小休止:カップルの日常
「う~ん。やっぱり元春さんのケーキは最高ですね」
「甘川。お前のせいでこの店にイートインスペースができたようなもんだ」
夏生ちゃんは、保冷剤のチェックをしつつ、つぶやきました。
「いいじゃないですか。儲かりますでしょう?」
「そのぶん、俺と桃子さんの仕事が増えた。パートも増えて人件費がかさむ」
冷凍庫のパタンと閉じる音は、彼のため息のようにも聞こえます。
「パートさんが増えたのは、貴方がほとんど入れないせいでしょうに。いっちょまえに忙しい人になっちゃって、まあ」
からかうと、彼はほんの少し気分を害した顔をします。
さて、このケーキ屋「patisserie Les enfants du Paradis」、通称『天井桟敷』は、ブルーベルベット時代の内装の配置はそのままに、小さなスツールが出来て、小さな喫茶スペースが出来ました。
営業スマイルもドコへやら、夏生ちゃんは、いつもの仏頂面でショーケースの向こうから私を見ています。キリリとした蘇芳色のリボンを締めたコック風制服がどうしようもなく格好いいので、それをニヤニヤした顔で見ると、あからさまに『イラッ』って表情になります。夏生ちゃんは今日、珍しくケーキ屋さんのアルバイトに入っています。そこを捕まえて、一瞬の二人きりを楽しむのです。
コロリン、と鈴が鳴り、お客様が入ってきました。休日に多く見られる、母子連れ立ってのお客様です。女の子は、荊木女学院中等部の制服を着ています。今日も制服とは、模試でしょうか。
彼女のお母様は、スプーンを口に入れたままの私に話しかけてきました。
「あら、そちらも美味しそう。お兄さん、どちらを召し上がっていらっしゃるの?」
お兄さん、というのは夏生ちゃんのことでなくて、私のことです。
「ああ、これは『フロマージュ・ブラン』ですよ。その真っ白でブルーベリーと木苺が乗ったものです。別添えでベリーソースが付いてきます」
その母親は、ショーケースに向き直り、その美しさに感激しました。
「まぁ、素敵な白。ね、聖子ちゃん、これ頂きましょう。他には?」
「聖子、チョコがいい」
「でしたら、こちらの『オペラ』や『ムース・オ・ショコラ』はいかがでしょうか。いずれも、洋酒の効いた大人向けにはなりますが……、」
夏生ちゃんの営業スマイル炸裂です。母子は、ほうッ……と見入ります。
「じゃぁ、お兄さんはどれがおススメ?」
「そうですね、……『スフレ・テ・ヴェール』です」
甘いのが苦手な夏生ちゃんは、馬鹿正直に自分の好みを言いました。そんな時、一番の売れ筋か、高級なものを言うべきです。しかし、商売っ気の無く素直なところが、夏生ちゃんのいいところです。
「パパが好きそうだわ。じゃぁ、それと、さっきのと、コレを」
「ありがとうございました」母子は、私と夏生ちゃんに手を振りました。笑顔が張り付いたままの夏生ちゃんを、私はじっと盗み見ていました。
「甘川……。俺を見て笑うな」
◇
今日は夏生ちゃんのお家に遊びに行くことになっていましたから、お店が閉まって、彼も出てくる午後9時過ぎごろ、お店の外で待っていました。ちょっずつ、秋が深まり、寒さが増していくのを感じていました。夏生ちゃんは、ケーキの箱を持って裏口から現れました。
「おや、今日も廃棄が出たんですか?」
「いや。今日は新作持たせてくれた。」
かさかさと箱を振るので、ケーキではないことが知れます。彼はやや乱雑に箱を開いて見せてくれました。パステルカラーの、コロンとしたものがいくつも入っていました。マカロンです。
「……可愛いだろ」
「え、僕のことですか」
夏生ちゃんは、睨みます。
「わざとらしいボケ、やめろよな。……お前なんかに、可愛いマカロンはあげない」
夏生ちゃんのお家にお邪魔しまして、おや。靴を見ると、今日は葉月さんがいるようですね。挨拶をしなければ。
「葉月さんいらっしゃるんですか? 珍しいですね」
「ああ。客人がいる」
「中川くんですか?」
「いや。大人。最近よく来るんだよ」
「まさか、浮気ですか?」
浮気かどうかは、一緒に住んでいる夏生ちゃんならすぐにわかるでしょう。そんなことまで把握できてしまうのは嫌だな、と彼は渋い顔。
「違うけど……なんだろうな」
夏生ちゃんもよく分かっていないようでした。そんな時、不意に葉月さんの部屋が開き、その彼が出てきました。キリリとした精緻な顔つきの、高身長の男性でした。その後ろからは、葉月さんがひょっこり。
「あれ、穣じゃないか。こんばんわ、久しぶりい。ゆっくりしてってねぇ~」
息継ぎもなく一気にまくし立て葉月さんは、ばたばたと手を振ると、男性と共に玄関を出てゆきました。
「……なんなんですか?」
「……さぁ?」
すぐに葉月さんは帰ってきて、居間で茶を飲んでいる私達の元へやってきました。夏生ちゃんは、訝しげに葉月さんを見ます。
「誰? あれ?」
「僕が雇った必殺仕事人。あ、暗殺者とかじゃないから安心してよ」
「そんなこと思ってないよ。何のための仕事人だよ」
葉月さんはテーブルに手を突いて、至極真面目そうな顔をしました。
「……夏生の為」
夏生ちゃんは心当たりがないようで、困ったように眉をひそめました。
「家政婦さんには見えないけど」
「……ま、なんでもいいじゃん。……あ、マカロンだ!」
「ああ、持ってっていいよ。でも、少し残しといて。……甘川の分を」
葉月さんは、にっこり笑いました。何も言わずマカロンを数個とると弾むように自室へ帰って行きました。
結局、葉月さんに私からお付き合いのご挨拶しそびれました。
それにつけても、優しい。夏生ちゃんはちょっと優しいです。あげないって言ったくせに、やっぱりくれる。その心だけでももらえたのが嬉しいのです。




