おせっかいなもんです。
今日も今日とて平和な平日。ちょっと前までの緊張はどこへやら、なんだか数年前からここにいたような、そんな落ち着いた気分で始業前の教室で、朝の学校の時間をすごすのです。
私は、静かに読書する夏生ちゃんの隣をキープし、穏やかな時間をゆっくり楽しんでおりました。
「おはよ、ユズル、ナツキ」
その平穏を突き破るようにして耳に入るは、高飛車な声色と、こつこつヒールが床を叩く音。
ううわ、わがまま娘の御登校です。今朝はなんだかちょっとご機嫌そうです。
夏生ちゃんは振り返り、小さく口を開けました。驚いたように。
「何、その頭に引っかかってるやつ」
すかさず私も彼女をいじります。いじられるまえにいじります。先手必勝!
「男同士の語らいに割って入るとは無粋ですなぁ……」
彼女のゴキゲンさにピシリと割れ目が入ったかと思うと、すっと不機嫌が降臨なさる。
頭になにかを引っ掛けた乙女、と呼ぶにはいささか下品な女の子、瞳ちゃんは朝から猫かぶりをあきらめたようです。王子系美少年ナツキちゃんは、しおりを挟んで本を閉じます。どうやら読書という殻から外に出てきてくれるようです。
「これはヘアバンドですぅ。女子力なさすぎ」
「俺女子じゃないもん」
プンプンする彼女は、今日も見た目は可愛いご様子。ヘアバンドで今風にアレンジした長い髪。白くて不思議なデザインのブラウスに、シュッとしたスカート。ボリュームのあるブラウスから伸びる細腕が、細い腕時計と相まってなんとも可憐です。足元は、ヒールのきれいなパンプス。中身がああじゃなかったら、清楚で素晴らしいのに。
「女子とかじゃなくてさあ、」と彼女は呆れ気味にドンとかばんを机に置き、腰を下ろします。「夏生はもっと気を使いなよ、身だしなみに」
身だしなみといったら、彼ほど清潔感漂う男子もいないでしょうに。
「キメ過ぎないところがいいんです。そこが夏生ちゃんの魅力です」
「キメ過ぎないどころか、少しもキメようとしてないから、この人」
と、彼を指差しながらげんなりした顔をする瞳ちゃん。
女特有の「自分のことはさておき男の身だしなみチェック」談義に興じていると、夏生ちゃんは本を読み始めてしまいました。それでもガミガミうるさい我侭娘に対して、面倒くさそうに一言。「服なんて、何着ても同じだろ」、と。本から目を離さないところは相変わらずです。
「これだから男にはうんざりする。『何きても同じ』なんて、聞き飽きたの。顔はそこそこいいのに、まるで駄目!」
まるで全ての男性を見てきたかのように語る不遜な女豹。過去のどんな経験を引っ張り出しているのか存じませんが、聞き飽きたとのたまう瞳お嬢様。それが彼女たる所以なのですが、偉そうなことを大声で言っちゃうあたり、実に恥ずかしいことです!
「別にどうでもいい」
「だめ!」私を押しつぶすようにして夏生ちゃんに詰め寄る彼女。「雰囲気に合ってない。だいなし! ホラ、穣みたいな服が似合うと思うけど」
彼は本で口元を隠し、私を横目に見ます。そしてぼそり、はっきりしない声で「甘川の服、高そう」と言いました。
「服に金かけるなんてもったいない。俺、金無いし」
「たくさんは必要なんてないのよ。上質なのを数点、ってだけでいいじゃない。お洋服って、幸せよ?」
なんでわからないのよ、という調子で彼女は力説します。
殿方の信念を変えさせ、自分の思い通りにしようだなんて、おこがましいことです。私は、ありのままのあなたをそのまま愛しますよ?
そんな瞳ちゃん、ああは言っていますが、ナツキちゃんのためを思ってるのかもしれません。
……いや、そうでもないか。自分の傍に立つにふさわしい装いかどうかってのが問題点なのでしょう。美容や服などファッション全般は、個人の美意識や価値観によりましょう。実に放っておいて欲しいフィールドです。
ぴこーん。
あ、そうだ!
いいことを思いつきました!
「ではです。今日、私……じゃなかった、僕の従兄が働いてる洋品店に行きませんか」
一人称を「私」から「僕」に変えるのは気が進みません。夏生ちゃんは変な顔をして眉を寄せました。 いや、貴方の気持ちもわかります。気持ち悪がるのも無理はありません。しかし許してほしいものです。
瞳ちゃんに一人称を変えるように脅迫されたのです。
「……甘川のイトコ? 興味ある」
夏生ちゃん。あなた、私の従兄に興味があるんですか? お店は?
面白がっているのか、それとも何なのか。
とまれ、釘を刺しておきましょう。
「……僕とは似てはいませんよ。おまけに変わった人です。よろしければ、放課後お連れしましょう」
「お連れするって……、甘川ってこの街育ちなのか」
「ええ。この辺はホームです。お二人とも、出身はどこです」
「あたし、実家は都内。でも、一人暮らししたかったからマンション借りたわよ」
夏生ちゃんは聞こえていないのか、答えません。瞳ちゃんがつついて促しました。何故か、しぶしぶ、と言った調子で答えます。
「俺も、実家は……都内」
「やっぱり! なんとなくそんな気はしてた。ね、高校どこ? 私はね……」
うんぬん。
二人は私の知らない東京都民トークで盛り上がっています。ずるいです。リンセーコーコー? すごくない? と驚く瞳ちゃん。ああ、凜聖高校なら私も知っていますよ! 高校生クイズ大会とかロボコン大会の常連校じゃないですか。
「でも、今は兄貴と二人でこの辺に住んでるけど」
慶浜大学は、都内から通えなくも無いです。にも拘らず、この辺にアパートを借りるだなんて。そう考えたら、「お金が無い」という自己申告はまず疑わしいものになりました。
「お兄さんいるの。……ノーマル?」
「いや、残念ながら」
目に見えて落胆する瞳ちゃんでした。
そうこうしているうちに、一日のスケジュールは終わります。近頃は、まだ第一講目といったところで、授業説明ばかりが続きます。私たちは、未だ学問の門をくぐってすらいないのです。早くいろんなことを学んでいきたいものです!
しかし、航行の授業よりも長い授業時間。時々メモはとるものの、ほぼ聞きっぱなしでは飽きてきます。それでも、大事な話をちゃんと聞いて、各々が判断したり、把握しておかなければいけません。今までのように、先生が一々教えてくれることは無いでしょう。これまで以上に強く、学生としての自覚と、自立心を持って臨まなければなりません。
が。
その点において、私の両脇の美少年少女はまるで駄目だと思います。スナイパーがごとく目を光らせて男チェックしてたかと思えば、すやすや眠ったりしてる瞳ちゃん。もくもくと本を読んでいるナツキちゃんも、話を理解できているか甚だ疑問です。
でも、いざとなったらナツキちゃんは私が助けるから大丈夫です。傲慢お姫様には、教えてあげないっかな~。
甘ちゃんそうなこの子は、ちょっとくらい痛い目を見たほうがいいのです!