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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第六章
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嵐の前の静けさ

 冬休みは空けるとすぐにテスト期間です。文学部ともなれば、テスト以外にもレポートが課されることが多々あり、そいつに泣かされます。図書館で、参考文献も早めに借り出しておかなければあっという間に無くなり、しょっぱい経験をすることになります。

 テスト期間が終わると、またまた春休みに突入です。気楽なモンです、大学生ッてのは。こんなに遊べる長期休みが一年に何度も有るなんて、人生でこの時期しかありません。故に、人生のモラトリアム!

 まぁ、春休みに思いを馳せるのもいいのですが、まずは目先のテストです。ところが私は、学校の図書館の勉強の熱気にアテられて、上手いこと集中できません。上宵浜の中央図書館では、受験生達が机を制覇しています。ああ、間も無く世間はセンター試験。中川愁一くんと白鷹睦月の健闘を祈ります。

 そんな、新学期も始まってしばらく経った昼下がり。珍しく母のお弁当を持たず、学生食堂で一人昼食をとっていました。


「ここ、いい?」


 そうことわって座ってきたのは、夏生ちゃんと瞳ちゃんです。あけましておめでとうございますと、我々は神妙に挨拶を交します。


「どうしたんです。珍しく二人揃って」

「さっきの講義一緒だったのよ」

「『文化人類学』ですか。専門外だし、あなた達に似合わないものを取りますね」

「え? 何で?」


 私は、つねにこぎれいで汗もかかなそうな二人のいでたちを、感慨深く眺めます。


「おもしろかったよ。なぁ?」

「まぁ、来週テストだけどね」


 不思議です。こうしてまた、だらだらと授業の話をして、下らない話をして、一緒にいられる。これで良かったんじゃないかと思います。また、夏生ちゃんの、気負わない笑顔が見ることが出来ます。付き合っていたときは、どこか無理していたのも、私は気づいていました。


「……でさ、あんた達、ビックリしたわよ。クリスマスの次の日、別れたなんて言うから」


 夏生ちゃんと私は、同時に茶を噴出しました。


「姫草……それをなぜ今言うかな……?」


 夏生ちゃんはワイルドにぐいと拭きながら苦笑します。


「恐ろしく配慮が無いですよね、この子。でも、私はもう平気ですよ」

 

 私を哀れんだ目で見ないでください。


「夏生ちゃん、友達やめるったって許しませんからね!」


 すると、顔の力がぐっと抜けたような明るい笑みを見せてくれました。


「……そんな事言う訳無いだろ。姫草も、甘川も、最初は変なやつだと思ったけど、今は友達になれてよかったと思う」

「やだ夏生、気色悪いこと言わないでよ」


 瞳ちゃん! そういう茶々、空気台無しですから。「失礼ですよ!」とどついても、そういうアンタも半笑いだと返してきます。


「……君たち本当に女の子? こういう時、優しく微笑んでくれないの?」


 夏生ちゃんは白い目で我々を見るのです。

 

 そうして穏やかに、私達の日常は流れていきました。それが、嵐の前の静けさだということは、知らないものなのです。知っていたのは唯一人、葉月さんだけです。

 葉月さん…というか「写真研究会」から自宅に葉書が届きました。住所を伝えれば、彼らは展覧会情報を送ってくれるのです。春休み入ってすぐの2月に、冬季の学内展示会が再び催されるとか。

「来てね~!」っとマジックペンで走り書きが。恐らく葉月さんのサインです。可愛らしい。

 迷わずそのまま受話器を掴み、殿宮時雨に電話をかけました。あ、いつの間にやら電話番号教えてくれたのです。大概彼も「ツンデレ」です。


「殿宮さん、葉月さんがまた展覧会で出展するそうですよ?」

《そうか》と、短い、味気ない返事。

「見に行かないのですか?」

《行けない。……忙しくてな》

「私、聞きましたよ。貴方が『取引』したって。だからあの兄弟に会えないのでしょう」

《……誰から聞いた》


 なんだか、あたりを憚るようにそっけなく抑えた声です。仕事中でしょうか。いいえ。そうだとしたら、そもそも私からの電話はとらないのでは?


「さぁ。貴方は隠し事が多くて、挟まれた僕は困ります」

《まぁいい。俺は行けないんだ。どんな作品だったか教えてくれ》

「口で伝えられる訳無いでしょう! 来たら良いんです」


 しばらくの沈黙の後、呻くように彼は答えます。


《……いけねえよ》


 と、その時、電話口に女の人の声が聞こえてきました。「殿宮さん? いかがなさったの?」なんて声が。乙女の勘を舐めてもらったら困ります。貴方はもしかして、もうすでに、家庭の人なのですか。


《夏生は、元気か、》


 悔しくて、口惜しくて、恨めしくて。私はこの男に罵詈雑言を浴びせてやりたくなりました。しかし、震える声が紡ぎだしたのは、至極冷静で演技じみた台詞です。


「……自分で確かめたらどうです」

《また掛け直す》


 そして電話は切れました。結局、彼からの折り返し電話は、掛かってきやしませんでした。確かめるのが怖くて、 殿宮時雨の消息を確かめることはもうしませんでした。

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