漫画のような偶然の出会い
私たちは、新宵浜の駅から新幹線に乗り、京都までやってきました。約二時間、あっという間です。
駅の大階段に興奮した私は最上階まで駆け上がりました。最上階は憩いの展望スペースとなっており、見渡す限りの街です。山で囲まれた街であることが良く分かります。そこで私と瞳ちゃんは、下品ながらも叫んでやりました。そうして、顔を見合わせて、にしし、と笑います。
「さ、穣、荷物を宿に置きに行きましょ」
緑色の市バスに乗り込み、宿を目指します。
下調べで手に入れた情報によると、宿は女性部屋は二段ベッドの大部屋で、男性用も同様です。ロビーもあって、そこで旅行者たちは情報交換をしたり、ちょっとした演奏会や酒盛りなど、客同士で触れ合うことの出来る宿でだそうな。
最寄のバス停から降りて、テクテクと京都らしい建物が続く細い路地を歩いてゆくとその宿はありました。『土倉真倉』に負けず劣らず古い、町屋造りの建物でした。あっけらかんと開け放たれ、そこからは「ボロロン」とギターの音色が聞こえてきます。
そろそろと私と瞳ちゃんは入っていきました。外から見ただけでは分かりませんが、改築したのでしょう、随分中は広いのです。
「……よお」
見やると、頭に白いタオルを巻いた浅黒い肌の男がロビーと思われる一段高くなっている座敷に座っていました。青い羽根の扇風機を傍に置き、窓枠に腕をのせて頬杖を突いています。
「新入りか? 小綺麗なやつらじゃなぁ。カップルで来よったん悪いけどなぁ、ラブホテルちゃうでぇ?」
初対面でうら若き乙女に一体何を言うんですかこの男は。
ぼろろろん。その彼の背後、ジョニデっぽい男がアコースティックギターを鳴らします。
「何がカップルですか! どう見たって、」
すると、はっと失笑して膝を打ちます。
「ああ、スマンスマン。恋人未満、だったか?」
それ、本物の「友達以上恋人未満の二人組」に言ったら、確実に死刑ものですよ。やわらかい空気と甘酸っぱい心がぼろっぼろに崩れ落ちてしまいますよ。我々がただの乙女だからよいものの。
「いらっしゃい、堪忍、出遅れてもうて!」
白タオル男に言い返してやろうとした気勢が、能天気な声に削がれてしまいました。
玄関から地続きの通路(というのでしょうか?)の奥から、ジャージ姿の人のよさそうな馬顔の青年が現れました。ずいぶん見た目より奥に長い建物です。
「スズ! お客さんきはったら呼べ言うとるやろ! お前がそないなら、何のために呼んだんかわからんわぁ、この益体無し!」
「こちとら小遣いももらっとらんがな。なぁにがアルバイトじゃ、ボケジジイ!」
「毎日毎日貴族のみたあにのらりくらししよって、なァにがアルバイトやこんクソガキ!」
我々を放置して、白タオルの男と馬顔の店員は言い合いをはじめました。
あの、ちょっと! と、瞳ちゃんが強い語気で呼びかけると、ピタリと二人は口論をやめました。馬顔店員は今更恐縮して、ぺこぺこと頭を下げました。
「ええと、今日からご利用の姫草様と甘川様。お部屋は女性用、二段ベッド、やんな?」
妙にゆるいサービス業にあっけに取られますよ。
「なんじゃぁ、あんた、女か。はっは、色気無いのう」
「阿呆! スズ、お客様やろ! も~ほんっまに申し訳ありません、」
店員と思しきこの人は、失礼男に一喝しいの、我々に頭を下げえの。この態度のでかい失礼男に困らされている様を見るにつけ、なんだか同情したくなりますよ。
「ほな、部屋案内しますぅ。階段、急やし気ぃつけてなぁ」
この女子部屋と、この宿のルールを説明されました。一通りの解説を終えると、彼は階段を降りて姿を消しました。そうして、我々はようやく息をつくと共に、顔を見合わせるのです。
「……変な宿ね。ま、こういうほうが選んだ甲斐があるってもんよ」
瞳ちゃんは嫌々ながらこの宿を承服してくれましたが、承服したあとは一切文句を言いませんでした。この妙な様を見てもです。すこし、彼女は男前だとも思いました。……絶対言ってやらんけどな!
疲れた私たちは、ベッドにダイブしました。両脇のベッドも、誰かが使用しているようで、寝巻やら下着やら脱ぎ散らかっています。
しばらく二段ベッドの上段の底を見つめていると、ニュッと誰かが覗き込んできました。それが男なもので、私たちは驚いて飛び起きました。
眠そうな目をした、まだ幼さの残る顔つきの華奢な少年がそこにいました。一階にいた、ジョニデ似のギターメンでもありません。新手です。黒いノースリーブに、ベージュのタイパンツのような綿のゆったりした涼しげなボトムを穿いています。
「お前も男じゃん。男子部屋はあっち。ここはそういうの禁止だからな」
向かいの誰かのベッドにばふん、と座り、尻の下敷きになったブラジャーをずるずると引っ張ると、ぽいっと後ろ手に放り投げます。
「私は女ですよ! 貴方こそ勝手に女子部屋に入ってるじゃないですか!」
「俺はいいの。カワイイから」
「穣、相手にするんじゃないわよ。ほっときなさい。これから長いんだから余計ないざこざ起こさないでよね」
少年は瞳ちゃんをじいとみて感想をもらします。
「あんた、美人じゃん」
「どういたしまして」瞳ちゃんはそっけなく返します。
「なぁ、オネエサン名前教えてよ。俺、白鷹睦月」
白鷹? 私は動きを止めて、その苗字を繰り返しました。瞳ちゃんも目をぱちくりとさせています。いや、そんなに珍しい苗字じゃないですよね……?
「なにぶつぶつ言ってんだ。なあ、名前は」
「姫草瞳。こっちは甘川穣。慶浜大学の1回生よ」
「ふうん。まぁまぁだね。俺の馬鹿従兄も慶浜だぜ」
……まさか?
「……あの、その従兄の名前は?」
「ああ、葉月と夏生ってんだ。顔ばっかりで足りない連中だよ」
間違いありません。こやつ、白鷹兄弟の従弟です! 何故、こんな観光地に?
小生意気な表情と言葉遣いで、白鷹兄弟とは似ても似つかないのです。




