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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第五章
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穣、「婦女」誘拐にあう。

 夏の気配を残したまま、夏休みは終わりました。

 

 大学の後期授業が始まってからの昼休みは、いつもドキドキするような、甘酸っぱいようなエモイワレヌ心持で私は例の広場に向かうのです。

 夏生ちゃんと付き合い始めてから一ヶ月が経ちました。何も変わってないって? ――イヤイヤ、変わりました。声を大にして『白鷹夏生は俺のモンだ! 誰にも触らせない!』って言うことができます。(特に、白鷹睦月に対してネ。)

 そういえば、後期授業初日の昼休みは、みんなに問い詰められたものです。みんなに近づいたとたん、ものッ凄い顔でにらまれました。私からしてみれば、


「……え。なにか? ちゃんと報告はしたはずですが」


 です。


「白鷹に変な薬飲ませたんじゃないだろうな」

「あれっきり連絡よこさないでどういうつもりよ!」

「何であんた達が付き合うようなことになるんだー!」


 など、そんな、いわれもない攻撃を受けました。


「……まぁ、正直に言ってしまえば、完膚なきまでの俺の失恋かな。どうでもよくなっちゃって」 


 夏生ちゃんは陰のある笑顔で弁解します。もはやネタなのかなんなのかわからない感じです。正直すぎますよね、傷つきますよ。ぶっちゃけすぎでしょう。どうでもいいとか言われてる私の立場はどうなんでしょう。


「おい、『どうでもいい』とか言われてんぞ。この愛のなさ。おまえら、付き合ってる意味なくねぇ?」


 千堂はシートに寝転がった姿勢で、中年オヤジのような言い草(?)です。思わず、乾いた笑いがもれました。


「……はは。千堂は浅いですね。夏生ちゃんはいずれ私のことを好きになりますよ。それまでこの手綱、いいえ、首輪は放しません」

「なんか……気持ち悪いわね」


 瞳ちゃんは、寝転がる千堂の背中を台にして、更に肘を突いておられます。そういう君らの仲よさげな雰囲気も気持ち悪いですよ。


「……それは、俺だって気持ち悪いよ、甘川なんかが恋人だなんて。でも、みんなは、努力している俺を認めるべきだと思う」

「ハイ! 夏生ちゃんも気持ち悪いとか言わなーいッ!」


 ハイ! 「気持ち悪い」のスパイラルやめてくださーい。

 そんなやりとりはあったものの、今はみんなが生ぬるい目で見てくれます。このように、みんなから非難轟々をいただいているなか、なにも言わぬヒトがいます。――それは葉月さんです。

 夏生ちゃんは、葉月さんに報告したそうですが「あいつ、よくわからない。」そうです。一言、お祝いの言葉をもらっても良さそうなのですが……。

 

 新学期の興奮も冷めていくなか、ある異変に私は気づきます。夏生ちゃん(たち)は、なんと、父親と和解したそうです。白鷹兄弟は、学校が終わると、そそくさと上宵浜の駅に迎えが来ている車に乗り込み都内の会社、父の元へ出かけるそうです。そのうち、あの二人暮らしのマンションも引き払って、実家へ帰るそうです。喜ばしい反面、寂しくもあるのです。

 そんなことを考えながら、夢野さんの元でお手伝いを終えて、とぼとぼ歩いて帰宅していました。もう夏の気配が引いてしまった季節になりました。すっかり日は短くなり、寂しくなった私の心をより一層スッカスカにするのです。

 なので、自宅付近の自動販売機が私に話しかけてきた時は、秋の侘しさによる頭の故障を疑いました。生命体でないものに、「おい」と呼びかけられるなんて。はぁ、ついに私も、幻聴が聞こえるようになりましたか……。


「おい、何処見てるんだよ、」


 低い声と共に、腕をつかまれました。薄暗いなかで、この乙女がですよ! 悲鳴をあげるべきでありましょう! しかし、腕の主は、私の口を冷たい手でおおいます。


「静かにしろ、住宅街だぞ」

「そん、なの、二十年住んでるんですから、わかりますって!」


 なんとか手を払って突っ込むことができました。身を守りながら振り向いたとたん、驚きで目を見開きました。スーツ姿で背が高く、どこまでも美しい男。かの、殿宮時雨でした。


「どうして、貴方がここにいるんです!」


 失礼だとかどうとかに頭が回らず、まっすぐ人差し指を突き付けていました。


「話がある。今から少し顔をかせ」


 不審者のような近寄り方しないでくださいよ……。なんなんですかもう……。


「じゃあ、家にきたらどうです。すぐそこですよ」

「知ってる。でも、わざわざ母君をわずらせることもないだろう」

「ええ、たしかに。あなたのような、うさんくさいスーツ男をあがらせたら、心配するでしょうよ。……じゃなくて! なんで僕の家を知っているんですか」

「本職だから」


 本職ってなんですか。ドロボーとか、そんなんですか? 私は彼をまじまじと見つめました。

 言われてみれば、彼の魅力は、あるべきサラリーマン的な美ではありません。どちらかというと、悪魔的な美しさです。きっと、それで人をだましてなにかをせしめるのです。そう、いたいけな少年のハートを独り占めすることくらい、わけないでしょうよ!


「来い」


 そのまま私は手を引かれ、付近に停めてあった紺色の車に放り込まれます。

 ええ……? これって、婦女誘拐って言いませんか?


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