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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第三章
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夢野先生の事件簿 情報戦その2

 さて、その問題とは。

 夏生ちゃんは、お店でちょっとしたいやがらせにあっているようなのです。

「やめたらいいじゃん」とは、瞳ちゃんと葉月さんの意見です。そう言い放つ瞳ちゃんのあっさりした横顔、葉月さんのきょとんとした瞳が、想像に難くありません。

 本来の彼ならそうしたでしょう。クールで執着なさげな夏生ちゃんですから、「面倒くさい」なんて言って。そうしてやめるもんかと思いきや、姫草嬢と、あろうことか葉月お兄様までが、余計な一言を零したために、夏生ちゃんは珍しく頑なになり、退けなくなったのです。


「どうせ、お箱育ちのお坊ちゃまには、いびりも労働も耐えられっこないのよ」


 なんて言われてしまったからには、退けません。まあ、瞳ちゃんが他人を箱入り、などと言う資格はないとは思いますがね……。

 ただ、この問題はモチロン、夏生ちゃんが私たちに相談するはずもなく、葉月さんが勝手に私たちに流したのです。



 きっかけは、「アルバイターは見た!」ってやつです。

 ある日のことです。夏生ちゃんはいつも通り、お店で働いていました。

 その日は、割引デーでお客さんが多く、夏生ちゃんも、アルバイトの先輩(あの童顔の小さい女の人、桃子さんと言います。)も駆り出されていました。

 一日の業務が終わり、厨房へ声を掛けようと扉を開けば、目に飛び込んできたのは、パティシエと唇を重ねている桃子さんの姿でした。(パティシエさんは、名を元春(もとはる)といいます。)

 夏生ちゃんに気が付いたパティシエは、酷く驚いて後ろの壁にぶつかり、桃子さんは目を見開いて振り向きました。

 一番驚いたのは夏生ちゃんのはずで、なぜなら、パティシエとマダムは夫婦だったからです。

 双方、言いがたい沈黙に支配され、我に帰った夏生ちゃんが

「おじゃましました」と、出て行こうとすると、パティシエが、「頼む……! 雅代には言わないでくれ」と妻、マダムの名を出しました。巻き込まれるのを恐れた夏生ちゃんは、「言うわけないじゃないですか」そう言って帰ったそうな。

 ところが、問題は不倫だけではない。

 実は、マダムは夏生ちゃんを雇った頃から、桃子さんに解雇を仄めかすようになっていたらしいのです。

 夏生ちゃんいわく、「甘川が店にきてから酷くなった」と。

 そんなことで、巡り巡って、桃子さんは、全ての元凶が夏生ちゃんだと思い込み、地味に嫌がらせをし始めたそうです。

「私は、元春さんとずっと一緒にいたいの。あんたさえ出て行けばマダムも大人しくなるわ」

「じゃあ、俺辞めますよ」

 と言ったはいいが、姫草嬢のお馬鹿のせいで、未だ辞められていませんでした。そんな夏生ちゃんを見て桃子さんは、てっきり、不倫の秘密を盾に、居座り続けるものだと解釈して、すっかりどろどろ沼にはまっているそうです。

 わたしは、変なところでムキになってしまっている夏生ちゃんが心配なのです。世の中には、もっともっと素晴らしくて、世界を教えてくれる職場や大人が居るのに。

 ここは、我慢どころではありません。知らん振りしてさっさと逃げるべきです。それでも、自分を変えようと、強くなろうとする夏生ちゃんが、頑なになってしまうのも分かります。

 ったく、瞳ちゃんも葉月さんも、そういうことを言いたかったはずなのに、どうしてあんな言い方をしてしまうんでしょうか。



 一気に長い話を私が語ると、フォークを唇で食みながら夢野さんは腕を組み、切れ長の目を厳しく細め、「気に喰わないお話ですね」と呟きました。

 フォークをずるりと口から抜き出し、ケーキの箱に同封されていたショップカードをじいっと見つめ、雅やかに笑いました。


「わたくしは、このパティシエが好きですよ。木苺のムースを上手に作る人に悪い人は居ません」


 またおかしなことを言って、湯飲みの中国茶をすすりました。

 その後、私は、店内のランプや電気などの、灯り商品の掃除とメンテナンスを頼まれて、夕闇が迫るころに、帰路につかされました。


「今夜は久々に夜会を開きます。彼らが来る前にお帰り」


 口元に藍の着物の袖を押し当てて、夜の黒金魚のように、ひらりと首を傾げました。


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