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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第三章
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夢野先生の事件簿 決戦編その1

 その夜、雨傘をさした人影が、古風な和風建築の中へ吸い込まれるように消えていく。一人、また、一人と。その暗い窓の奥には、橙の燈が、心許無く揺れている。


「ようこそおいでくださいました、上宵浜町(かみよいはまちょう)若人(わこうど)の皆様……」


土倉真倉(どぐらまぐら)』の店内には、ぼうっとしたランプの灯がともり、数名の若い男たちの姿が影を床に落としている。

 それぞれに配されたビロウド張りの椅子に座り、今、言葉を発した和服姿の妖しげな白い肌の男に目線を送っている。その男、夢野久(ゆめのひさし)の傍らには、つやつやとした髪で、妙に醒めた表情をした学生服姿の少年が控えている。夜会の度に現れるが、彼と言葉を交わした客人はまだいない。


「お世話になられている方もいらっしゃるでしょうが、北の住宅街の話題の西洋菓子店のことです。実に素晴らしい仕事をなさる……。どうです、ぜひそこちらの旦那様……、職人さんにも、夜会に来ていただいては?」

「夢野先生、あすこのケーキ、召し上がったのですか? 美味しいです。僕も好きですね」


 パーマのかかった、軽薄そうな容姿の男が身を乗り出す。


「ええ。アルバイトの子の土産で戴きました」

「ああ、(ゆずる)ですか。最近、よく買ってくるんですよ。あいつ、あんなにケーキ好きだったかなぁ」


 これは、三日月商店の森栖敬之(もりすけいし)だ。


「……あすこは厄介なババアがおるわ。そこが問題だな」


 筋肉質で、短髪の男が口を開いた。


「あすこのババァはやり手のオーナーだから、ワシらのような男衆が動いたら警戒されるな、」

「なんでも、若い男が好きらしい」


 と言ったのは、髪を綺麗に分けた細縁の眼鏡で理知的な男だ。


「腕のいい職人と結婚したはいいが、飽きて自分は不倫をしているようだ。妻から聞いた」

「ああ、俺も聞いた。最近、売り子でも綺麗な男の子雇ったらしいな。ウチの嫁も言ってたわ、『カワイイ』ってよ」


 黒縁眼鏡でひげを生やした長髪の男も、話に乗っていく。黙って聞いていた夢野は、嬉しそうに微笑んだ。


「左様ですか……面倒な奥さんがいるのでは、今回は手を引きましょうか。……ただし。離婚して独立された暁には、是非……、」


 縁起でもない仮定話にも、男たちは顔色を変えない。神妙に頷くだけだ。夢野は、細くて白い腕を着物の袖からぬらりと伸ばして脇の少年の黒々とした頭を撫でた。





 そのような夜会が開かれていることは知らない私は、のんびりと、「アハハン」と言いながら風呂に浸かっていましたとさ。


 夢野さんの目論見が達成されるには、それなりに長い時間がかかりました。

 その間、私は変わらず夢野さんの元でお手伝いは続けていましたし、順風満帆とはいかない日常を過ごしていたわけです。そのことはまたいずれ振り返るとして、今は、「ブルーベルベット」にまつわる私の知る、氷山の一角を先に申し上げましょう。


 ご想像の通り、マダムと元春さんは、今や冷え冷えなのです。かつては、愛し合ってた時代もあったでしょうに。それでも、商才とコミュニケーション能力の低さを自覚している元春さんは、マダムを頼るほかありません。マダムも、元春さんの腕を存分に利用しています。雇用・被雇用の関係です。実際、マダムの資産で店は立ち上げられていたのです。

 そんな中、アルバイトとして現れた桃子さんに、元春さんは心激しく揺さぶられます。桃子さんと元春さんは、次第に恋に落ちていきました。愛の情熱を思い出したのです。二人の密やかな約束は、「二人で新しい店を持とう。」でした。

 しかし、二人の財産は些細なものです。もし、不倫を理由にマダムに慰謝料を請求されたら、それどころではありません。

 もちろん、マダムがとっくの昔から不倫していたことなんて彼は知りません。二人は、行き場も無く、ただ小さな「ブルーベルベット」で泣き崩れていたのです。

 一方、マダムは、売り子に美青年、白鷹夏生を思いつきで雇ってしまいました。彼女は、女性客の反応がいいことに味を占めて、欲が出てきました。

「もう一人も、格好いい男の子にしてしまえ!」、と。……その狙いの青年とは、私だったようです。

おかげで、解雇の危機に晒されているのは桃子さんです。

 絶体絶命の危機に、桃子さんは、夏生ちゃんを憎み、追い出そうと決心しました。

 そんなとき、夢野さんは(たまたま)動いたのです。それでも、私は夢野さんが一体何をしたのかは毛頭知りえません。

 しかし、夢野さんは、基本的に人間が好きではありません。「人間全体を信用しないんです」。今回のことも、ただの出来心・気まぐれの産物だったわけです。それが、一組のひたむきな恋人たちにとって幸せなものへと転がったことが、救いです。

 夢野久、恐ろしい子。

 ただ、一つ言えるのは、元春パティシエの木苺のムースは、夢野先生を動かすに足るほど、美味しかったのです。



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