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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第六章
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心が揺れるのは、撃たれたから。

 僕らが都内のマンションから、上宵浜に引越しした大学入学前の春休みの間、時雨さんとの連絡が途絶えた。事の真相は、両親による不可抗力だったんだけど。

 僕は邪魔者が来なくてうきうきしていた一方、夏生は目に見えて憔悴していた。そこで、今回みたいに忘れようと試み、僕は喜んで「うん、それがいい!忘れちゃえ!」とその背を叩いた。

 なんて腹黒いんだ、僕って。


 だから、桜咲く四月に時雨さんが再び姿を現したときの僕のショックを想像して欲しい。

 時雨さんをどやして(八つ当たりだ。)、裸足でマンションを飛び出し、挙句の果てには、酔っ払って男の人を拾って帰ってきてしまった。夏生と時雨さんを二人きりで会わせてしまった自分の迂闊さを呪った。次の朝の二日酔いと、自己嫌悪でよろよろだった僕に、夏生は「時雨さんが来てた」となんでもないような顔して言って、「行ってきます」だ。時雨さんの意図は、正直全くつかめない。


 また、夏生は時雨さんに落ちていくんだろう。バカの一つ覚えみたいに。知らずして、僕を苦しめながら。

 と、過去を思い出してみた。

 もちろん、僕は夏生が好きだったことなんて誰にも言わない。穣にだって。適当に割愛して話すよ。だって、穣が本当に知る必要があるのは僕らの過去じゃなくて、時雨さんが何故夏生でなくて結婚を選んだか、ということだもん。

 そして、早く、コマを進めなければ。穣、君に銃口を向けた僕を許して欲しい。





 葉月さんは落ち着いた様子で、昔語りをしていました。


「……時雨さんは、家を追い出された高校生の僕らの面倒を見てくれた。実家と僕らの通信役みたいにね。でも、両親は、僕達が大学生になったことを機に、時雨さんに交渉を持ちかけた」


葉月さんは、父親はきっとこんなふうに言っただろうね、と薄い笑いを浮かべ、演技かかった調子で以下のようなセリフを口にしました。

『お前が全てを台無しにしたんだ。お前にあの二人を任せたことを非常に後悔している。お前が葉月と夏生の前から姿を消してくれたら、『夏生』を『白鷹』に戻そう。その方が二人にとって幸せなのはわかるな? そうでなければ勘当して養子を取ろうとも思う。お前は私の信用に足らん。こちらの決めた女性と結婚しろ。』


そして、葉月さんとは思えない諦め切ったような表情で笑い声を漏らします。


「……だいたいこんな話だと思うよ。……身内のことながら、まったくへどが出るね。時雨さんも夏生に負けないバカだからさ、応じちゃうわけさ。おまけに、自分の想いの重さに今更怖気付いたんだろう」


でもね、と彼は言い、時雨さんのフォローを忘れはしませんでした。


「……彼は一人っ子で、父親も蒸発した。寂しく育ってきたから、多分、それも関係してる。夏生にはふつうに、幸せになってもらいたい。ただそれだけの願いのために自分の希みを殺す気でいる。……それで、今に至るんだ」


 長い、長いお話でした。私が暢気にリボンタイの結び方を研究している間、彼らには多くのことが起こったのです。


「なんてことです……彼が言っていた『大人の都合』って、そのことですか!?」

「……やっぱり、そんな言い方したんだ、時雨さん」


 葉月さんは、悲しげに眉を下げました。


「僕は……彼をしょうも無い薄情野郎だと思っていました……!」


 ぬおおおお……! ということは、二人、辛い辛い両思いってことじゃないですか!


「いいんだよ。それで」

「よかぁ、ありませんよ……」

「だって僕、時雨さんは勝手だと思うし」


なぜでしょう、その言葉は葉月さんの本心だとは思えなかったのです。


「結婚のこと、夏生ちゃんが知ったらどうだっていうんです。まさか、死んだりしせんよね?」


 儚げな夏生ちゃんは、やってのけそうで怖いです。私の失礼な言葉に、葉月さんは真面目な顔で頷きました。


「……そのくらいの覚悟は欲しいな」


『欲しい』……?


「殿宮時雨は、そんな窮地に立たされてたのに、夏生ちゃんはなにも知らなかったのですね……?」

「知る訳無いよ」


低く、短く彼は答えました。


「内緒にしててね。黙って身をひいた時雨さんの名誉のためにも」


 そう言って彼は笑い、コンビニに駆け込みました。


「……それってどうかしてますよ、時雨さん……」


 私は、物凄い衝撃で、足が鉛のように重くなりました。そんな重要な錯誤を放っておいていいのでしょうか。私はこのまま、彼と付き合っていていいのでしょうか。


「穣~! はやく~!」


 葉月さんが、呼んでいます。早く行かなければ。

 私は、何も分かっちゃいませんでした。どんなにか千切れる想いで殿宮時雨が身を引いたか。どんなに心細く、失望した気持ちで夏生ちゃんが彼の「拒絶」を受け取ったか。

 私が……私が一言、殿宮時雨の気持ちも、取引のことも、結婚のことも全て、夏生ちゃんに教えてしまえば、彼を動かすことが出来るかもしれません。


 でも、言いたくないんです!


 殿宮時雨との「男の約束」だからだけではないです。今や私は唯の醜い醜い乙女。夏生ちゃんへの汚い期待が私の心を蝕んでしまっていたのです。乙女地獄の泥沼にに、ずぶずぶと右足が、そして今度は左足が。このまま沈むのでしょうか。醜い泥に固まった人形になってしまうのでしょうか。

 支えが。

 ここで体が引きずり込まれずに掴まれる様な、棒でも木でも、生えていたなら。


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