白鷹睦月の逆鱗に触れたようです
ゆるゆると、我々の京都での日々は過ぎていきました。
同室の姐さん方とも仲良くなり、京都の裏技や見所や穴場、有益な情報を惜しみなく教えてくださいました。セクシーであっけらかんとした『ミヤ姐』は、アルバイトでお金をためては旅行に出て、の繰り返しの過激な生活をしているそうです。もう一人の方は、『サキ姐』です。現在東北でOLをしているそうで、旅行が趣味だとか。色白の和風美人といった風ですが、実にさばさばした姉御肌なのです。二人は何かと面倒を見てくださいます。「スズ」と「シロ」も彼女らには随分なついていて、彼女らの前では大人しい上に可愛いのです。
スズ、シロ、ミヤ、サキの、この四人は長いことここに居るようで、その間にも、数名の旅人が行き交いました。
私たちも、慣れてきまして、帰りが近づいた頃です。ある夜、男子部屋から素っ頓狂な声が飛び出しました。
「なぁんで夏生が電話して来るんだよ!」
ナツキ、とな?
「今? 京都だよ……はあ? ……それくらい自分で取りに行けよ……しらねえよ。……27日? 模試だよ、模試。ファッションショー? 行くかよ馬鹿! 直接言えよ、あのビビリが」
「夏生」。その名前を久々に聞いて、私は、思わず男子部屋に侵入しました。
「って、オイ、入ってくんな女は! ――ああ、こっちの話」
「ちょっと代わってください」
「はぁ? これは俺の従兄の……」
私は彼の携帯電話を奪いました。白鷹睦月はわけがわからない、という顔です。しかしコレは好機だと思いませんか。この少年に、私は話を聞いてみたいのです。
「やぁやぁ、夏生ちゃんですか? 穣です、甘川ですよ」
《……なんで甘川が出るの?》
夏生ちゃんは相変わらず冷静沈着、動かざること山の如しです。
「いいですね、その相変わらずの冷静さ。元気ですか? 僕はご存知の通り瞳ちゃんと京都に遊びに来ています」
《いや、……びっくりしたよ》
「夏生ちゃんの従弟さんに宿で偶然会いましてねぇ。なかなか生意気な子です」
《何で睦月が……》
そこで、シロは電話を取り返すと、ブチリと通話を切り、憤怒の形相で私をにらみつけました。
「……お前……夏生のこと知ってたんだな? ……ふざけやがって」
何かまずいことでもしたのでしょうか。いや、心当たりは結構ありますが。彼は確実に怒っています。
「この俺が、ぺらぺらと心情吐露しちまったじゃねえか。……屈辱だ」
そこですか! 先日の件ではないですか。しかも、ほぼあなたが勝手に喋っていたような気がします。
「俺のこと笑ってたんだろ! 足掻いてる馬鹿なガキだって思ったんだろ!」
白鷹睦月は一方的になにやら話をまとめ始めました。私は、彼が怒りをかんじるという回路がさっぱり解りません。落ち着かせようにも、彼は私のほうを見ずに、なにやら荷物を集め始めているのです。
「しかも! あの夏生に、あんな馴れ馴れしい口ききやがって!」
「えと……落ち着いてくださいよ。いつもあんな感じで私が一方的に喋っているだけです」
彼は衣類をにぎったまま、ゆらりと動きを止め、そしてからギッとこちらを睨みつけるのです。
「いつも!? いつもあんな調子で、夏生は嫌がらないのか!?」
「いや、多分嫌がってますけど……」
彼はブンっと顔を背けました。
「……帰る! 俺、東京帰るからな、お前と同じ空気なんて吸ってられるか!」
「何怒ってるんです。まさか、今から帰るんですか!?」
彼は私を部屋から閉め出すと、ゴソゴソバタバタさせて、バァン、と音を立てて襖を開け放ちました。制服を着込み黒いメッセンジャーバックを掛け、小さなスーツケースを引いて現れました。
「夏生はな、人に懐かないんだよ。ちょっと返事されたからって調子乗ってるんじゃねえぞ。葉月だってな、ああ見えて腹黒なんだ。てめえなんか腹ン中で笑われてるに決まってる。それなのに、女は見目が良けりゃすぐ群がる。気色悪いんだよ! もう二度と夏生にも葉月にも近寄るな!」
そう叫ぶと、彼はスーツケースを階段でガツガツ言わせながら降りていきました。
私たちも明後日には帰るのに、そんな急がなくても、……じゃ無いですよ、私の阿呆! なに見送ってるんですか! 妙な啖呵切られて黙ってるなんて乙女の名折れです。
さっさと宿を出て、暗い路地にガラガラ音を響かせている白鷹睦月を追いかけて言いました。
「待ってください!」
あれ、なんか前もこんなことしなかったっけ? 彼は、振り向いて腕を組み、仁王立ちしました。
「……なんだよ」
「貴方が何を考えてるなんかなんて皆目見当も付きませんがね、僕は、……いいえ、『私』は、夏生ちゃんが好きです! 貴方が私を止める権利はありません! 見目で群がる? ハッ! ガキがバカ言うんじゃあありませんよ!」
「知るか! 俺は夏生も……葉月も大ッッ嫌いだよ! お前も嫌いだ! 俺がこの前言った事、あいつらに言ったら殺す!」
「受験生は余計なことは考えずに、精々勉強に邁進する事です!」
しばし、我々は張り詰めた闇夜の中でにらみ合っていました。我々の発した罵声は、今日の空と路地を走り去ったのです。タクシーが一台、けたたましいクラクションを鳴らして我々の脇を猛スピードで走り去っていきました。タクシーが巻き起こした風が、我々の頬と髪にぶわっと風を浴びせます。
――フン。お互いが同時に顔を背けました。格好悪くスーツケースをゴトゴトいわせながら、白鷹睦月は夜の闇に消えて行ったのです。
何やら、私は、殿宮時雨といい、あの兄弟の周りの人間に嫌われますね。
上方から、パンパン、と乾いた拍手が落ちて来ました。見上げると、宿の廊下の窓から三人の美女軍団が私を見下ろしていました。
「はっはっは! 面白いよあんた!」ミヤ姐。
「ったく。あんたはどこに行っても恥ずかしい奴ね」と瞳ちゃん。
「ふふ。カワちゃん、男前。今度はあたしのために啖呵をきってちょうだいよ」とサキ姐。
妖艶な笑みで、サキ姐はおいでおいでしました。
「お上がりよ、かわちゃん。今夜はガールズトークだよ!」
そのお誘いに、わたしは大きく頷くのです。




