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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第六章
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白鷹葉月の語る昔 その1

BL色強いです !注意!

ベッドに軽く腰かけた同級生は、足を広げて僕をその間にひざまずかせている。最近は、こういうことをしていると、妙に冷静になってしまう。

好きでもない相手の、熱っぽい吐息だとか、時々跳ねる腰とか、僕の名前を呼んじゃう声とかで。

それでも、彼を導くために全神経を集中させてしまう。「なにやってるんだろ、ボク」と我に返るほど、まともじゃないから。

そのときだ。ドアの向こうから、嫌な声が聞こえてきた。


「葉月、俺だ」


 声の主は殿宮時雨。当時の僕の、最大の敵だ。当時とは、僕は高校二年生、夏生は高校一年生で、時雨さんはもう社会人だったころのこと。そんなに昔じゃない。

 僕は聞こえない振りをする。返事をしたって、彼相手ではどうせ意味が無い。

「よ」、なんていう軽い挨拶をぶら下げて、許可も与えないのに勝手に入ってくるのはいつものこと。かといって僕はとりつくろわなかった。

 ソイツは安い缶紅茶を二つ持ってご登場だ。視界の端で、その缶が左右にふられているのをとらえる。


「誰……、」


 この驚き声は僕のものじゃない。熱に浮かされたような顔だった同級生のもの。彼は、時雨さんの侵入の声が聞こえていなかったみたい。僕の頭を貪欲に引き寄せさせていた彼の手は、今度は大焦りでそこから引きはがした。いきなりの離別で、僕の下唇から繋がった粘着質な糸は伸びてはちぎれた。

 彼は、いそいそとベルトをカチャつかせていて滑稽だ。うん、ちょっと、きみの慌てる姿が見たかったんだ。だからこそ、時雨さんの侵入を知らんふりして受け入れた。


「おっと、悪ぃな。お取込み中か」


 悪びれた様子も驚いた様子もなく言うと、出て行くどころか、デスクの椅子に座る。

 

「葉月、鍵くらい閉めろよ」

「こっちの返事なしにズカズカ入ってくるのは時雨さんぐらいだよ。取込み中だってわかるなら、さっさと出てってよ」


 顎でしゃくって退場を促しても、彼はびくともしない。何を考えているのかさっぱりだ。口の周りを汚していた唾液とかを、投げやりに制服のシャツの袖で拭ってみた。


「お友達と籠もって何してるのかと思ったら、これだ。おまえらの年頃は、暇さえあればこうだからな」

「うるさい!」


 なんてジジくさくて手垢にまみれた言葉だろう。その陳腐さには、恥じる必要のないこの僕の方が恥ずかしさを感じるほど。このヒトのこんなところが大ッきらいだった。

 一方、同級生は、突然現れた時雨さんに驚いてしまって挙動不審。無理もないよ。こんな場面に出くわして、堂々と居座る人間なんてそうそう居やしないもん。


「ウチには、家には言わないで下さい。忘れてください!」


 彼はおびえた表情で意味不明な発言をすると、部屋を飛び出してしまった。……やれやれ。ネクタイを忘れてる。それをタイ用ハンガーにかけて、邪魔者を振り返った。


「時雨さん、タイミング悪すぎ」


 すると、「すまない」と彼は笑った。


「でも、俺でよかったな。これにこりたら、少しは理性的になるんだな」

「そういう時雨さんこそ、僕ぐらいの頃はもっと酷かったんでしょう」

「まあねえ。俺は美少年だったから」

 

 その美少年らしさを残したまま彼は成長し、立派な美青年となった時雨さん。この先はきっと、「いい男」とやらになるのだろう。今から目に浮かぶようだ。貴方のことは嫌いだけど、その顔と体躯だけは、とても素敵だと思うんだ。その美しさの街道をひた走る彼が、美少年「だった」なんて言うと嫌味なんだけど。

 僕は椅子に座った彼にまたがって、ネクタイを引っ張った。


「彼を逃がしちゃったのは、あなただ。代わりくらい、してくれるんだろ?」


 僕は平気でこんなことを冗談で言うのだった。でも、彼は「ばか」とか「やなこった」とか言って適当に流してくれるからいいんだ。そうしたあとに、彼はため息をついた。


「お前なあ……。俺が言いたいのは、変なことはこの家の中ではするなってことだ。しかも、凛聖の人間を相手にするなよな。凛聖の人間にはやすやすと正体をさらすな。さっきの子も、親が誰だかわかってて手を出してるんだろうな、」

 

 はて? さっきの子の苗字はなんだったっけ。親の仕事はなんだったっけ。いや、何でもいいじゃないか。説教くさい時雨さん「も」嫌いだ。


「僕が手を出したんじゃないよ。あっちからだ」

「でも、誘うのはいつもお前だ」

「こんなふうに?」


 指を彼のスラックスのファスナーをなぞるように走らせる。上までたどり着くと、金具を摘んでみせる。時雨さんの目の色はぜんぜん変わらない。ていうか、僕を見てない。部屋に変なものが残っていないから、観察するように目が動いてる。

当然だけど、つまらない。

あまりに無反応なのが腹立たしいので、いっそのこと、手を突っ込んで扱いてやろうかという思いが鎌首をもたげる。

部屋に問題が残ってないことを確認し終えた彼は、呆れ顔で、淡々と僕のシャツのボタンを閉めてくれる。


「馬鹿だろ、お前」


 なんて言って僕の額を平手で打つ。そこで二人で笑って終了だ。そのはずだったが。

 ――失態。

 外でゴトン、と何かが落ちる音がした。

 貴方の仰るとおり僕は馬鹿だ。さっき同級生が開け放したままのドアの外に、夏生が呆然として突っ立っていた。その足元には缶珈琲。


「う、わ、ご、ごめん、……、」


 夏生は、珈琲も拾わずに駆けていった。「僕は紅茶で、夏生は珈琲」。余計な文句が頭をかけぬけたけど、それは一瞬のことだ。

 僕は多分青ざめていた。

 ……ちらと見上げた時雨さんの方がもっと青ざめていたのでげんなりした。追いかけて誤解を解こうと思った。時雨さんの膝から降りると、彼は、僕より早く部屋から飛び出した。

 この時だろうか。初めて彼のまともに動揺した姿を見たのは。いつも冗談で買ってくる缶紅茶と僕がぽつんと部屋に取り残された。


 この日を、時々思い出すんだ。僕が、もし時雨さんより早く駆け出せていたら。


 時雨さんも馬鹿だ。あれほど大切にしていたのに、その努力を壊してしまったのだ。越えてしまった線には二度と戻れない。かと言って、彼は夏生の心を受け入れない。

 その後夏生の変化は、今まで以上にどうしようもない苦しみを僕に巻き起こした。僕は、惨めだった。時雨さんが憎かった。悔しかった。夏生さえ、恨めしかった。


 夏生の様相の変化に、父さんが気が付かないはずが無い。

 何に気が付いたかって、恋をしている夏生にだ。ただし、父さんが事実をどこまでを把握しているかはわからなかった。最高強度のポーカーフェイスをもつ夏生が、バカでマヌケな素顔を曝しはじめたのがまずかった。

 仮面は、時雨さんが白鷹の屋敷を徘徊するとき限ってポロポロはがれた。賢いはずの夏生を、ネジのトンだ阿呆の子にしてしまうのは、きまって時雨さんなんだ。そしてそれに気づかない時雨さんじゃない。

 だからだろう、夏生のネジがおかしくなって以降、時雨さんは僕らの家にあまり寄り付かなくなった。

 同時に(と、僕には思えた。)、僕らに許嫁の話があがった。願ったりだった。夏生の傍にいるのが時雨さんじゃないと決まるなら、しかもそれが女性なら、、もう、それでいい。

 その話題が挙がった夕食の席で、僕は即座に了承した。「超うれしい! 断るなんて、ありえない!」ぐらいの笑顔は見せたと思うんだ。

 

「可愛い方でないと、いやですよ」


 なんて冗談を言ったり。場は和やか。僕のおかげだってこと、だんまりの夏生は少しはわかって欲しいものだけど。

 でも、父さんが聞きたい返事は僕のものじゃない。俯いてフォークを動かしている夏生の返事だ。直接に事実を指摘しないで矯正しようとするのは父さんのいつものやり方だ。「言葉にすれば、認めたことになる。」夏生が、彼(父)にとって想定外の人間に焦がれていることを、断じて認めたくなかったに違いない。


「夏生、お前もいいな」


 夏生は返事をしない。僕はハラハラして、机の下で彼のすねを蹴った。それが効果を発したわけではないんだろうけど、夏生はナフキンで口元を拭いて、静かに父さんを見た。見た、と言うよりは、睨む、だった。


「……厭です」

「今すぐとは言わない。いずれ了承してもらう」


 父さんは、夏生の些細な反抗に反応しなかった。妥当だとは思った。この場はここで一旦話を切るのが賢明だったんだ。でも、夏生はここで引きさがらなかった。


「この先はありません。はっきり言います。僕は女性と……いいえ、愛していない方と結婚なんて出来ません。将来もずっと」

「夏生、何言ってんだよ」


 僕はたまらず、笑顔で夏生を制した。ここで暴露すべきじゃない。

 父さんも臨戦体制をとる。


「どういう意味だ。夏生」

「だから、僕は結婚はしないと言っているんです」

「まぁ。夏生らしくもないわ、駄々をこねるなんて」


 疎い母さんは、「まあ」だなんてどん臭い感嘆をあげている。


「これだけは譲れません。それに、次男の僕には必要ないはずです」


 なんだよそれ。ふざけるなよ、夏生。

 そんなの、長男の僕だけは僕の想いに蓋して許嫁とうまくやれって言ってるのと変わらないぞ。自分は絶対そうしたくないくせに、僕だけに、被せる気かよ。

そこにも腹が立った。

 でも、作り笑顔をやめられない僕自身にはもっと腹が立った。


「……夏生。お前は、偏った憧れや、おかしな妄想におかされていないか? その問題があるからこそ、この話を持ち上げたということが解らないか」


 父さんも勝負に出た。婉曲ではあるけど、口にしたのだ。


「……問題なんかではありません。僕のこころが間違っているとも思いません」


 夏生の抵抗に際して、僕らの父親は、静かにフォークを机上に置いたのだった。どうしようもなく、火ぶたは切って落とされた。

 




 その後は、思い出すのもいやなほど恐ろしく怒った父さんと、恐ろしく意志の強い夏生の応戦だった。

 最後は、父さんの「金だけはやる! 金だけはやるからこの家を出ていけ! 今後一切『白鷹』に関ることは許さん!」という言葉と、

「こんな家、言われないでも出て行きます! 貴方は狭量で無理解です!」という夏生の言葉がぶつかって、派手な火花を散らしてその晩の幕は閉じた。



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