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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
最終章
72/74

オワリ その1

「新婦のご入場です」


 ゴスペルの女性陣が、力強くも神々しい声を響かせると、結婚式教会の華やかな戸は開かれ、美しい純白のドレスに身を包んだ女性のシルエットが、くっきりと浮かび上がる。

 父親に手を引かれ、彼女の長いドレスは赤いバージンロードを流れる。女性の、生涯で最も幸せな瞬間。暖かいオレンジ色の照明とろうそくの光の中、ベールの向こうの彼女の目線は、長年自分を支えてきてくれた優しい父親から、祭壇の前で自分を待つ生涯のパートナーに移る。

 教会内は、柔らかい切なさと祝福の粒子が飛び回り、早速、来賓の涙を誘う。花嫁は、白いグローブに包まれた細い手を、父親からそっと離す。

 神父は、聖書を前にして、慣れた様子で朗読していく。時折顔をあげては、新郎新婦の目をきらきらした青の瞳で覗き込み、笑みを送った。やがて、会場は静かな祈祷に包まれる。ゴスペルの先導の元、全ての人は、幸せを享受する二人の為に歌を歌う。

 そして、穏やかに、神父は人々に問いかける。


「……そこで、出席の皆さんのうち、この結婚に正当な理由で異議のある方は、今ここで、それを申し出てください。今、申し出がなければ、後日、異議を申し立て、二人の平和を破ってはなりません」


 誰もが、この言葉に気も止めず、二人の誓いをすぐにでも目にすることを望んでいた。神父でさえも、まさか遮られる日が来るだなんて想像もしていなかったであろう。

 まさに次の言葉の音に差し掛かる瞬間、会場には高らかに青年の声が響いた。


「時雨さん!」


 新郎は誰よりも早くその声に肩を震わせた。彼は、勢い任せに振り向くのだ。何度もこうして自分を呼んで、その度に応えたくて堪らなかった、その声に。彼は見なくても分かっていたが、確かに彼だった。着席した来賓の中でただ一人起立している、まだ若く美しい青年。全ての目という目が彼に突き刺さっていく。

 声を上げてしまった自分自身に驚いたように彼は口を押さえた。しかし、今にも消え入りそうな彼の背を隣の人間がそっと押す。ミルクティ色の髪をした天使の様に愛らしい青年だった。彼は「天使」に頷いてみせると、二人きりで座っていたその長椅子から抜け出す。衆人環視のもと祭壇に向かって一歩、また一歩、足を進めた。誰も一言も発さず、ただ彼の美しさに打たれたように見入っていた。前方の椅子に着席していた白髪交じりの堂々たる男性だけが我に帰って立ち上がろうとしたが、ところが、その腕は、背後にいた「天使」にしっかりと抱え込まれ、立つ事は叶わない。

 青年は、驚きと戸惑いで目をむいたままの新郎の傍へ佇み、見上げると彼だけに聞こえるようなか細い声で、言った。


「異議は、有ります。俺は、神に誓って、貴方を愛しています。誰にも、渡したくはありません」


 花嫁が、「ヒッ」と小さく息を呑む音が聞こえた。気の遠くなる静寂と緊張の中、新郎は、ゆっくり瞼を閉じ、やがて意を決したように開くと、迷いの無い眼差しを青年に突き刺した。


「……神に誓う。俺は、夏生、お前を愛している。ずっとだ!」


『ずっとだ』、そう新郎が大きな声で教会のドームに響かせると、それを合図にしたように、先程閉じた戸が再び大きな音を立てて開いた。


「お二人、こちらです!」


 黒髪の、スーツを着た青年が祭壇の前の二人に叫ぶ。

 呆けたまま地面に縫い付けられている二人を、「天使」は手を引いて床から引き剥がした。三人はあっけに取られる観衆の中、紅蓮のバージンロードを駆け抜けていく。

 白髪交じりの紳士は、三人の後を追って席を立って追いかけだした。新婦の父親も、立ち上がった。三人が、戸を通り抜けるや否や、追いかけてきた二人の男性の目前で、絶望的な音を立ててドアは閉じた。

 そのドアの外側には、着物姿の、黒髪の不気味な男が寄りかかってドアを封じている。鍵は閉じられたようだ、内側から激しく叩く音がする。彼はひとりごちる。


「……森栖君と甘川先生の娘さんの頼みとあっては打ち捨てるわけには参りません……。ほんの数分、足止めさせていただきます……」


 四人の青年達は、広い駐車場を全力で走っている。駐車場の真ん中に、大きくも真っ赤なオープンカーが唸りながら待機している。『さらば青春の光』から抜け出してきたようなモッズスーツの英国風な青年が、そのハンドルを握っている。


「ホラ急げ、『卒業』だよ、花婿泥棒!」

「『卒業』の先まで僕らは行きますよ!」


 黒髪の青年は助手席に飛び乗ると、運転手の言葉にかぶせた。後部座席には、戸惑ったままの新郎達が押し込まれ、「天使」が最期に身体を滑り込ませる。すると赤いオープンカーはすべるように結婚式場を飛び出すのだ。







「……おいおいおい、なんだよ、この用意周到な茶番劇は、」


 額に手を宛がって可笑しそうに笑った新郎の言葉に、携帯電話を耳に当てたままの黒髪の青年は後部座席を振り向いて微笑んだ。


「これから本物の会場へ向かいますよ? ねえ、王子様」


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