ブルーベルベットのマダム 前哨戦その1
「……ケーキ屋……ですか?」
「うん。二人とも何その顔。文句ある?」
「その」とはつまり、胡散臭そうな顔と噴出しそうな顔を並べている私と瞳ちゃんの様子でしょう。
「いや、別に」と瞳ちゃんは目を泳がせたあと、紛らわすように唇に手を当てます。「あ、作る方? 経験無くてもできるのね?」
フォローするような言葉をあっさり否定する、左右に振れる王子様の首。
「違うよ。売り子」
「あんたのその顔で売られたんじゃ、甘いケーキも苦くなるわよ」
彼女は指を突きつけて、夏生ちゃんをより目たらしめます。
「馬鹿にするなよ。俺、笑顔、すごい得意」
そういって、夏生ちゃんは華と光がさんざめくような王子様スマイルを披露してくれました。私は心臓を打ちぬかれて倒れこみ、瞳ちゃんも、文句が言えずぐっと口をつぐみました。
「接客嫌だッて言ってなかった?」
「言ったけど」
けど、何です。
「甘いもの好きなんですか」
「好きじゃない」
じゃあ何でです!?
……さてさてさて。そうして夏生ちゃんは白状しました。事は千堂に始まるらしいです。
ある日、千堂と夏生ちゃんは一緒に帰宅しておりました。その日は、千堂の妹が誕生日だったらしく、千堂家の顔なじみの店に予約していたケーキを取りに行った時に、そこの店主・通称「マダム」ですが、彼女に、いたく気に入られてしまったそうな。マダムの濃厚な押しに負けたヘタレな夏生ちゃんは、アルバイトとして働きはじめたそうです。
「廃棄のケーキをさ、たまに持たせてくれるんだけど……」
「え、夏生ちゃんは食べないのでは?」
「葉月が喜んでるし、いいかなって」
「……ブラコン」
鳥肌を擦りながら、瞳ちゃんははき捨てました。
◇
ブラコンとか、まあ、マザコンやシスコンでないだけいいでしょう。……いや、今のは問題発言ですね。「とまれ家族愛は素晴らしい!」そう言えば問題ないですね。
それよりも……私はどうも気に食わないのです。マダムが夏生ちゃんをお気に入りですって。まさか、間違えた大人の街道に夏生ちゃんを引きずり込んだりしないか気が気ではありません。コレは一度、偵察をせねば私が落ち着きません。
「……だから、何で俺なの」
千堂を連れて、マダムの営むケーキ屋へやってきました。
シックで小さな店構えです。深い青がベースで、金がアクセント。それがイメージカラーでしょう。店名は『le velours blue』とな。ブルーベルベット……ますます夏生ちゃんの身が不安になる店名です。
清楚な佇まいの女性たちがひっきりなしに出入りします。
「五月蝿いです。可愛い女性である瞳ちゃんでは、マダムの警戒心を刺激する恐れがあります。それに貴方はマダムと面識がありますしね」
「なんでそんなに白鷹に突っかかるんだよ。お前、ホモなわけ」
「いいえ。僕、女ですから」
数秒の沈黙。まあ、みなくても百面相になってることはわかります。
「ハァ!?」
やっと発した言葉がそれですか。さすが千堂、非常に動物っぽいです。
「今はそんなこと言ってる場合じゃありません。店に入りますよ」
「ちょっとおまえ……。待てって!」
後ろでわたわたしている千堂を率いて、いざ敵陣へ潜入です。
金色の鈴が鳴りました。それと同時に「いらっしゃいませ」の声。売り子さんは、童顔の背の低い女の子でした。
今、店内にいる客は私たちの他に、クリーム色のセットアップを着た女性だけです。店内は、妙に暗くて、ショーケースだけがきらきらまばゆく照っています。……淫靡な空気が立ち込めています。もし今が中世の西洋であったら、魔女裁判ものの秘密めいた雰囲気です。
ケーキ屋とは、陽光を取り入れ、健康的に明るくなくてはなりません! 入り口付近にミニボードを配して、『今日はX月Y日晴れ ひろしくん みかちゃん お誕生日おめでとう』と、近所の常連さんのお子様の誕生日を祝わなくてはなりません! この、「大人のための洋菓子店」然とした、ハイソサエティー感はなんなのです。
千堂は、ケーキではなく私をつま先からてっぺんまで、引きつった顔で見ています。
「……千堂。僕をじろじろ見ないでください」
「だって、お前、……冗談だろ……」
その話は後です。なにしろ、気づけば客は私たちだけになっていました。私は予定通り、三大人気商品をくれと言いました。すると、彼女は細くて白い指をショーケースにむけ、一つ一つ私に確かめさせました。
「こちら、『フロマージュ』、『シュー・ア・ラ・クレム』、『フレーズ』、になります。よろしいですか?」
よろしくないですよう。『チーズケーキ』に『シュークリーム』に『イチゴのショートケーキ』と言ええええ!!!
「……シュークリームもう一つ」
仏蘭西風のお洒落な呼び名は照れくさいので私は「シュークリーム」と呼びます。
千堂がボーっとしてたので、腹をつついてやります。わざわざ連れてきたのだから、働いてもらわなければ困ります。ヤツは、はっとしたように用意した台詞を口にしました。
「スンマセン、奥様はいらっしゃいますかね? 自分、千堂義也っていうんスけど」
童顔の売り子さんは、奥に引っ込み、マダムを呼び出しにいきました。二人きりで取り残された私たちは、ぽつぽつと話し始めました。
「……お前、マジで女なの」
「しつこいですね。本当ですよ。何そんなにショック受けてるんですか。訳は説明しませんよ、面倒なんで」
夏生ちゃんの真実を知って、自ら傷をえぐるような話はしたくありません。というか、おまえに語って聞かせる言葉を私はもちません。きみは、ドラマよろしく陳腐な愛の言葉を覚えていれば良いのです。
「俺、お前に酷ぇこといっぱい言ったわ」
ぽしょぽしょと頭を揉みながら、私と目線を合わせようとはしません。
「何柄にもなく反省しているんですか。気持ち悪い」
「……俺ってさ、女性には紳士であることがモットーなんだよ」
困ったように眉を下げて苦笑する千堂は奇妙です。この男はいつだって、喜怒哀楽の単純な表情しか見せませんから。
「ますます気持ち悪いですね! 僕は貴方なんかにレディとして扱われたくありませんよ」
思わず声をあげて笑ってしまいました。
「おい……何笑ってンだよ。ホント、今まで悪かったよ」
「いいじゃないですか、一人くらい、気を張らないで軽口言い合える女性がいたって。変な奴です!」
青ざめていた千堂は、だんだんと本来のどや顔に戻ってきました。
「確かに……悪くねえな、そういうの。な、変態くん?」
なんですと!




