戸惑いも旅の醍醐味。
彼の白鷹兄弟に対する毒のある表現を耳にして、どう反応すべきか決めかねていました。瞳ちゃんが探るようにようやく言葉を発しました。
「……ふぅん。で、君は何で京都に来ているの?」
「旅行に決まってるだろ。あんたらもそうなんだろうが」
「一人で?」
瞳ちゃんは怪訝な表情で問います。彼女にとっては、一人旅の楽しさが理解できないゆえの質問でしょう。白鷹睦月は特にこだわらず、あっさりと答えました。
「そうだけど。でも、こういう宿泊まってたら自然に友達できるぜ」
「……随分ラフな格好ね」
次いで彼女は、またしても彼女のルール外であろうラフでエスニックなファッションに目を留めます。
「当たり前だろ。ここは家みたいなもんだ」
しかし、私の美意識は彼のその姿をよしと判断します。
「そのパンツ可愛いですね」
「あ? ああこれ、エスニックショップで驚きの価格で売ってる」
タンクトップに手を突っ込んで腹をぼりぼり掻きながら、片足を器用に持ち上げてたっぷりとしたパンツの裾をひらひらと振りました。そのルーズなパンツは、上品な顔つきの彼に妙に合っていました。
無造作に毛先が飛び跳ねた黒髪のせいでしょうか。……いや、これは寝癖のはずです。
「お前ら、ジャージぐらいは持ってきたんだろうな。そんな上品な格好でこの宿をうろうろされたら目障り」
私と瞳ちゃんは顔を見合わせ、間の抜けた音を発しました。修学旅行のドレスコードのような言われようです。
その時です。廊下で喧しい足音がしたと思うと、またしても襖は勝手に開かれ、先程の失礼男が飛び込んできました。眉を上げて、クワっとした顔です。
「シロ! てめぇ、何女部屋に上がりこんどンじゃ! 女と話すなら下ァ来んか!」
「あ、スズ」
対して、白鷹睦月はしらけた反応です。
「『あ』でない! な~に呆けたツラしとんのじゃ」
スズと呼ばれた男は、白鷹睦月のタンクトップを横から引っ張り、ベッドから連れ出そうとしています。しかし、睦月氏は器用にタンクトップを脱ぎ捨て、勢い余ったスズにしりもちを着かせました。白鷹睦月は華奢なわりに筋肉質な上半身を見せ付けて、背後に転がる友人を指差します。
「こいつ、スズな。高校二年。ここの主人の親戚だってさ」
高校、二年ですと!? このゴッツイのが!?
彼は「ははは」と笑って膝を打ちます。
「驚くだろ。オジン臭い顔してるしな、でかいしな」
「お前がぺらっぺらのガキなんじゃ、シロ。ええから、はよう出え! んなとこおると、姐さんら帰ってきて絞られるわ」
「まだだからこうしてるんだろうが。姐さんら今日は鞍馬行くって言ってたぞ。山登り~の、風呂入り~のでこんな昼間に帰ってくるかよ」
「じゃっかあしいわ!」
彼は、立ち上がると白鷹睦月の腰ごとひょいと抱き上げると、誘拐魔がごとく彼を運び去ります。睦月はバタバタと抵抗しますが、強靭な「スズ」の肉体はびくともしません。勝負ついたり、です。
「やめろ馬鹿スズ! 降ろせ!」
「馬鹿やのうて、阿呆や!」
ギャーギャー言いながら、スズは「シロ」を押さえ込みます。そうしてギロリ、と我々を見下ろすのです。
「あんたらも甘やかさんでな! 『ええわこれぐらい』でやっとったら規律もなんもないけん、」
ふんと鼻を鳴らし、器用に足だけでふすまを閉めると階下へ降りていきました。私たちは二人のやり取りをあっけにとられて見つめていました。
「……ほな、出よか……」
「せやな……」
その日は既に昼を回っていたので、繁華街あたりを散策することにしました。繁華街を歩き、東西に伸びている交通量の多い四条通を東進し、祇園に向かいました。
熱い夏のさなか、多くの人が雅を求めてこの街へやってくるのです。行きかう人は、観光客のそれ独特の輝きとよそものらしさを振りまきながら、 他の大都市よりはつつしまやかな、京都の繁華街を通り抜けてゆきます。
四条大橋から臨む鴨川では、カップルたちが転々と座り、和やかな雰囲気です。夏場なので、夕方にもなると川床の楽しげな様子を見ることが出来ます。
夜は飲み屋街で一杯引っ掛けて、タクシーを使って宿へ帰りました。
宿は門限無しなので、実に自由です。ほろよいでふわふわしながら、タクシーを降りました。
相変わらず宿の戸は開かれたままで、足を踏み入れると、そこでは小さな宴会がロビーで開かれていました。数人の男女が缶ビールや緑色の瓶ビール片手に楽しそうに談笑しています。
「ヒメに、カワ! 上がれよ、荷物はその辺に置いて」
白鷹睦月がこちらに気づいて手を振りました。友好ムード。
「かわ…?」
「姫草の『姫』で『ヒメ』、甘川の『川』で『カワ』やし。歓迎会やでー」
馬顔店員が軽くそういって手招きします。
お邪魔しますと、おずおずと私たちはその輪に入れさせてもらいました。
「やーん、ヒメちゃん超可愛い! 撫で撫でしたい!」
瞳ちゃんの隣に居た色っぽいキャミソールのお姉さんが瞳ちゃんを抱きしめて、撫で撫でどころがほっぺでスリスリしました。瞳ちゃんはぎくりと顔を引きつらせました。
そうして、第一日目の夜は更けていったのです。




