小休止:淡白美女と人間嫌い
横向きに寝転んだまま、愛らしく肩を揺らしている葉月さんの姿に、私は、ほんのちょっぴり、聞いたことを後悔していた心が軽くなっていくのを感じていました。
夏生ちゃんが、忘れようとして忘れられない人がいるというのなら。
私だって、おいそれと恋心を棄てられない自分を護っていてもかまわないではないですか。すくなくともしばらくは、この心を大事にしておいてもいいだろう。そう思って、少し気楽にはなれていたのです。
そこで、カシャッ! とな。卒然です。頭上でシャッター音が鳴りました。
「睦まじいじゃれあいを撮らせていただいたぜ」
がばり、と飛び起きてみれば、そこには、すらりとした女性が仁王立ちしていました。モノトーンのファッションに身を包んだ、モード系の美女です。センターパートで分けられた狐色のまっすぐな髪は、ラフに胸の辺りまで伸び、体にしなやかに寄り沿っています。その手には輝く一眼レフが構えられています。
「おい、白鷹。白昼堂々居眠りとは平和だな」
細い眉毛を面白そうにつんと上げ、淡白そうな顔でひらりと笑っています。主張の無い、私の好きな顔です。
「水野さぁん、やめてくださいよ~」
むっくり葉月さんは起き上がって頬を膨らませています。
「まじめな話してたんです。ねー、穣?」
私はうなずきます。
「白鷹は手が早いから気をつけな」
僕は彼の対象外ですよう! と説明しようにも、私の焦った顔を認識するや、さっとからかいから誠実へ、彼女の表情は変わります。
「冗談だよ。いい絵をありがとうな」
と。
すっきりした目を細めて、指で私の頭をつつきました。
「白鷹ぁ! 今日の定期会議、サボらんように」
ひらひら手を振りながら、また颯爽と彼女は去っていきました。なんて美しい女性でしょう……!
聞くところによると、葉月さんの所属するサークル「写真研究会」での先輩だそうです。来月は写真展があるときいたので、ぜひともみんなで見に行こうと思ったわけです。
サークル、ですか。授業やら、千堂やらで気に止まりませんでしたが、興味があります。ひとまずアルバイトは決まりましたし、サークルでも探してみようかしらん。
新入生歓迎コンパなどの交流会や説明会は、多くが終息してしまったようですが、かえって今からの方が落ち着いて探せるってもんです。この大学は、私立のマンモス校ですから、それはもう、多くの団体があるのです。
◇
「さーくる?」
夢野さんは手を止めて、きょとんとした顔で私を見上げます。
「はい。同好会活動みたいなものです。」
「ああ、成程」
今日の夕方から、夢野さんのお店でアルバイトです。彼は大福帳を付けていて、他方私には、古い実験用ガラス器具みたいなものを磨く作業を任せました。
『土倉真倉』は非常に不可思議な雰囲気のお店でした。住宅街の中に、一つだけ異質の、昭和の時代に置いてけぼりを食らったような古い木造建築です。
夢野さんの作業台、すなわちカウンターには、ガレ作品ような奇妙な曲線とふくらみを持ったランプと、大仰な古いレジスターがでーんと置かれています。その内側の大きなびろうど張りの椅子に、夢野さんは座っていらっしゃいます。黒ネコさんを膝に置いて。背後で、鉄製と思しきアンティークの真っ黒な扇風機が、けだるく回っています。彼の周りには、常に、かすかな、墓場のお線香のような香りが漂っているのです。
「プラカードをもって、ヘルメットをかぶって、革命せよ、と叫ぶあれですね?」
「いや……それとはぜんぜん違うような……時代もベクトルもまるきり違うような……」
私は、現在の大学の雰囲気と、同好会の何たるかを説明せねばなりませんでした。夢野さんはちょいちょい時代錯誤なんです。
「同好会とはまた、にぎやかなものを。甘川君は人と触れ合うのが嫌いではないのですね」
「うーん。好きか嫌いかだなんて、考えたことなかったですね」
「……それは驚きましたね」
言葉にそぐわない落ち着いた声でありましたが、彼は手を止めて私を見やりました。
「考えないということは、君にとって、悩むところではないのでしょうね」
変なことをおっしゃる方です。
「人と話すのは、楽しいと思っていますが……」
「左様ですか。私は、人間が嫌で仕方なかったのです」
そうでしょうか。ならばなぜ、夢野さんは物を書いたりするのでしょう。人に伝えたいことがあるからなのではないでしょうか。私には、さっぱり分かりませんでした。父もまた、貴方のように人を避ける人だったのでしょうか。
翌日、私は夏生ちゃんをサークルに誘ってみました。ところが彼は、「やらない。俺、そういうの嫌い」と言いました。「そういうの」って、なんでしょうか。
その時、ふと夢野さんと夏生ちゃんは、似ていると思いました。どこか、淡々と人を観察するような目をしている、そんなところです。夏生ちゃんも、人が嫌いなのですか。
次回BL風味注意報です。




