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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第五章
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白鷹家の妙な気配 その2

今回は、夏生目線から途中で葉月目線にシフトします

 この書類を受け取ったのは、葉月だった。玄関先で、あまりに妙な声を出すものだから心配でリビングまで顔を出してみた。すると、葉月はスリッパをひっくり返しながら現れた。

 はあはあと肩で息しながら、茶封筒を印籠のように掲げた。

 

「どっどどど、どうしよう夏生! 父さんから、父さんからの手紙だよぅ」

「落ち着けよ葉月。また何らかの手違いで入金出来なかったのかも知れないだろ」


 そのおかげで、時雨さんが直接金を届けてくれたことがあった。葉月もおんなじことを思い出したようで、「まだ時雨さんの話?」というようにうんざり顔になる。かと思えば、気の毒そうな表情に変わった。気を遣われているのかもしれないと気づいたら、なんだかいたたまれなかった。ごまかすように先を続けた。


「オヤジの手紙のどこにそわそわする要素があるんだよ」

「あるよ。そわそわ要素つまりまくってるよ!」


 葉月は危なっかしい手つきで封を切った。予想を裏切って、入っていたのは金一封ではなく正真正銘、手紙だった。俺と葉月は、黙って顔を見合わせた。

 要点は、「1、お前たちをしばらく自由にしてみた。2、そろそろ実家に帰って来い。3、睦月はお前たちの優秀なアシストに鍛え上げている。4、婚約相手は母に任せること。5、私の仕事の同行を再開すること。」だそうだ。


「ねぇ夏生、実家に帰って来いだってさ」

「何喜んでるんだよ。見ろよ、また勝手に話を進めてる」


 こっちはうんざりだってのに、葉月ときたら、ふふんと得意げな顔になって腕を組む。

 ……おかしな話だ。「今後一切白鷹に関ることは許さん」と俺に言ったのはどこの誰だ? 鼻で笑って、突き返したい気分だった。できれば、いままで自分を育ててきた分の金を稼いで、それから突き返してやりたい。セクシュアリティの問題から、自分を否定した父だ。


「頭でっかちだね夏生は。そんなのごまかせばいいの。僕は愁一を諦めませ~ん」

「一事が万事って言うだろ。ごまかしは癖になる。それじゃろくでもない経営者になる」

「だから僕には夏生が必要なんだ」


 葉月は、めずらしく男前な顔をして見せた。頼りになるときの顔だ。それを見るにつけて、葉月の右腕を務めるのは、俺じゃないと思う。


「……そうだな。葉月はごまかすのがうまい、だからこそ、おまえまで家を追い出されることはなかったのに」


 至極まっとうなツッコミをすると、葉月はきまり悪そうに身を縮こまらせた。


「あの時は、できなかったんだよ。とにかく、僕らは父さんに認められたんだ。ザマぁ見ろってんだ、睦月の奴!」


 ほんと、このときばっかりは何の躊躇もなく「いい気味だコノヤロウ」と思うことができた。


「まあ、でも、僕も無理にとは言わないよ。どうせおまえは、父さんにも『帰らない。白鷹なんか嫌だ』って言うんでしょ?」


 もう言わないよ。ちゃんとやる。俺はそう答えた。


「……変わったね、夏生」


 なんとなく、淋しそうな言い方だ。

 だって、時雨さんがくれたんだ。写真、ネクタイ。あれはメッセージだろう? 写真のころのように、『父さんと仲良くしろ』っていう。『ネクタイをしたお前を、俺に見せてくれ』、っていうメッセージだろう? 陳腐なところが、まさしく時雨さんだ。はからずも8月5日がよみがえって、泣き笑いをしそうになる。


「時雨さんが望むような甥っ子になるって、決めたんだ」


「そう」、葉月はなかなかにそっけない調子で返してきた。笑ってるけど、たぶん笑ってない。そういう些細なニュアンスがわからないほど、愚鈍だと思わないで欲しい。何年一緒に居ると思ってるんだ。

 ただし。その笑顔の裏で具体的になにを考えているかは、とことんわからないのだけど。




◇◆



「時雨さんが望むような甥っ子になるって、決めたんだ」

「そう?」


 まったく。未練たらたら、って顔しちゃってさ。わが弟ながら情けなくて、ヘタレすぎて、僕は作り笑いをしてしまった。

 笑いついでに聞くけどさ、「時雨さんが望むような甥っ子」ってなに? 彼が何を望んでいるか、本気でわかったつもりでいるの?

 ばあああああっかじゃないの。

 ああ、やっぱり笑いしか出てこないや。


 僕は知ってしまった。知ってしまったからには、「ハイ、ソウデスカ」と夏生と穣の背を押していいものか判断に苦しむ。

 時雨さんは、強迫まがいの方法で、『夏生』から離れるよう父さんから仕向けられていたんだから。

 時雨さんが身を隠して結婚することを条件に、『夏生』を再び『白鷹』に迎える、という取引があったんだ。こんなこと、時雨さんが夏生を好きでなければ交渉にならないはずなのに。そんな裏取引、夏生は知らない。御目出度いほどのお馬鹿さんだから、時雨さんが自分の為にそこまでしたなんて想像もしないだろう。きっと、本気で「彼は俺がやっぱり好きじゃないんだ。だから、去っていったんだ。」な~んて思ってるはずだ。全ては、夏生の幸せを願った時雨さんの愛だったのに。

 これは時雨さんから聞いたんじゃない。わざわざ人を雇って調査したんだ。あのええかっこしいの性悪男が、こんな格好悪い取引に応じた事なんて、僕に言うわけが無い。

 

 それを知っても、時雨さんと夏生の為に、今はこれ以上尽力しないよ。

 甘やかさないんだから。僕が二人への償いをするのは、ここまでだ。(だってこの先は、僕の意思じゃないから。二人が愛の方面に動くかどうかだから。)

 時雨さんがどんな気持ちで夏生から離れたか。それを僕だけでも知ってあげること。何年か後、お望みどおり夏生が貴方を忘れたら、笑い話として話してやってもいい。

 ――それだけだ。というより、きみたちの心がここにないんだ、僕はこれだけのことしかできないじゃないか。

 

 二人を説得できない僕の無力さを慰めるのは、ひとまず後回しだ。

 格好つけてる時雨さんが悪い。夏生は『白鷹』なんかより貴方を選ぶっていうのにね。貴方自身も本当は分かってるはずだ。何より夏生が大事だって。

 諦めるような夏生が、一番悪い。何もかも捨てられるほど好きなら、本当にそれを示せばいいんだ。

そうすりゃ、あの掴めない男の仮面も外せたかもしれないのにね。

 どうして二人とも、ここで戦わないんだ。「何が自分の貫きたいものか」。それが分かってない奴は、ずっと哀れな顔したままだ。恋だろうが、仕事だろうが、家族だろうが。何が一番重要かだなんて普遍的に決まってるもんか。散々のた打ち回ればいい。

 気付くまで。

 そう、お前が気付いたら話は別だ。僕はいつでも、夏生が顔を上げたときに、引っ張りあげられるように準備をするよ。


 父さん、貴方の無理解を心底軽蔑するよ。だったら、僕はお子様な方法で貴方に噛み付いてやろうじゃないか。ずいぶん遅れた反抗期(スタート)になってしまったけど。



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