俺様男のこころは何を見ている?
「いったい何用ですかな、殿宮時雨さん。そして私をどこへ連れて行くのですかな? 言っておきますが、私は一応女でありまして、非力なわけでして、暴力とかは遠慮していただきたく、」
「知ってる。つか、やかましいから黙って飴玉なめてろ」
私の女性発言をさらりと無視しました。ということは、彼はすでに、私が女であることを知っている。家が割れてるんです、ターゲットの性別くらい簡単にわかるでしょう。ほうほう、なるほど、調べるのは訳無いって事ですか。
……っていうか、あれ。
え?
「……いま、知ってるって言いました? 何を?」
「だから、お前が男じゃないことだよ。分かってるっての。はじめからな」
私は口を開けたまま彼の横顔を見ていました。彼は説明を加えようとはしませんし、どこに行くのかも話してくれません。私は観念して、助手席のシートにズズズと沈み込みました。
彼は不機嫌そうにあめちゃんを私に渡すと、ハンドルを右に切ります。ところが、さすが殿宮時雨、飴の好みも一筋縄じゃあない様子。薬草臭さにかけてはナンバーワンの「○角散喉飴」でありました。
「じじくさい……」
と文句を言ったら、こめかみにデコピンが打ち込まれました。
静かに車が止った場所は、宵浜市も郊外のファミレスでした。ファミレスのファの字も発音しなさそうな出で立ちの、この男がですよ。しかし、このお店を選んだ理由くらい、想像がつきます。宵浜も郊外まで出れば、鉢合わせたくない人間に出会うことがないからです。第二に、その人間は、よっぽどのことがない限りここに足を踏み入れることはないでしょう。
――夏生ちゃん、あなたのことについて、我々は話そうとしているのです。きっと。
席に着くなり、面白みのないことに、彼は珈琲だけを注文するのです。なぜファミリー・レストランにきてまで珈琲なのか。他方の私は、チキンソテーにでもしようかと思いました。しかし、そいつを食べながらこの男と話するにあまりにも間が抜けた絵になりそうなので、チョコレートパフェで手を打ちました。チキンなだけに。……ああっ、ここでイラッ! としてくれる夏生ちゃんが居ないことが惜しまれます。いいえ、ここに夏生ちゃんが居たら問題ですが。
言わずとも、我々の間に転がる話題について、双方了承している体でした。改めて明らかにせずに、彼は話し始めました。
「まず、確認だ」彼は身を乗り出します。「お前、夏生に何も言ってないよな」
そして、疑り深そうな黒の瞳をすっと細くします。
「言ってません。断じて言ってません。言うはずありません」
「意外に口がかたいんだな。……ならいいけどな。何か、最近変わったことあったか?」
それが、あるんだな。
「聞いて驚かないで下さいよ? 僕……私と夏生くんは、お付き合いを始めました」
殿宮時雨は、ごほッと珈琲でむせました。男前の顔が少々ゆがみます。その反応は、この男を動揺させてやったのだ、という一瞬の優越感を私に与えました。
なんせ、珈琲を黙って飲む姿は実に上品、憂いさえも美的にまとう。その一方で、口を開かせれば乱暴な言葉遣い、それに肢体の扱いの粗雑さ。加えるならば、決してウマいとはいえない珈琲を平気な顔ですする、意外な無頓着さ。
落胆だか困惑だかのため息が出そうです。おのれの見目のよさを意識していないところが、この男の長所かつ短所で、嫌味な点でもあります。
「……は? お前、女だろう? 冗談」
遅れをとって傷ついた顔ではなく、純粋に驚いた顔でした。動揺は動揺でも、驚き。殿宮時雨のその余裕は、夏生ちゃんの恋が私に向いていないことの証明でもあります。
「本当です。まぁ、ほとんど貴方のおかげなんですけどね」
「どういう意味だ」
「なにをとぼけてるんです。失恋したと言ってましたよ。私を問い詰めるまえに、どうなんです。貴方、結婚話を自分でばらしたのではないのですか。もしくは葉月さんが」
「イヤ……葉月は言わないし……俺、最近は振ってねえぞ」
小さな沈黙がおりました。お互い嘘は言っていません。
それでは、まさか、彼は、この男の結婚を知らなかったということなのでしょうか。思い出したのは、誕生パーティーの日の夏生ちゃん。それから、(おそらく意に反して)私に接近してきた夏生ちゃん。何も知らなかったというのなら、どうして。ふさぎ込んだり、自分を裏切るようなことをしたのはなぜですか。
「ああ、いつもの悲観的自己完結グセだろうな。……まぁいい。進んでるんだからな。それを俺は望んでた」
たとえ彼が私を愛していなくとも、ですか。
うろたえる私を尻目に、彼こそが自己完結して微笑みます。そんな余裕を見せ付けられたので、こともあろうに、この男に対する反抗心が芽生えてきてしまいました。
「じゃぁ、もう結婚を報告してやったらどうです。このまま知らなかったらショックだと思いますけど」
「バカなのか? 蒸し返すようなことをすれば、夏生はまた……、」
と言いかけて、彼は口をつぐみました。
「また、なんです」
「……大人の都合」
「……あーあ。やっぱり。彼の気持ちを知ってて、突き飛ばしたんですね」
大人の都合、なあんて言って、あなたはごまかすように珈琲に手を伸ばすのです。そんなの、なんの実態もない殻を盾に、ただ逃げ回っているだけではないですか。それこそ「子ども」です。あなたこそが、子どもでしょう。
「知ったこっちゃありませんよ、そんなの。おっしゃるとおり、僕らは子どもですからね。そんな薄っぺらな理由で彼にぶつかろうとしないなら、貴方には、夏生ちゃんは譲れません」
「ああ。そうした方が、あいつが得られるものは多いんじゃないか」
私が嫌味を交えてムキになるのに、彼は取り合おうとしません。卑怯です。むかっ腹立ちます! まともに相手にしようともしないんですから。彼を責めたい気持ちがおさまりませんでした。
「彼もさっさと忘れるが良いんです、こんな薄情な男なんか! 貴方に覚悟が無いのに、いつまでも夏生君を貴方に留まらせてちゃ無駄です!」
珈琲カップの“湖面”に目を落としていた彼ですが、興奮した私をちらと一瞥してくすくすと笑いました。
「『覚悟、――覚悟ならない事もない』。――ま、恋路を選ぶ覚悟じゃないけどな」
「自分の言葉で語らないのは卑怯です。借り物の言葉なんて、認めませんよ。なんです、おまけに『恋は罪悪ですよ』だなんて言うつもりですか」
「……あれは恋の話じゃない。エゴイズムの話だ」
彼は一瞬だけ、真面目な目の色になって言いました。
「……何言ってるんですか」
彼が引用したのは、夏目漱石の、『こころ』。あれは、恋の話ではないのですか? 私は、彼の悪魔的すりかえに取り込まれ、混乱してしまったのです。
「噛み付くなって。……お前と議論をしに来たんじゃない。それより、本題だ」
「あなたは回りくどい人だ。それをさっさと言えばいいものを」
「……時々でいい。あの兄弟の様子を聞かせてくれ。何を差し引いても、あいつらは弟みたいなもんなんだ。今の俺に知る手立ては、お前しかない」
そんなの、直接会いにいけばいいことでしょう。この手の人間の考え方にはさっぱり同意しかねます。
でも、です。貴方が消極の方面に進めば進むほど、私は有利になるんです。逆を言えば、夏生ちゃんは絶望の方向に落ちていくのです。それを、落ちないよう、Tシャツの裾でもつかんでいてやるのが、私の役割でしょう。
「いいですけど……。こんな誘拐じみた方法じゃなくて電話とかにしてくださいよ。さぁ、番号を教えてください」
「個人情報なんて教えるか馬鹿。お前が、俺に教えるんだ」
彼は、悠々と足を組んで椅子にふんぞり返っています。ポケットから携帯電話を取り出して私の前に置きました。
「なんなんですかその俺様っぷりは! 私が厚意でしてやるというのに!」
「いいから。コレに打ち込め」
そのくらい、自分で打ち込めや!
と食いつきたいところですが、まあ、いいでしょう。いくらでもお答えしましょう。いつまでその澄ました顔が続くでしょうか。私は諦めませんよ、殿宮時雨。
でも、私は忘れていました。
『一直線に愛の目的物に向かって猛進しないといって、決してその愛の生温い事を証拠立てる』事は出来ないのだ、ということを。




