白鷹家の妙な気配 その1
「では、夫婦初の共同作業に移っていただきたいと思います」
典型的な効果音が流れて、清潔な照明が、二人のそばのウェディングケーキに当てられた。
「なんと、こちらのケーキ、ご主人・元春さんの作品だそうです」
ここで大きく、「おおお」と歓声があがる。
「さぁ、カメラをご用意なさって、二人の幸せな共同作業をお収め下さい」
着飾った若い女性たちが、ケーキと二人の周りに集まって、フラッシュを光らせている。「こっち向いて」「おいしそう」「可愛い」と、華やかな声が聞こえてくる。
そんな、バイト先の雇い主、桃子さんと元春さんの結婚披露宴で、どこか遠い夢のように現実感無く、丸い豪奢なテーブル席についていた。
……結婚、かぁ。いいな、幸せな男女ってのは。人に祝福されて、他人をも幸せにして。
甘川と付き合い始めて、もう一ヶ月が過ぎようとしている。と言っても、何も特別なことは無い。ちょっとウチのマンションに来たり、宵浜公園に行ったり。そのくらいのことだ。
進んで「付き合おう」と言ったわりに、あの時の俺は深く考えていなかった。ただ、自分の周りに漂っている恋心を片付けたかった。友達だと同盟を組んでも、こころは容易にその枠を飛びこえる。好意は、当人が思っているより相手を追い詰める。そんな甘川に、自分を重ねずにはいられなくて。やけっぱちだ。最低だな。
しかし、姫草からは個人的に強迫電話をいただいたし、
(「アタシは絶対認めないからね。穣を傷つけたらその分、物理的な傷をアンタにつけてやるんだから!」)
千堂には、なんだか勘違いをされている。
(「白鷹……。ストーカーは犯罪だぜ? 我慢することねえよ、訴えちまえよ」)
たしかに、数日後には我に返って、強く後悔した。「甘川となんて付き合えるわけが無い」と。しかし、はて、と思い至った。ここで別れても、何の解決にも至らない。俺はまた、時雨さんの海に沈みこむだけだ。彼への感情に蓋している結界は、いつ崩壊するやも分からないほど頼りない代物だ。それにビクビクおびえ暮らすなんて、今までと変わらないじゃないか。俺は、努力することを決めた。
あれ。おかしいな。俺はこんな健気な人間だったろうか。これは、九割は甘川のせいなんじゃないだろうか。
当の甘川は、どこか超越的に、心得たような顔をしている。何も言ってこない。今までと同じように、何も変わらない毎日に、「当然」とうなずいていそうな態度だ。夏休みだから、今まで以上に接していないけど。恋人として接する覚悟はできていなかったので、すこしほっとしていた。
「恋人なんだからデートしましょうよ!」や、
「ねぇ、手ェつなぎましょう?」とか、
「毎日メールか電話はしましょうね」なんて、乙女くさいことは何一つ言ってこなかった。
甘川の奴、一体何を考えているのだろうか。もうすぐ、夏休みは終わる。大学の後期授業が始まる。さて、どうしたものか。
――そうだ。追記しておくことがある。親族のとある4人のことだ。
まず時雨さん。
彼は、完全にあれから姿も気配も見せなくなった。事務所は『移転しました』とあったし、携帯電話も多分つながらない。俺の危惧していたことは、的中してしまった。そのことについては自分に言い聞かせていたので、「今日は来ないのかな? 明日は来るかな?」なんていう微妙な期待は捨ててしまっていたことが唯一の救いだ。
でも、日々の端々で思い知らされる。どう足掻いても、結局俺の心は時雨さんに捕らわれたままなのだ。
次に、葉月について。
時々、恥ずかしそうに中川愁一、恋人を連れてくる。葉月は、あの言い争いの日以来、口を挟まない。
甘川のことについても何も聞いてこない。さらに、なにやら調査をしている。ちょくちょく妙な大人が尋ねてくるんだ。あいつのことだ、ろくなことを調べちゃいないだろう。
白鷹睦月について。
俺の大嫌いな従弟。俺と葉月の最大の敵。高校を卒業して半年、ようやっとあいつから解放されると思っていたが、最近、再燃してきた。それは、九割は甘川のせいだと思っている。睦月は、京都で彼女と険悪になったらしい。父さんと何をした、だの、どこそこへ行っただの、教えてもらっただの、一々報告しに、わざわざ上宵浜の俺たちのマンションまでやってくるようになった。
ようするに、かつて俺たち兄弟がしていたこと・これからしなければならないことを睦月が担っているということだ。だから、ああ、父さんは決定的に葉月を(俺も)見限ったんだな、と思ったんだ。
そういう事情だったから、白鷹の判入りの茶封筒が届いたときには驚いた。送り主は『白鷹玄冬』。まぎれも無く、俺たちの父親であり、家から追い出した当本人であり、かつ、白鷹のドンだ。




