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7-17.「流れゆく雲を見上げながら」


 ゼノンさんが行ってしまってからも、日々はおだやかに過ぎていく。

 そのあいだにもリクニさんを手伝ったり、ルゥちゃんと遊んだりすることはあったけれど。


 やっぱり、1人で過ごす時間が増えたからだろうか。

 この頃は何だか、物思いみたいなのにふけることが多くなっていた。


 何をしていても、気付けばそのことについてばかり考えてしまっているのだ。

 この先私はどうなっていくのだろうなんて、そんな取り留めもないことを。


 ちなみに今日はなんだかんだで珍しい、本当に何も予定のない1日。

 それなのに家にこもっているのが勿体もったいないくらい良い天気なものだから、気晴らしにお散歩に出てみた。


 向かったのは、例によってあの丘の上だ。

 もうあまり1人でふらつくなよとは申し付けられていることだけれど、そこはそんなに心配していない。なにせかたわらには最近、これまたすっかり過保護になってしまったウィンリィが付いてくれているから。


 その柔らかな毛並みをヨシヨシと撫でてやりながら、ちょこんと腰かけた小岩のうえ。流れていく白い雲を見送りながら、私はぼんやりと考えていた。


 果たして今の生活を、あとどれくらい続けていけるものかと。

 というのもかつて、ゼノンさんと交わした約束があるからだ。


 それは私がセレスディアに来てから改めて、ゼノンさん宅に居候いそうろうさせてもらえることが決まったときに、よくよくと肝にめいじられたことになる。「分かってるだろうが~」から始まって、「ずっとここで暮らせるわけじゃないんだからな」と。


 そりゃあもちろん私だって、ずっとプー太郎とかすねかじりさせてもらう気でいるほど太々(ふてぶて)しくはない。見くびってもらっちゃあ困りますとか言いたくなる一方で、内心ではそうですよねぇとションボリなったりもしていたが。


 ともかくおよその期限を尋ねてみたところ、おおむね私のヘタ過ぎる魔力コントロールが多少なりマシになるまでとのことだった。


『そうじゃねぇと他の魔女狩りに任せられねぇんだよ。リクニにはもう、あのルゥとかってガキが付いてるしな。だから俺のところにトンボ返りさせられてきたんだろうが』

『なるほど……』


 ふむりと頷く。

 急な人事異動と聞いていたけれど、中身はそういうことだったのかと。


 うん……?

 ということは、つまり……?

 私がこの調子でヘッポコのままなら、次も自動的に……?


『なぁおまえ、いますげぇロクでもないこと考えてねぇか……?』

『えっ……? ま、まさかー!』


 向けられたジト目にタジタジしながら誤魔化す、と。

 当時はそんなやり取りもあって。


 懐かしかった。

 気付けばもう、あれから決して短くない月日が経とうとしている。


 最初は少なからず、不安もあったのだ。

 ゼノンさんの教え方はとても分かりやすいから『イルミナ』時代と比べたら魔法の扱いもウンと上達したし、結構マシになって来たんじゃないかって褒めてもらえることもあって。もちろん嬉しかったし、そうですよね今のけっこう良い線いってましたよねとバンザイもあげたけれど。


 一方で、違う捉え方もできてしまったから。

 もしかしてその言葉の裏には「そろそろだな」なんて意味合いも込められてるのかな、なんて。あるいはまた「今日で最後だ」って、いきなりお別れを告げられてしまったらどうしようって。


 ひょっとして私が近くにいるのはゼノンさんにとってすごく迷惑なことで、1日も早く出て行ってほしいのではないか。だからこんなにも熱心に教えてくれているのではないか。


 そんな風に考えてしまうこともあった。

 そうしたらもう、どうしていいか分からなくて……。


 でも違った。

 私はもう、知っている。


 ゼノンさんがそうやって、たびたび私を遠ざけようとしていたのは他でもない私のため。自分と一緒にいることで、私にまで無用な火の粉が降りかからないようにするためだったことを。


 ゼノンさんにはこのセレスディアで、とある良くないウワサが流布るふされている。近づくと魔法を使えなくされるみたいな、本当にどうしようもなくて根も葉もない勝手な憶測だ。そのせいでほとんどバイ菌扱いみたいな仕打ちを受けていて。


 だから私は魔女狩り試験に出ることを決めたのだ。

 そこでウンと目立って、『アリス』の実力を示すことができれば。

 少なくとも「近づいただけで~」とかは言われなくなると思ったから。


 それで変なウワサが鳴り止んで、もうゼノンさんが私を遠ざけなくちゃいけない理由もなくなれば一石二鳥とかって実は私自身のためだったりもしたし、とはいえ我ながら希望的観測の詰まった無謀むぼうな試みだったとは思うけれど。


 それでも私にできることなら、何だってやりたかった。

 せっかく『アリス』という仮の姿があるなら、その役割をうんと使い切ってやろうと意気込みでの出場で。


 だけど――。

 結局いま、満足のいく結果にはなっていない。ちっとも程遠い。

 ゼノンさんは依然として、いわれもなくみんなから怖がられたままだ。


 やっぱり例のことが尾を引いているらしい。

 それは遡ること1年と少しまえ、ゼノンさんの周りで起きたという、ある事件。

 ある日を境に、魔力がとても弱まってしまった人がいたと。


 ちなみにその人は、そうなる直前までよくゼノンさんと一緒に居るところを目撃されていたそうだ。だからそれも、どうせゼノンさんの仕業しわざだろうみたくされてしまった。


 しかもそれ、ただのデマや空論ではなかったのだ。

 ゼノンさんにその印象を決定づけた戦犯がいた。


 フールーラー・ポットデール。

 とは、とある雑誌記者の名前になる。


 これまた、ある日のこと。

 どうせいずれ分かることだからとポサり、ゼノンさんから渡されたのがかつてその人が書き立てたという記事だった。よく分からないまま手に取ったけど、すぐに「うん……?」となってムムム、私はむつかしい顔になる。それから。


『ちょ……なんですか、これ!?』


 ちゃぶ台をバンした。

 魔人ゼノン・ドッカーだの、彼が生まれ持ってしまったまわしの力だの、そこでゼノンさんのことが散々にこき下ろされていたからだ。


 ほとんどデタラメじゃないですかと訴えたら、『まぁな』と他人事みたいにゼノンさんは頭をガリガリしていたけど、とにかく私は許せなかった。こんな根も葉もない記事のせいでと。


『名誉棄損です、こんなの……! 訴えましょう、ゼノンさん! 裁判です!』

『落ち着けって』

『私、ぜったい証言台に立ちますから!!!』

『いやだから落ち着けって』


 ヒートアップしてたらドウドウされてしまった。

 これが落ち着いていられますかとも言い返しかけてしまったが。


『え、わざと……?』


 いったいどういうことなのか。

 聞けばとにかく、このままでいい・・・・・・・らしい。


 あまり詳しいことは話せないがと前置いたうえで、ゼノンさんは続ける。

 これはあくまでわざと、意図的に放置している風聞ふうぶんだからと。


『あのゼノンさん、どういうことですか……? わざとって……?』

『言ったろ、詳しいことは話せねぇんだ。とにかく、そっちの方が何かと都合が良かったんだよ。本当はこれも話すつもりはなかったんだが……。まぁなんだ、おまえがまた無茶してもあれだからな。一応、話しとくってだけだ』


 心配してくれてむ無く、ということみたいだが……。

 それにしたって中途半端ではないか。


 もう少しちゃんととか理由があるなら分かるようにとかどんな内容だってゼノンさんの言うことなら信じます私疑わないですとかって食い下がる。でも結局ゼノンさんは、それ以上はっきりしたことを明かしてはくれなくて。


『とにかくこの記事のことは気にしなくていい。半分くらいは本当のことだしな』

『え……? ちょっと待ってください、それってどういう……』

『話は終わりだ。あと言っとくが、いま言った以上のことはリクニも知らねぇことだ。だから妙な詮索せんさくはかけてやるなよ』

『リクニさんも……? じゃあテグシーさんは……?』

『……さぁな』


 よいせと席を立ち、強制的に打ち切られてしまって。

 それが行ってらっしゃいする数日まえの出来事。


 いったいどういうことなんだろう……?

 わざと放置してるって。そっちの方が都合が良い……?

 よく分からないまま、私はモヤモヤするばかりだった。


 とまぁそんな出来事もあったもので、私はいまポヤんとしている。

 私があの人のためにできることは、あと何があるだろうか。

 そうするためのタイムリミットが、あとどれくらい残されているだろうかと。


 実を言うと……。

 あれからどうしても気になってしまって、ちょっと調べてしまったのだ。


 記事に出てきた被害者とされる人物。

 ミレイシア・オーレリーという女性についての詳細を。


 彼女ならきっと何がどういうことなのか、真相のすべてを知っているのではないか。

 ひいてはこんな記事デタラメだってする近道も分かるのではないかと、そう思ったから。


 でもダメだった。どうしても掴めない。

 彼女がいま、何処でどうしているのか。

 その所在や安否についての情報が、まったくと言っていいほど見つからなくて。


 反応からしてテグシーさんやリクニさんは何となく、知ってるような気がしたけど……。

 やっぱり教えてはくれなくて、手詰まりだった。


「…………」


 いつまでも今のままではいられない。

 それは以前、リオナさんからも言われたことだ。

 私が『アリス』でいられなくなるときはきっと、そう遠からずやってくる。


 だからできるだけ、そうなるまえに何とかしたい。

 何でもいいから、手を打ちたいのだ。


 私がこれからも、ずっとゼノンさんと一緒に居られるように。

 それも叶うなら『アリス』じゃなくて、ちゃんとアリシアとして。


 なんなら今すぐにも抗議に行きたいところだ。

 あんなの全部デタラメだ、三文記事もいいところだって。


 拡声器を使った呼びかけでも署名活動でも何でもするのに。

 (頼むからやめてくれってゼノンさんからは言われてしまいそうだけど。) 


 それをされるとゼノンさんには不都合なことがあるらしい。

 いったいどういうことなんだろう……?

 「今はまだダメだ」みたいなニュアンスにも聞こえたけれど。


「困ったな……」


 とにかく八方塞がりの打つ手なし。

 流れゆく遠くの雲をぼんやりと見上げながら、ポツリと呟く私だった。


 改めて、考える。

 もし今まで通りでいられなくなったとき。


 私はいったい誰として、何処どこにいるのだろう。

 何処に、居られるのだろうかと。


「私は……」


 そうして時間だけがゆるゆると過ぎ去っていった。


 だけど――。

 遠からずなんて悠長なことを言っている場合では、もうこのとき既になかったのだ。


 程なくして、私はそれを思い知ることになる。

 漠然ばくぜんと予感だけあった終わりが、もう間近まで迫ってきていたことを。

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