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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
最終章
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おまけのプロローグ:葉月の納口上

 穣が興奮しながら僕に電話をかけてきた時のことを思い出す。ちょうどその日は愁一の受験当日だったので、僕は上宵浜駅付近でふらふらしていた。電話越しの穣はすごく興奮していて、スピーカーが流す彼女の声は割れていたよ。


「貴方は逃げています!」


 僕は逃げていたんじゃないよ、待っていたんだよ。


「私は、忘れることでも幸せになれるって言い聞かせて逃げていましたけどね、それじゃ駄目なんです。今諦めてしまったら、鍵を握っていた僕らは生涯きっと後悔します! だから私は全てを話しましたよ、夏生ちゃんに!」


 よく言ってくれたね。……少し、遅かったけど。頭の中の計画を、少しだけ修正した。そうしてから、たっぷり落胆ように声を小さくする。


「あれほど、夏生には言っちゃ駄目だって言ったのに、」


 うそ。


「黙ってなどいられませんよ!」

「じゃあ、君はどうするんだい?」

「その質問、そっくりそのままお返ししつつ、答えてさしあげましょう。……決まってるじゃないですか。貴方が何もしないと言うのならば、僕がやってやります。花婿泥棒をしてやるんです。僕、いいえ、私が!」


 僕は携帯電話を耳に当てたまま、これ以上ないってくらいに微笑んだ。

 だって、最高じゃないか。穣も、僕と全く同じことを考え付いたのだから。最高にばからしくて幼稚なことをするんだって。僕としては父さんに恥をかかせるには一番の方法だと思ってのことだけど、きみにとってはロマンティックだからだ。ロマンと幻想には、必ず、底知れない不穏がつきまとう。(だって現実はメルヘンじゃないからね。)それでもあえてきみは、夏生を救いたいと言ってくれる。僕の弟を、幸せにしたいと言ってくれる。きみは、夏生を好きでいてくれているんだ。

 僕一人では出来ないことだ。君の覚悟がどうしても聞きたかった。それも、君から僕に、訴えるくらいの。


「――言ったね? じゃぁ、いい考えがあるんだけど、今から慶浜大学の近くの珈琲屋さんまで来てもらおうひかな」


 突然態度を急変させた僕に、彼女は戸惑ったようだった。

 ……ねえ。僕は嬉しくて、興奮して、笑みがこぼれたんだ。穣、僕が何もしないで見てるわけがないじゃないか。僕は僕の『白鷹』も、夏生の幸せも、どっちも捨てないんだから。

 

 それからは、結婚式当日を見ての通り。

 え? 僕がさっさとみんなに全部言えば良かったって? それじゃ駄目だ。それじゃ僕の意志でみんなが動いたことになる。そんなの第一詰まらない。「顔をあげるまで、気付くまで、僕は手を差し伸べない」。勿論、情報は適当な時期に流す。でも、それを受け止めて、どんな行動に出るかは、完全に僕の手中を離れることになる。だからこそ、覚悟は決めていた。どっちに転ぶか。このまま二人は終わるか、それともストーリーを歩むか。

 そんな僕を、穣は怒った。珈琲屋でのことだ。


「貴方は悠々と構えてる場合じゃなかった! 私が知らん振りを貫いたらどうするつもりだったんですか! 遅すぎたくらいです! はたまた、夏生ちゃんが結婚式で何も動かなかったらどうするんですか!」

「その時は、僕の負けだから」


 僕は目を伏せて珈琲をすすろうとした。しかし、彼女はテーブルを拳で叩き、僕の注意をひきつけた。


「これは貴方の勝負じゃない!」


 格好つけて珈琲を飲んでる場合じゃない、と聞こえたことは黙っていた。


「いいですか! 当日、夏生ちゃんが動かなかったら、私が乗り込んで殿宮時雨を掻っ攫うことを宣言します! ああ、馬鹿馬鹿しい。敵に塩を送るなんて。貴方も可愛い顔して鬼畜ですよ!」


 僕に指を突きつけたり、頭を抱えたり、両手を振り回したり、そんな動きとともに喚いてるので、微笑ましくなってしまった。感情を爆発させることのできる彼女が、凄く好きだと思ったんだ。


「……ふふ。君は僕の知ってる誰よりも男前だよ。男だったら抱きたいくらいだ」

「葉月さんっ! 私は怒っているんです!」


 ああ、やっぱり、夏生はこの子に出会って本当に良かったな。

 ちょっと、反省した。一番諦めた姿勢だったのは僕だったのかもしれない。いや…反省すべきことはそれだけじゃない。かすかに髪を引いている夏生への執着と、時雨さんへの恨みが僕を不合理に働かせたのかもしれない。

 ちょっと痛くなった心で、試験を終えたばかりの愁一を抱きしめた。

 ここにきて僕はようやく、神様は無慈悲なわけじゃないってことを理解したんだ。修一こそが、僕の天使だったのだ。この子が、溢れんばかりの愛を僕にくれたこと。僕の執着を溶かしてくれたこと。それは救いじゃなくて、僕が罪をあがなうためにもたらされたものだ。僕は二人のために奔走しなければならないということが、目に見えてわかったんだ。

 でも、ちょっとくらい、スリルを楽しむ心は持っていてもいいよね? だって僕にはもう、悪魔の羽根しか生えていないから。





 両親には後で大目玉を食らった。でも、追い出されたのは夏生だけだった。(僕がしでかしたことだったんだけどね。)夏生は本当に嬉しそうに出て行くんだ。……僕は、もう夏生を引き止めたりしない。

 一方、殿宮家の方はゆるいもので、ちょっと面白がってさえいる。そもそも母方の祖父様と祖母様は、歳の差カップルで、お互い二度目の結婚だったんだ。「愛」が人生でどれほど大事かを身を持って分かっていらっしゃる。……夏生はそのうち「殿宮夏生」になるかもね。

 でも、相手方への謝罪やら何やら、訴訟には至らなかったけど、大変ではあったようだ。

 式前に婚姻届を出していなかったことが、不幸中の幸いというか、なんというか。

紹介元となった『白鷹』は、相当の名折れだ。僕がしでかしたことだ。僕の代に報いが回ってきても仕方がない。信念を持った結果だ。受け止めるよ、勿論。それが、このロマンと幻想のために支払ったもののツケだとは思わない。これから先、もっと大きなものの返済を求められるかもしれない。

 ひとまず、幕引きはここにしよう。

 随分遠回りしたけど、「幸せ」と言える終劇だよね。

  


 一人、切ない結末を迎えた穣を除いて。


 ちょっと彼女について話そうか。

 彼女は、桜の咲いた新学期、見事な「女の子」となって僕らの前に現れた。男の子姿も格好良かったけど、今も可愛いんだ。

 また、いつものように中央広場で、あの子達は仲良くお昼ごはんを食べていると思うよ。


 穣が生涯の王子様を見つけるのは、もう少し先のお話………。








オワリ。

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