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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第四章
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男子数時間会わざれば刮目して見よ

「あふ……眠い」


 私は、ジャージ姿のまま一階まで降りて、ささやかな洗面台で顔を洗っておりました。昨晩は銭湯に入る機を逃して、宿にあるシャワーで済ませたのでした。

 今日は嵐山散策のため、夜明けに寝たのに、その4時間後ぐらいに起きました。両脇の二段ベッドの下段は使われていて、女部屋は私たち含む四人が居ます。他の二人は、それぞれに既に出発したらしく、布団は空でした。瞳ちゃんを起こそうとしたら殴られたので、仕方ありません。今日は予定変更です。

 しゃこしゃこと歯磨きをしていると、脇に、同じくらいの身長が割り入ってきました。


「邪魔。一人で鏡台占領してんなよ」

「はあ……スンマセン」


 ん? こいつは……、


「白鷹睦月!」

「んだよ、ここでは『シロ』だ」

「……じゃなくて、何で制服なんですか?」


 胸ポケットにRの筆記体が刺繍された白いシャツに、抑えられた知的な色合いのネクタイ。チャコールグレーの涼やかな素材のスラックス、僅かに覗く臙脂(えんじ)の靴下。かの有名な最難関進学校、中高一貫男子校・私立凛聖学園高等部の夏服スタイルです! うは、カッコええわ。


「言わなかった? 俺、オープンキャンパス……大学見学ででも来たの」

 

 髪をきれいに整えながらそう言います。昨日の毛先ピョン吉は寝癖だったのですね。


「何故、わざわざ制服を着るんですか」

「だってこの制服格好いいだろ」

 

 例えそうだとしても、人に言うことじゃないのだぞ、少年よ。


「よしっと」


 満足げにキメた彼の容姿は、昨日と打って変わって非の打ち所の無い優等生でした。上品なオーラに包まれ、可愛さすら見え隠れします。程よく厚みを持たせた髪型も、英国風で好感が持てます。

 そもそも、制服ってのはキリっと着るから格好いいのです。だらだら着崩す上に、髪をスッカスカにすいて妙ちくりんなセットをする高校生ってのは野暮なもんです。


「へぇ、様になるじゃないですか。で、どこを見るんです」

「俺レベルが見る大学なんて、この街じゃあ、一つしか無いでしょ。……K大学だよ」


 なんだよ「俺レベル」って。やっぱり憎たらしいです。そのつんとした鼻つまんでやろうか。


「……つか、この大学に入れなきゃ、俺は失格なんだ」

「失格? 何にです」


 私は歯磨きセットをしまいながら、特に意識もせずに聞いたのです。


「その大学、馬鹿従兄の葉月も受かってるわけ。だから、落ちたら人として俺が失格ってこと。葉月以下なんて屈辱だろ?」


 なんですって! 私はセットをつるっと手から落としてしまいました。

「人として失格」って、君の脳内ルールはさておき、葉月さんは大学に現役合格していたのですか。なのに、一年浪人したと言っていましたね……どういうことでしょう。慶浜の経済学部にどうしてもいきたかったからなのでしょうか。


「あいつらも凛聖学園出身だよ。まぁ、あの集団の中じゃ頭は並だったけど、容姿端麗なもんで目立ってたな。考えてもみろよ。この上等な制服で綺麗な兄弟が並んで歩くんだ。そういうところもムカつく」


 言外に、「俺も並んで歩きたかった」との気持ちが滲んでいます。でも、知らん振りをしてやりましょう。


「俺はあいつらを蹴落としたいね。自分のエゴさえ押さえ込められないような奴になんて、譲るものは無い」


 エゴ。あなたはあの兄弟のどんなエゴを知っているというのですか。今すぐ聞きたいと思いました。しかし、時間はあります。もう少し打ち解けてから話をしよう、少なくとも攻撃的でなくなるまでは。そう思ったのです。


「事情は良く分かりませんが、ハングリーなのはいいことです。……あ、僕のお腹もハングリーです」

「上手くねぇんだよ!」


 やはり、この子が葉月さんの言ってた、お父様が養子にしようと目をかけている従弟君のようです。どうやらずいぶんあの兄弟に対してコンプレックスを抱いているように見受けられます。

 言っちゃ悪いですが、睦月君の方があの二人よりトップにはむいていますが!


 さて、私は「シロ坊ちゃま」を見送り、眠れる瞳ちゃんの元へと戻りました。


「出かけましょうよ、そろそろ。起きて下さい」

「……死ね」


 えええ! 死ねとか言いましたよ、今! 寝言でもなかなかですよ。


「起きないと一日が無駄になりますよぉ」

「……うっせええええんだよ、ほっとけ、寝る……」


 汚らしい寝言を言うと、彼女はまた布団にもぐりこんでしまいました。仕方ないので、書置きして一人で出ることにしました。

 いやはや、予定外の出来事がたくさん起きて、飽きない京都の二日目の朝でした。

 それからも、楽しい日は続くのです。

 何より、宿に帰ってくるのが段々楽しみになってきました。


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