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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第三章
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二人もたまには険悪になる。

 とか、そんなことを考えていると、葉月に小突かれた。


「どうしたの、ボケっとしちゃって。情けないね、一晩で骨抜きにされちゃってさ」


 そういうわけじゃないっての。弟の朝帰りに直面して、まだ角が立ったままの葉月はちくちく責め立てる。


「頼むからもうその話やめようか。兄弟でする話じゃないよね」

「僕じゃなかったら誰と話すの?」

「俺一人でしまっておく事」


 じと、っと睨みつけてきた。……あれ。やっぱり、時雨さん関係はこんな風に険悪になるのか。


「むっつりめ。……もうやめたほうがいいと思うけどな、時雨さん。誠実じゃないよ、あの人。つかみどころ無くてさ、すぐ行方くらますし」


 行方くらますのは、仕事の性質上仕方ないとは思うけど。

 煮え切らない俺の態度に、葉月は苛立った様子だ。葉月は何でもはっきりした奴だ。俺みたいな奴、つまり、引きずられては傷ついての繰り返し、そんなうじうじした奴は嫌いなのかもしれない。


「盲目過ぎるよ夏生は。楽しむだけならいいよ? でも、がんじがらめになっちゃてさ、バッカみたい」


 楽しむだけ? 楽しむだけってどういうことだよ。何したって、俺は足りない。 


「それに、時雨さんだって何時まで僕らの叔父でいられるか、お世話を焼いてくれるかなんて分からないのに。もう祖父様(じいさま)祖母様(ばあさま)も、随分歳を召していらっしゃる。いつ、僕らの縁が切れるか……」


 それでいいじゃないか。他人になったほうが都合が良い。少なくとも、親の監視はなくらるんだから。随分前から、思っていたことだ。


「……一生時雨さんの傍にいるなんて出来ないんだから」

「もういいだろ。葉月には関係ない」


 葉月を振り切るようにしてキッチンから出る。

 なんで。なんで放っておいてくれないんだよ。俺はお前の恋路だろうが、遊びだろうが、全部、見てみぬふりしてやってるだろ。それどころか、お前は何でも楽しそうにしてるから、俺の出る幕はないんだ。


「そんなこと言ってるから苦しむんだよ! 二人、今までずっと付き合ってなんかいないじゃん」


 痛いところを突かれた。まったく、今日は辛辣だ。勝手に、時雨さんの気持ちも確かめずに、彼にぶら下がっているのは事実だった。


「いいようにからかわれてるんじゃない? ……時雨さん、夏生のこと好きだなんて言ったの?」

「……やめろって」


 さらに、去ろうと足を踏み出した腕を掴んで、葉月は俺を逃してはくれなかった。


「それに、あの人、絶対軽いよ」

「やめろよ葉月!」


 葉月に背を向けているけど、彼が意地悪く笑ったような気がした。ぞわりと寒気が這い上がる。


「……僕にだって平気で手出してくるんだからね」


 最低だ。――気づいたら思い切り葉月を張り倒していた。

 葉月の呻きで我にかえる。頬を押さえて、床に倒れこんでいた。

 とっさの「ごめんね」も発音できなかった。助け起こそうと手を伸ばすと、葉月はそのまま力いっぱい俺の腕を引っぱった。勢いあまって葉月の上に倒れ込んでしまった。口から一筋の血を流している葉月は、憎まれているんじゃないかと疑うほど、冷たい目をして俺を見据えた。

 震えた、低くて聞き取りにくい声で、呟いた。


「……自分だけ報われないようなツラしちゃってさ、」

「じゃあ葉月はどうだッてんだよ。人のこと勝手に詮索するくせに、自分のことは何一つ言わないじゃないか」


 何もないからだよ、と機械的に答える。


「どうしてみんな、誰かをそんなに好きになれるかな。恋愛なんかより、僕は、僕の野望の方が大事なだけだよ」


 言葉の後半から、いつもの可愛らしい笑顔にすり替わる。作ってるのだろうか、明るさを。

 なあ、葉月。じゃあ、何でお前まで家を追い出されるような不始末をしたんだよ。どうして大人しく父親の言うことを聞いていないんだよ。お前は何でも器用にこなしてただろう? お前、本当は、一体何と戦ってるんだ? 分からない。いろいろぶつけたい疑問符をぐっと飲み込む。葉月の笑顔に調子を合わせてやる。


「悪かったな、俺は色ボケ小僧で」

「……ほんとはね、時雨さんは僕に手出したりしてないよ」


 疑わしい。


「葉月が嫌がるからちょっかい出すんだよ。時雨さんがお前をからかうのを見るのは、俺、嫌いだ」

「夏生が嫌がるからじゃないの?」


 そうか? いずれにせよ、あの人はひねくれていて意地悪だ。本当は何を考えているのかだなんて、詮索するだけ無駄だ。ひくほど複雑な事情があるかと思えば、死ぬほど単純だったりする。


「……僕、本当は羨ましい。」

 少し戸惑って聞き返した。「何が、」

「そうやって夏生は穣にも時雨さんにも愛される。」


 ……バカ言うなよ。人に愛されるのは、お前、葉月の方だ。

 そうして、俺たちは座り込んだまま、額をつき合わせて小さく笑っていた。葉月の口元を汚した血を、俺は手でふき取った。「……ごめんな」

 でも、葉月。馬鹿なのはお前だよ。

 たくさんの人に愛されてることが分からないなんて、本当にお前は馬鹿なんだ。本当は、自分だけへの、独占欲にも似た強い愛が欲しくて欲しくて、みんなの愛が見えていないんだ。

 バカバカバカバカバカバカ。どんなに良い子ぶろうがどんなに腹黒くみせようが、そんなの意味なんてない。そんなの気付かない人間なんていない。そのまんまのおまえが、誰の目にも曝されてるんだ。そんなおまえが、愛されてるんだ。

 ぺたりと座り込んだままの葉月を引っ張りあげ、すっかり遅くなってしまった朝食の準備を始める。葉月も俺に並んで、自分の使った食器と、甘川のタッパーを洗う。

  と。……そういえば。


「なぁ、葉月。この前、家に泊めた高校生と、なんかあったの? 普通の子っぽかったけど」

「……何の話?」


 とぼけてやがる。


「葉月は帰りが遅いから会ったこと無いかもしれないけど、あの子、お前を訪ねて来るんだけど」


 何か弱みを突けたようだ。葉月は、食器を洗っていた手が完全に止まって、不細工に顔が引きつっている。


「……ふぅん。なるほどね。葉月にしては、下手打ったね」


 葉月はいつも、後腐れしない、同類の人間にしか手を出さなかった。


「元はと言えば、夏生があの子を泊めるなんて言ったから! 僕の好み分かってるくせに」

「いや、『元はと言えば』全部甘川が悪いでしょ。」


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