルーシエどうしたのと子どもたちからも慰められたことに感極まってか。
ぶええと感涙するルーシエさんだった。
◇
とまぁ、そんな感じで。
ルーシエさんはぜんぜん怖そうな人じゃなかったし、リリーラさんもあれっきり姿を見せずでひとまず危機的状況は脱している様子。それでようやく私はおずおずながら、いろいろ状況を確かめることができた。
此処はいったいどこなのかとか、なんで連れて来られたのかとか。
子どもたちの手前、いきなり紹介されてなし崩し的に「よろしくお願いします」とか言ってしまったけれど。今なお自分の置かれた状況がイマイチ分かっていないのである。
ルーシエさんもてっきり、私がぜんぶ分かっているものだと思って話を進めていたそうで。
「えっ、リリっちからなんも聞いてないんすか?」
きょとんとされてしまった。
そのうえで「じゃあなんでここにいるんすか」とか聞き返されてしまって、ちょっとややこしくなっていたのだが。
「まさかと思って来てみたら、そのまさかかよ」
そこにシュタリと、向かって斜め上から軽い身のこなし人影が着地してきたのがそのときだ。いったい何事かと最初は驚いたけれど、願ってもない。
その辺りの事情に精通してくれている、魔女で唯一の相手がそこに。
「遊びに来たってわけじゃなさそうだな」
「り、リオナさんっ!」
あれリオっちと知り合いなんすかと、ルーシエさんが意外そうに視線を行き来させていた。
◇
それからまぁ私は、カクカクシカジカとこうなるまでの経緯をリオナさんにお話しする。ちなみにその間、すごい遠くから物寂しそうな目を向けてくるのは、リオナさんの指図を受けていったん退場を余儀なくされたルーシエさんだ。
何だか気の毒になって、さすがにあんなに遠ざけなくてもいいのではとお伺い立ててみたけれど。聞けば、このくらい離さないとダメらしい。
「アイツ、耳だけはムダにいいからな」
その実、微かな音でも何とか拾おうとするみたいに。
ルーシエさんのウサ耳が、忙しなくレーダーみたいに揺れ動いていた。
ともかく。
差し当たってリオナさんが教えてくれたのは、此処があのグランソニア城ということだ。まぁこの広さだし、リリーラさんがいる時点でそれしかないよなぁとは思っていたけれど。
いつもセレスディアの中央に遠目に見えていて、こないだリオナさんから遊びに来いよとお誘いももらっていた城塞。どうやらいま、私はその内部に居るとのことで。
でも結局、それ以外の詳しいことはリオナさんにも分からなかった。
あの野郎いったいどういう風の吹きまわしだと訝しんでいたのは、それくらいこれがイレギュラーな状況だからだろう。
だって私は、リリーラさんからいたく不興を買っているのだ。
理由はまぁ、ちょっと色々ある。
まず背景的なところから話すと、リリーラさんはテグシーさんと同じく、セレスディア全土でみてもかなり珍しい女性の魔女狩りだ。今でこそそうだけど、子どもの頃はかなり偏見の目とか差別に晒されてきたみたいで、とにかく男性全般に強い憎しみを抱いている。
だから基本的に、男性側に与する魔女のことをあまり良く思っていないのだ。それに加えて、なんかリリーラさんはゼノンさんのことが特にキライらしい。詳しいことは教えてもらえなかったけど、なにか過去にトラブル……?とかがあったらしくて、とにかく目の敵にされている。
だからまぁ『アリス』のことも当初から、かなり鼻持ちならない感じだったそうだ。テグシーさん曰く、なんだあのアリスってやつあんな奴の肩持ちやがってみたくなっていた。それが魔女狩り試験なんかに出てきたものだから、ことさら刺激してしまって。
そんなこんなで、リリーラさんは『アリス』のことも嫌いなのである。
大そうお気に召していない。それは魔女狩り試験の三次審査で、鬼門とされるリオナさんをぶつけてきたことからも明白なことだった。だからこそアリシア=『アリス』の方程式は、リリーラさんにだけは絶対バレちゃいけないと細心の注意を払っていたわけで……。
それだから今、この状況がちょっとおかしいのだ。
そんな私をこうして、リリーラさんが手ずから自身の領地内に招き入れるだなんて。(と言っても、ほぼ誘拐だけれど。)
しかも何の制裁を加えるでもなく、無傷だ。
こうしている今も、信じられないことだった。
「いったい、どういうことなんでしょう……? どうしてリリーラさんは私を……?」
「さぁな。ルーシエに任せたってことは一応、面倒みる気はあるってことだろうが」
「面倒?」
「おまえをここの一員として迎え入れるってことだろ、たぶん。なぁ、もっかい聞くがほんとにバレたのか? おまえがその、『アリス』の正体だって」
「……はい、間違いないですよ。私のことそう呼んでましたし、誤魔化そうとしたらヘタな嘘付くなって怒鳴られちゃって……」
「さっきのはそれか……。てっきりまたルーシエがなんかやったのかと思ってたが」
どうやらその怒鳴り声が、リオナさんのところにも届いていたらしいことはさておき。
だから私が『アリス』と見抜かれていることだけは確定なのだ。
疑いの余地はない。
「じゃあ、後はなんだ……?」
首を捻りながら、リオナさんも一生懸命にほかの可能性を模索してくれたが。
いよいよ何にも行き当らなかったのだろう。
苦しげに問いを重ねられる。
「なんかなかったのか? ババァに気に入られるようなことでもしたとか。そうでもなくちゃ説明つかねぇぞ」
「な、ないですよ……。だって私、リリーラさんと直接お話ししたのだってさっきが初めてなんですよ? そんなのあるわけ――リオナさん?」
「……いや、なんでもねぇ」
そのときのリオナさんは、何か深く考え込んでいるような様子だった。