正月は気が抜けた紙風船のよう。
お正月と言うものは、どうも気が抜けた紙風船みたいなものです。
甘川家では毎年、年末から母の実家に帰り、三箇日とちょっとを其処で過ごします。父、清秀には、親族がおりませんので、父方へ挨拶することはかないません。元旦の午後には、森栖一家が挨拶に来て、お雑煮を食べるのです。
若輩者の私と敬之兄さんは、親戚の方々のお食事のお手伝いで始終バタバタしています。兄さんは、森栖家の集いでは、もうどっしりかまえている殿方なのだそうですが、母方の甘川家ではそうもいかないのです。むしろ、すすんで女衆に手を貸してくれるので、「ケイちゃん」なんて言われて可愛がられます。
そんな我々が休める事になった午後4時くらい。すでに空は薄ぼんやりと暗いのですが、二人で散歩に出かけました。のどかな田んぼ道を、てくてくと二人で歩いていきます。
「……兄さん、どうしたら良いんでしょう」
「それは夏生くんが考えることだ」
「そうでしょうか……このまま黙っていていいのでしょうか」
「『男の約束』だろう?」
「……うまくいかないものですね」
カラスがここで鳴くのは、お約束です。
「ところで兄さんはまだ結婚しないんですか? いつまでプラプラしてるんですか?」
「何言うんだ! 俺はまだ二十代だっ!」
「そんな事言ってるといき遅れますよ~。彼女は居ないんですか?」
「仕事が恋人ッ!」
「……兄さんも相変わらず花が咲かない人ですね」
ちょっと清々しくなって笑いました。そんなにショックや悲しみは今はありません。今はただ、振り出しに戻っただけのこと。それだけです。
◇
正月のほとぼりも冷めた頃、上宵浜に戻ってきました。土地の神社にでもお参りしようかと、街へ出てきたところです。さて、どうせなら暇そうな千堂でも誘ってみましょう。携帯電話をいじります。
《ワ~リィ! 俺もう行ったわ。つか、もう5日じゃん》
と、適当そうな返事。
「違いますよ。私に付き合えと言っているんです」
《ふざけんな。何で甘川の為にわざわざ寒い中出て行かなきゃならねえんだ》
多分、耳をかっぽじりながら喋ってますよ、この男。
「イヤイヤ、そちらの電話口の向こうざわざわしてますけど! 完全に街中ですよね?」
《あ~うるせえな。今デート中なんだよ、切るぞ!》
「デート? ちょ、まちなさい……! あ、すみません、…………あ。」
人にぶつかりました。「あ、」と相手が驚いて、「甘川!?」と叫ぶのです。どうやら私は今まさに、電話を切ってポケットに入れようとしている千堂とぶつかったのです。
「ヨシくん、この人誰? 超カワイイ~。女みたいぃ~。友達ぃ~?」
その傍らには、黄土色の髪のケバい人……イヤイヤイヤ。訂正します。その傍らには、キャラメル色の髪の、お人形のように綺麗なお肌とたっぷりの睫毛、はっきりした目の輪郭を持った女性。まさしく千堂義也、デートをするの図!
千堂は一瞬で状況把握の上、最適な答えを導き出しました。結論。私を男として扱うこと。
「ああ。大学の友達。専攻違うけど学部が一緒」
「マジぃ。じゃぁ、さっきの電話この人からだったんだぁ~」
「うん。ゴメンな、コイツ最近失恋してさぁ、電話無視できなかったんだよ」
「ええ~可哀想ぉ~。マミも相談乗るしぃ、よければ話し聞くしい」
マミさんは、大量の買い物の痕跡と見られる紙袋をユサッと言わせて食いかかります。ちらりと千堂を見上げましたが、ニコニコしてフォローの気配なし!
「ねえ、そこのマックはいろ。寒いし。ね、いいでしょ、ヨシくん」
「ああ、いいよ」と快諾する馬鹿千堂! 何が『イイヨ』だこのええかっこしいめ。 彼女の高いテンションに引き摺られるように我々は店内に入りました。
「で。何々? 何があったの~!?」
別に何もないと言いかけた私を制止する千堂。
「コイツさぁ、どう見ても草食系だろ。ナヨいからフラれっちまったんだよ」
「あー……確かにぃ。マミの好みではないかなぁ。でもお、そういう系好きな女子もいるし、いけるって」
「だよなぁ! 需要と供給ってやつ~?」
千堂は、私を遮って話を作りました。しかも、マミ氏、君の好みは聞いてないぞお?
「…………。ところで、君達はいつから付き合ってるんですか?」
もう言い返すのも訂正するのも面倒で、中途半端に笑って誤魔化すこととしましょう。
私の質問に、隣同士で座っていた二人は顔を見合わせて珍妙な顔をしました。
「……あたしら、兄妹だけど」
「だって、千堂、さっきデートだって言ったじゃないですか。兄弟の買い物をデートと言うな」
「てかぁ、格好いいでしょ、ヨシくん」
「てかぁ、可愛いだろ、俺の妹。いつ、俺の妹の真美。高校一年」
高校生!?
「髪の色スゴッ!」
私も、突っ込むのはそこかい!
「真美は大人っぽいからいいんだよ。俺が許す」
馬鹿アニキです。……ああ、このイラっとする感じ、確かに兄妹です。
今日も、なんだかすっきりしない、間の抜けた時間を過ごしました。そうです。お正月ってのは、どうも気が抜けた浮き輪みたいなものです。




