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7-15.「真夜中のウイルスバスター」


 かけた気苦労がムダになった、という点は大いに不服だが。


 ともあれアリシアの微熱が発覚したことで、午後の仕事は強制キャンセル。

 いったん明日に延期ということでリクニに連絡を入れておいた。


 待ってくださいそこまでしてもらわなくて大丈夫ですから私のことは気にせず云々(うんぬん)かんぬんと、その決定を告げるなりうるさくなってしまったアリシアを、まずはまたがんじがらめにして大人しくさせることから始める。


 抵抗できないように鎖でグルグル巻きにして、魔力もしっかり封じ込めつつ近くの町までフウセン扱いで持ち帰った。トンボ返りさせられるのがよほどイヤだったのか、見るからに顔を火照ほてらせながらやいのやいのと抗議は宿に入ってからも続いていたが。


 夕刻。

 ピピピッと鳴ったアラーム音はロビーで借してもらった温度計から。

 その検温結果を見て、ゼノンは顔をしかめるしかない。


「どこが大丈夫なんだ、おい」

「…………」


 もはや顔を真っ赤にしながら、ベッドの上。

 寝間着姿でシュンとなっているアリシアの姿がそこにあった。


 ちなみに顔を赤くしながら項垂うなだれている感じが何とも、こないだメイド服の恰好をさらされたときと似ている。本人的には黒歴史らしいので、ここで指摘するのはひかえておくが。


 ともあれ。

 こんなの微熱じゃないですかいくらなんでも大袈裟おおげさですよというか最近ゼノンさんいろいろと心配し過ぎなんです私だってもう子どもじゃないんですからと。


 さっきまで元気だったのをいいことに散々クレームをあげていた手前、パネルの測定値を突きつけられて体裁ていさいが悪いなんてものではなかったのだろう。


「じゅびまぜんでじだ……」


 思い切り詰まらせた鼻をぐずらせながら、ぼそりと詫びいられる。

 なんでもっと早く言わなかったんだよと苦言を呈したら、「だって久しぶりだったから」とか「こないだもキャンセルしちゃったばかりですし」とか「もう心配かけたくなくて」とか、どうもそんな言い分らしかった。


「ったく、んなこったろうとは思ったけどよ……」


 呆れ半分になりつつ、ゼノンは買ってきた市販薬をプチプチと開けてやる。

 と言っても、たぶん望み薄だろうなとは思った。魔女はあらゆる薬物に耐性を持っていて、ポーションとかも効きづらいとはよく聞く話。


 結局、自然快復するのを待つしかないだろうと。

 これだから魔女はとか、いつものように文句も付けてやりたくなったが。

 いったんは持ち越すことにして。


「とにかく、今日はもうこれ飲んで寝ろ」

「あい」


 短い司令をしかと拝命するなりズリズリ、粛々とベッドに潜り込んでいくアリシアだった。



 ◆



 ちなみに、その夜は荒れた。

 荒れに荒れての大わらわである。


 何がどれくらいとはうまく言えないことだが。

 ともかくすべてが終わった今、ようやく安堵の息を付けているとそんな状態だった。


 ベッドの上に腰を落ち着けながら、全力疾走した直後のようにドッと息をつく。

 ふと窓の外に目を向ければ、シンシンと月明りが灯っているわけだが。


 それが何ともまぁ、静かな夜ですねとも言いたげで腹立たしい。

 こちとらつい今しがたまで、うねる大蛇と全身を使って格闘していたようなものだというのに。


 なんにせよ満身創痍で、ふぅと呼気を落ち着けるゼノンだった。

 ちなみに今、室内は荒れ放題の散らかり放題だ。


 物損ぶっそんこそ防いだものの小物類があちこちに飛ばされ散らかっているし、いま腰かけているベッドなんてフレームごと位置ズレしている。きれいに伸ばされていたはずのシーツはぐしゃぐしゃで、枕もかけ布団も吹っ飛んでいた。(くだらないダジャレが言いたいわけでは決してない。)


 ともすればこりゃ片づけるのも一苦労だぞと、たまらず表情をゆがませるしかない。ちなみにそれをやった張本人は、そんなゼノンの傍らで丸くなって。


「ほんとに、どこが大丈夫なんだよ」


 人の気も知らぬそうにスースーと、透き通った寝息を立てていた。



 ◆



 何があったのか。

 早い話があれだ。例の夢遊病みたいなやつ。

 『血の目覚め』などとも呼ばれていたか。


 ともかくつい今しがたまで、あれが起きていたのだ。

 トリガーは恐らく、この発熱だろう。


 『目覚め』が起こる要因の多くは、感情の高ぶりだったり、当人が命の危険にさらされることだ。つまるところ、一種の防衛本能みたいなものになる。


 なかなか熱が収まらないものだから、たぶん体が勘違いしてそれが発動してしまったのだろう。今の今までバチバチと、それはすごいことになっていた。


 高熱にうなされていたアリシアの体がいきなり浮き上がったかと思えば、そこを中心としてビュービュー風が吹き荒れ、ミニ台風みたいな乱気流が発生する。おいおいおい冗談だろと、おしぼりを交換してやろうとしたところでゼノンはいきなりその対応に追われるハメとなった。


 しかも今さらのことだが、これがとんだ暴れ馬なのだ。

 日中の不調はどこ行きやがったとクレームも散々入れてやりたくなりながら、荒ぶる魔力を力技で封じ込める。


 だが無理に押さえつけようとすれば、いよいよ本格的にこちらがエネミー認定されかねないと懸念もあって、とにかく魔法が飛び火しないよう抑えることに徹するしかなかった。


 わりと全力でことに当たった。

 あっちが漏れて塞いだら、今度はこっちから噴き出すみたいなバタバタが続く。

 俺は大工じゃねぇんだぞコラとツッコミも入れつつ、うおおおとなって。


 ――ようやく手にした、この静けさである。


 心境で言えば、嵐を乗り切った難破船みたいな感じだった。

 ドッと疲れが押し寄せて。


 ちなみにコトの発端であるアリシアはいま、そんなゼノンの傍らで丸くなって寝ていた。


 定かなところは不明だが……。

 あれだけ膨大な魔力を放出させていたのには、体内のウイルスバスター的な作用もちゃんと含まれていたのだろうか。


 その寝息はスースーと透き通って、熱もだいぶ下がった様子だった。


「ったく、人の気も知らずにスヤスヤと」


 腹いせにデコピンくらいくれてやろうかとも迷ったが。


「……ん?」


 そのときゼノンは気付く。

 気付いて、プイと思わず目を逸らしてしまう。


 というのも眠っているアリシアの着衣が、そこそこみだれていかがわしい感じになっていたからだ。無理もないと思う。なにせさっきまであんなに風を巻き起こして、パタパタはためかせていたのだから。


 とにかく問題なのはあと少しで、プライバシーに関わる部分も見えそうになっていることに尽きた。


 困った。瞑目する。

 でもこのまま放っておいて、朝になってあらぬ嫌疑をかけられる方がよほど迷惑で心外だった。だからなるべく直視だけはしてやらないようにして、外れたボタンとかを留め直してやるしかなくて。


 そんな作業の途中のことだった。

 ふいにゼノンの手が止まる。


「…………」


 マジマジと見下ろす先にあったのは、アリシアの白い細腕だ。

 まくれてしまった袖を戻そうとして、見つけてしまったのだが。


 そこにあったのはいくつもの黒いシミ。

 何か細い針を刺したかのような痕跡が、無数に認められて。


 目を逸らすことなんて、できなかった。

 だってそれは他の誰でもなく、自分のせいでアリシアの体に残ってしまった注射痕だから。


 あのとき地下で何が行われていたのか。

 その真相をもう、ゼノンは知っている。


 見たのだ。

 魔力の痕跡から『場所の記憶を辿るアルカディアス』と呼ばれる古い魔法を使って。あまねく『光』の粒子によって描き出された過去の再上映――その断片を。


 できることなら避けたい手法だった。

 なにせその魔法を使うには最低でも1人、さかのぼりたい過去に居合わせていた当事者が必要と制約があるからだ。しかも強い、『光』属性の素養がなくてはならない。


 条件を満たしているのは1人しかいなかった。

 つまりはアリシアをもう一度、事件があったあの場所に連れていかなければならないということで。だけど――。


『もうそうするしか、真相を知るすべはないだろう』


 それがあの日、繭の外に出てからテグシーの下した判断だった。

 思い出させるよりはいいかもしれないと。だからせめてアリシアのことは眠らせて、テグシーとともにゼノンもその場に立ち会ったのだ。


 そうすることはゼノンにとって責務だった。

 自分のしたことが、結果としてアリシアにどれほどの傷を負わせたのか。

 その事実から目を背けるなんて、絶対にできなかったから。


 そうしてゼノンはすべてを知った。

 思い知った。


 今まで自分が、どれほど事態を軽視していたのか。

 そしてなぜアリシアが、あれほどまでに水を怖がるようになってしまったのか。

 その理由も含めて。


 何より。

 もしあのとき『血の目覚め』が起こらなければ。

 きっと今ここにアリシアは居なかった。

 本当に死んでしまっていただろう事実も。


 だからこそ目を逸らすことなんてできなかった。

 してはいけないと、強く思った。


 ごめん。

 小さな声でそう、ポツリと呟く。

 傷跡をそっと指でさするようにしながら、それを繰り返す。


 悔悟の念は尽きない。

 やっぱりセレスディアに来た時点でちゃんと、この少女と決別しておくべきだったのではないか。自分と一緒にいなければ、こんなことにはならなかったのではないか。


 それはもう何度も、ゼノンの脳裏をよぎった悔悟だ。

 やっぱり今からでもそうすべきなのではないかと、時おり迷ってしまうこともある。

 せめて、あの件・・・が片付くまではと。


 けれどその度に深く、自らをいましめた。

 何のつぐないになるというのか。

 今さらこの手を放したところで、アリシアの負った傷は消えない。

 えることなど、決してないというのに。


 間違えるな。

 自分にできる唯一の罪滅ぼし、それは。


 繰り返さない。今度はちゃんと、と。

 あの日、この子が受け入れてくれたなけなしの宣誓せんせいと約束を反故ほごにしないことだ。


 それしかない。

 それ以外に許される道などない。決して。


 ――決して、だ。


 だからもう、二度と繰り返すものか。

 たがえはしない。


 穏やかな寝息を立てる少女の手をそっと取り、ゼノンは己の内にその誓いを確かめる。


 必ず守るのだと、今一度。何度も。

 ただ、己の内に確かめていた。

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