小休止:乙女心と梅雨空
「アタシも行きたかったぁ~」と、梅雨っぽいべたっとした声で、姫草嬢は甘川家に呼ばなかったことを責めました。
「でも瞳ちゃん、デートって言ってたよね……?」
「そうだけど……」自分の非(?)を認めつつも、目は恨みがましそうに見上げてきます。
「誰とお出かけだったの?」
「ああ、許婚よ」
フン、とそっぽを向いて答えます。
「なんだ、君たちってば、らぶらぶなんじゃないですか」
「別に! 幼なじみだし、普通じゃん!」
それでもって今度は、憤然とした表情で振り向きます。
「ふうん。興味ありますね、瞳ちゃんの許婚さん。見せてよ」
「絶対・嫌」
一音一音を強調するように発音して、拒否っぷりをアピールしてきますが。
「何照れてるの。写真くらい……、」
「そんなもん持ってないわよ!」
夏生ちゃんはいつのまにやら瞳ちゃんの携帯電話を手に入れると、私にひょいと投げました。
「ちょっと、バカ夏生! ユズルもやめてよ!」などと、オモチャを取り上げられた幼稚園児のように飛び交う携帯電話に手を伸ばす瞳ちゃんでした。この子はいじられている時の方が可愛いです。
そんな時、「たっだいま〜!」と阿呆な声の千堂が、焼そばパンとコーヒー牛乳を振りながら戻ってきました。
「え、なになに、何事!?」広げたシートの上でとっ組み合ってる私たちに、千堂は楽しそうな顔をします。
「千堂、瞳ちゃんを押さえててください」
「お安い御用」千堂は、瞳ちゃんの首の下に手を回すと、左手を取って、ぐっと体に引き寄せて押さえ込んでしまいました。こんなときは、言う事を聞く使える男です。
「気やすく触らないでよ。しかも近すぎ!」
「足バタバタするとパンツ見えちゃうよ」
「ばっかじゃないの! 離してよ」
千堂にはちょっとしたサービスタイムです。私の小粋な計らいだということを忘れるなよ、千堂め。
「ありましたよ。多分これでしょう!」セーラー服を着て、まだ幼さが残る頃の瞳ちゃんと、学生服の少年二人が写っている写真です。どうやら、普通の写真を更に携帯電話で撮ったものらしく、画質が悪く、良く分かりません。でも、手元に持っているということで、それが大切な写真・許婚のもの、であるということを物語っています。夏生ちゃんも覗き込みます。
というか、「無い」とか言いながら持っているあたりに何かを感じますねえ……。
「どっちの方ですか?」
「長男、大きいほうに決まってるでしょ」
決まってる、とか言われても。
「随分可愛らしい兄弟ですね」
「可愛いのも、その時……中学校の頃までよ。今は全然可愛くもないし、格好良くもないんだから。期待されても何もないからね」
「いいから本物見せろよ。別に期待なんてしてないから」
夏生ちゃん、あんたの関心はどこにあるのですか。聞きたいようで聞きたくないような。いや、わかります、どんな男なのかチェックしたいんですね?
「ああ、もう、うっとうしい奴らね。見せるから黙ってなさいよ」
我々の連携攻撃に折れた瞳ちゃんは、財布の中からごそごそと小さい写真を引っ張り出しました。ポイっと、シートの上に放りました。千堂が、瞳ちゃんを解放して、写真を拾い上げます。私と夏生ちゃんも、彼の手元にあるそれを覗き込みました。証明写真です。
「満足した?」
憮然とした声です。
「さっきのが成長してこれですか……?」
「やっぱりそう言う。だから嫌だったのよ、見せるの」
「すっごい、地味」
「……て言うより、くそ真面目だな。甘川とはまた別の地味さだな」
千堂は黙ればいいのです。
まあ、確かに。先程の中学時代の彼とは、銀の細フレームの眼鏡は変わっていませんが、以前の儚いような線の細さは消え去り、髪を短く切り込み、どこか偏屈そうな表情をしています。
「アタシがすっごい気にかけてるのに、全然良くならないんだから。見た目に全然気を払わないの。それに、アタシが他の男と一緒に遊んだって、ぜんっぜん平気な男なのよ。信じられない」
でも、なんとなく、瞳ちゃんの不可解さから、乙女な部分が垣間見えました。
確かに男好きで、軽くて、口は悪いし、猫かぶりですが、芯の部分では、私となんら変わらない恋……なのかは分かりませんが、一途な乙女なのではないか、と思いました。
だから、写真を見て、「これじゃぁ、あの姫草が他の男に目がいっても仕方ないよね」とか言ってる夏生ちゃん、「コレってひょっとして、俺、まだチャンスあるんじゃねえ?」とか言ってる阿呆千堂。
君たちは、女心の機微がわからない、まだまだ甘ちゃんです。
何故、彼らが瞳ちゃんの些細なサインに気づかないかって?
……坊やだからさ。




